「ねえ、ちょっと」

バーンが眠るベッドの傍らに誰かが立っている。その影はしきりに丸まる彼を揺すった。寝起きが良い方のバーンは、麗らかな陽気に微睡みながらも何とか目蓋を開いた。ここでは彼と友好関係を結んでいる者は少ない。今日訪ねてきたのも凍てつく闇だと予想していた彼はきょとんとした。寒々しい色はどこにもない。むしろ暖かい配色をした紅白巫女が立っていたのだ。腰に手を当てた巫女は椅子にかけてあった衣服をバーンの顔目掛けて投げつけた。寝惚け眼の彼はそれを避ける事もできず、服が顔、首、肩と引っかかる。なんだよ、とおぼろげな声音で問いかけると巫女は分かったわよ、と言った。

「貴方たちがここに来た理由」



バーンとガゼルがこの外の世界から隔離された幻想郷に何時の間にやら居たのは紅い霧の夏が終わった後の事だった。
グランとジェネシスの座をかけ、カオスという名のチームまで作り雷門へ勝負を仕掛けた……その後の事も記憶に残っている。富士の研究施設も破壊され、父のジェネシス計画に幕が落とされた事実も。全て、どのように決着がついたのか知っている。それからだ、一体いつから記憶が途切れたのか把握できない。「外の世界で過ごした最後の日」だけが切り取られたように。一体何故幻想郷に来たのか。この9ヶ月、二人の中でその疑問は消えずにいた。

バーンは巫女に急かされながら服を着替え、そして今二人並んで地上から遥か上空を飛んでいた。雲の上すれすれに飛ぶ巫女は悠々と先を行くが、バーンの飛行はどうも安定せずふらついてばかりだ。一際強い風に押され、バーンは巫女より前へ吹っ飛ばされた。バランスを崩して雲の下へ落ちていくが、巫女はそのまま落下地点を素通りする。やがて、上昇してきたバーンが彼女の後ろに追いついた。

「遅いわよ」
「仕方ねえだろ、飛ぶのなんてやっと慣れてきたんだから」

そう言うと、巫女は長い溜め息をつく。

「全く、何が宇宙最強よ。最強と言うだけならどこぞの氷精と変わらないわ」
「うるせえなあもう」

向かい風が吹く。今度は押し流されず、安定した飛行を見せた。
巫女に言われるままバーンは飛んでいるが一体どこへ向かっているのか。話をするだけなら、バーンの家でもいいのに。しかし巫女は専門家に任せるべきだ、と言うだけだった。
しばらくして、風に桜が混じって飛んできた。2週間前は雪を降らしていた空は今、桜が彩っている。淡い桃色の花弁は、長引いた冬を終わらせる雪のようだ。
なあ、とバーンは巫女に話しかける。

「2週間前、メイドにあったんだけど」
「咲夜ね」
「ああ。冬は今日でおしまい、って言ったら、その次の日から春になったんだけどさあ。何、あの姉ちゃん予知能力でもあんの?」
「そんなんあったら良いんだけどね、あいつの能力は色々やっかいだから」

巫女は苦笑いをして、降下していく。バーンもそれを追い体を傾ける。

「何かあったのか?」

彼女の目が遠くを見つめたのに気付き、問うと

「まあねえ。ちょっとどころじゃない困った蝶がね」

何の事かさっぱりなバーンは首を傾げた。



「へとへとだあ」
石段の上に腰を下ろし、バーンは一息つく。巫女は息をはねさせる様子を見せず、彼を見下ろして何も言わない。恐ろしい体力の持ち主だ。バーンは巫女に恐怖を感じながら息を整えた。まだ体が浮く感じがして変だ。早く慣れなくては、と体をだらんとさせれば、巫女が動いた。

「じゃあ私はこれで帰るわ」
「何だよそれ!」

突っ込みを入れるバーンに巫女は面倒臭そうに、目を細めた。何だか性格がガゼルと似ていると感じたのは気のせいだろうか。

「私が出る幕はないからね、もう関係ないもの。じゃあね、あんまりここには居たくないし」

巫女はふわりと浮き上がって飛んでいってしまった。もう一度、この距離を飛んでいくというのか。人間ではないかもしれない、バーンはそう考えた。








1.まずは飛ぶ。











幻想入り解明編。しかも続くという、俺ばかすww
タイトル、ネーミングセンスがない。恥ずかしい。
しかしうちのバーンは顔に色々投げつけられる。霊夢も愛想がない。何故だろう。
下に解説うんぬん。

・紅い霧の夏…紅魔郷。紅霧異変後の9月頃に来るバンガゼ。
・9ヶ月…妖々夢時が5月。その間約9ヶ月。
・ちょっとどころじゃない困った蝶…ゆゆしゃま。

2010.01.17 初出

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