「それ、綺麗だね」

 彼と同じように、僕もそれをじっと見つめる。
 南沢くんは一回頷いただけで、身体を翻した。もう行く、という事なのだろう。
 先に歩いていってしまう彼に遅れないよう、僕は慌ててその後を追った。
 夕飯は少し贅沢にステーキ焼いて食べて、デザートも奮発して直径15pくらいの苺のタルト。それを二人で半分ずつ。
 苺の甘酸っぱさに唾液が次々と出てくる。固めのカスタードは甘さ控えめで、丁度良い。二人してタルト生地の端っこまでぎりぎり食べ進め、最後に残ったカリカリのクッキー生地をゆっくりゆっくり、大事に食べた。

「タルトはこの周りの生地が一番美味しい所だと思う」
「分かってんじゃん」

 指に残ったクッキーのカスを舐め取り、紅茶を流し込む。
 これくらいじゃ、成長期の南沢くんは足りないかもしれない。
 でも部活後というわけでもなし、体力も消耗していないから満足かな。

「おかわり」
「はい、かしこまりました」

 カップを差し出してきた彼に、僕は恭しく頭を下げて紅茶を注ぐ。
 琥珀色の液体がカップに溜まり、満足そうに南沢くんはそれをあおった。

「たまには紅茶も良いな」
「珈琲派だもんね」

 頷き、垂れてきた髪を耳にかける。ワックスの取れてきた髪を幾度か整え、うっすらと前髪の隙間からこちらを覗いてくる瞳。
 僕は何処かふわふわとした心地で、その瞳を見る。

「お腹一杯?」
「まだ」

 自然と出た問いに、彼はおもむろに首を振った。
 僕は首を傾げる。

「僕はお腹一杯」
「デザートは別腹とか言わねえ?」
「女の子じゃないんだから」

 くすくすと笑う僕に、南沢くんは皿の上に放ってあったフォークを手に取った。
 三叉の、銀色の華奢なデザートフォークが、僕に近づく。
 ぴたりと、頬に金属の冷たさ。ぞくりと身体が震えた。

「危ないよ」
「大丈夫」
「何が?」

 頬をすべすべ撫でられた後、首筋へと落ちていく。
 熱の移ったフォークが、首筋の頚動脈の上を滑る。
 彼が口に含んだ、唾液の中に通されたフォークが、僕を撫でる。これって間接的に彼に舐められてるって事かな。

「南沢くん」
「足りない」

 ふと零された言葉に、僕たちはうっとりと目を細める。

「食べていいよ?」

 