涼野くんは子供だと僕は思う。
性格はクールで自分の興味のない事には無関心だ。
大人っぽいと周りは言っているみたいだけど、僕は反対に子供っぽく感じる。
だってほら、クールに見せるのは背伸びする子供によくある事だし、興味がない事以外関わらないのもますます子供じゃない??
あんまり言わないのも素直じゃない子供みたいで。
ちょっと目が離せないトコあるよね、彼。

僕が言い終わると同時に、鳴り響く昼休み終了及び予鈴の鐘。
くっつけた向かいの机には、牛乳パックを握り締めたまま固まるヒロト君とお弁当を片付けていたアイキュー君。
どう? と首を傾げてみると、アイキュー君は苦笑した。
そんなに驚く事かな?
次の歴史の準備をしながら、ヒロト君に時間がないよ、と促す。

「あ、ほんとだ!」
「次、そっち移動だもんね」
「うん、今日は実験なんだって。そっちはもうやった?」
「まだですよ」

アイキュー君はヒロト君の食べた後のゴミをてきぱきと片して、教科書を出した。
ヒロト君が借りていた椅子を元に戻すと、くっつけていた机も180度回る。
コンビニのビニール袋にまとめられたゴミを受け取って、ヒロト君は颯爽と僕らの教室から走り去っていった。
時間はあと5分あるけど、別棟の理科室に行くまでに間に合うだろうか。
まあ彼のスピードなら、ここから2つ隣の教室に戻って理科室に行くまでなんてすぐかもしれない。

「吹雪はよく分かったな。ガゼル様が子供っぽいって事」
「そう?」

アイキュー君は僕の席に椅子を向けながら、声をかけてきた。
ずっと一緒に居たけど、最近俺もやっと気付いたんだぞ。
困ったように話す彼は不意に廊下の方へ視線を向けた。
それは自分の教室へ戻る途中の涼野君が通り過ぎた所。
ゆっくり歩く足取りが、ひよこみたいで可愛かった。

「今の一瞬でも子供っぽく見えたけど」
「俺達のキャプテンだった時は、とてもそう見えなかったんだよ」

そうなんだ、と相槌をうってからその話題からテストの話題に変わる。
先生がくるまで、頭が良いアイキュー君直伝の勉強法を話してくれた。

「甘いものを食べながら暗記するといいぞ」
「例えば?」
「チョコレートに午後茶のロイヤルミルクティーだろ? アイシーの作ったクッキーとか美味しくてやる気が出たな!」
「アイシーちゃんって、料理上手なんだ」
「すごい上手なんだよ。いいお嫁さんになる。俺が断言しよう! あ、でも嫁には出さない!」
「はいはい」

1人で燃え滾るアイキュー君から一瞬目を離して、窓の外に。
3時間目から出てきた気味の悪い灰色の雲が、青い空を全て覆っていた。




「降っちゃったね」

予想通りというかなんというか、昼過ぎから広がってきた雲が雨を降らせている。
雨足は早くて、グラウンドはすっかりぐちゃぐちゃになり酷い有様になっていた。

「残念だけど、今日は部活中止だなー」

語尾にいくにつれて声のボリュームが下がる。
キャプテンはがっくりと肩を落として、グラウンドを窓から見下ろした。
サッカー部だけじゃなくてグラウンドを使っている部活は今日は中止だ。
多少の雨なら支障がないけれど、こんなに酷いとグラウンドを使う許可が下りないだろう。
前に筋トレだけでも学校の中でできないものかと夏未さんに質問した事があったけど、それも駄目だった。
廊下に大勢の人が走ったり、筋トレをしたりすると景観が損なわれるし邪魔になると一喝されてしまったのだ。

「俺、連絡ボード書いてくる。じゃあまた明日な、吹雪」
「うん、また明日」

どんよりと雨の湿気にも負けないくらいに落ち込むキャプテンと別れる。
確かに部活は楽しいし、今日から練習メニューを増やして頑張ろうと思っていたのに。
元々学校に置いておいた白い折り畳み傘をロッカーから出して、昇降口に向かった。

傘持ってきてないよー
今日降水確率どんくらいだったっけー?
60パー
ええ、微妙

廊下を通る度に、雨宿りをする集団の会話が聞こえる。
今日は5時まで雨は降らないと思っていたのに。
最近の天気予報ってあまり頼りにならない。

「あれ、涼野くん」
「吹雪」

昇降口を出てすぐの階段に涼野くんが鞄を持ったまま座っていた。
屋根があるおかげで濡れるのは防いでいるけど、寒いんじゃないかと上履きを履き替えて素早く駆け寄る。

「傘忘れたの?」
「ああ」
「誰か待ってるの?」
「いや」

膝小僧を隠すように腕を組んで、涼野くんは首を振った。

「そうなの?」
「雨が止むまで待とうと思って」
「バレンくんは? 傘持ってないの?」

彼と家が一緒のバレンくんの事を聞くと、それも首を振られた。

「バレンは買い物があると先に帰った」
「へえ。良かったら、一緒に帰ろうよ」

手に持つ折り畳み傘を見せながら言う。
涼野くんは困ったみたいに笑った。

「いい」
「どうして?」
「悪いだろう? そんなに小さい傘ではわたしはともかく君まで濡れてしまう」
「そんな、いいのに」
「わたしが気にするんだ」

少し強めの口調で涼野くんが言葉を切る。
気遣いは嬉しいんだけど……。

「変なトコで頑固だね」
「そうか」

彼と僕は周りから見ると珍しい組み合わせなのか、昇降口から出ていく人たちが視線をこちらに向けては気まずそうに去っていく。
それを何処吹く風と涼野くんは気にせずに、ただ雨雲を憎らしげに睨んでいた。

「ねえ、涼野くん」
「わたしの事はいいから吹雪は帰るといいよ」
「……よし、僕は君が一緒に帰るって言うまで待とうかな」

涼野くんの隣に腰掛けて鞄を下ろすと、驚いた彼が目を見開く。

「僕も結構頑固なんだ」
「寒くないのか」
「北海道なんか今頃雪降ってるよ」

もうすごいんだ。雪なんてこんなに積もっちゃって。
手でその厚さを表現してみると、何度か相槌を打たれる。

「そういう涼野くんは寒くない?」
「わたしは平気だ」
「手、冷たそうだけど」
「大丈夫だ」

赤く染まった指先は、制服の袖へと隠された。
鼻も少し赤くなっていて、猫の鼻みたいに見える。

「涼野くんとこうやって話すのって初めてだね。いつもはサッカーの事しか話さないけど」
「ああ」
「学校はどう? 馴れた?」
「まあまあ」
「勉強とか大丈夫? 君頭良いと思うけど。今日アイキュー君とテストの事とか話したんだけど、彼すごいよね。色々勉強になったし、妹さん思いだね」
「そう」

僕だけが喋って、彼は小さく返事をするだけ。
少し虚しいな、と首ががっくり垂れ下がる。
こんなに淡々としていると、さすがの僕でも挫けそうだよ。

「涼野くん、僕の事苦手? 僕だけじゃなくてもさ、部活のメンバーも苦手かな?」
「そんな事は」

テンションが逆転した僕に涼野くんは初めて慌てた。
目が合う。
居心地悪そうに視線が泳ぐ。

「その」
「うん?」

涼野くんは口ごもる。
言い辛そうに口を開いては閉じるを繰り返す。
彼の額から冷や汗が一滴垂れた。
しばらくしてから、かじかんで赤くなった指先を自分の胸に当てる。

「寒いんだ、ここが」
「胸が?」
「寒いんだ。肌で感じるものではなくて、身体の中がぞくぞくする」

雨が地面に打たれる音だけが聞こえる。
沈黙が続き、すっと空気を吸う音。

「バーンと離れてから、寒いんだ。そうではなくても、皆と離れてから」
「寂しいの?」
「何人かはここにいるのに、今までとは違う。あの時、わたし達にあった志が消えてしまった。変わってしまったんだ」

父さんに認められたかった。
耳で拾うのさえ困難な小さな声音で、彼はその言葉を絞り出した。

「わたしはおかしいのか、吹雪」
「そんな事ないよ。僕だってそうだった」

父さんに、アツヤと完璧になればいいと言われた。
完璧という言葉に捕らわれすぎて、僕は皆に迷惑をかけた。
アツヤと心が離れていってしまいそうで、また置いていかれるという恐怖があって。

「でも大丈夫だよ。ここなら」

僕は生まれ変われたんだ。
仲間たちのおかげで。

「いつかなくなるよ」
「……そうか」

彼から吐かれた息が白く浮かび上がる。
北海道の雪を思い出す白だった。

「……今更だが、帰る、か」
「うん?」
「傘に入れていってくれないか」
「いいよ、僕は大人だからね。涼野くんみたいに困っている子供を放っておけないんだ」
「わたしは子供などではない!」

初めて彼に怒鳴られた。
それが少し嬉しい。
鞄を肩にかけて、折り畳み傘を開く。コンパクトに見えるのに対して、実は二人でも十分に入れる大きさだ。

「さ、帰ろう。さっきから鼻が赤くなってるけど、寒くない?」
「……少し。本当に少しだけだが」

少し、という所を強調して涼野くんは鞄を持って立ち上がった。
面白いなあ。それでこんなにも子供っぽいとは思わなかった。

「意地っ張りだなあ」

機嫌が悪くなる前に、もう一言。
手を差し出してみると、きょとんとされる。

「さ、僕に触れて。大丈夫、これ以上熱は奪われたりしない」
「気障な事をよく言えるな」
「風になろうよ、とか?」
「余計寒くなるだろう?」
「そうだね」

寒そうに袖から出ないようにしていた手が僕の手を握る。
指は柔らかかったけど、とても冷えていた。

「手、冷たいね」
「君もな」

問題の一つはクリア。
あと寒そうな所と言えば、第一ボタンを開けた制服の下には冷えてしまっているだろう首。
そうだ、と鞄に入れてあったものを彼に渡した。

「これ貸してあげるよ」
「寒くないんじゃなかったのか?」
「いざという時の為に」

入れておいて良かった、と僕は笑う。
それを受け取った涼野くんは、柔らかいタオル地を何重にも巻いて、青い目を閉じやがて微笑みかけてくれた。

「ありがたく貸してもらうよ」









リーズタッチミー











アツヤのマフラーって便利、って話…じゃないんだ。
雷門引き抜き後で、ソフトはブリザードな為バーン様不在です。
大人なフブキングに子供なニックネーム・ガゼルさん。
今回出てきたDダストメンバーはうちに居る子たちです、まあ所謂俺ブン?イレブンではないですが。
「フリーズ」タッチミーで、とりあえず冷たそうな子同士。
「フリーズタッチミー」って可愛いけれど、触ると凍傷が起きそうで怖い。

タイトル「東方非想天則」より
2010.01.07 初出

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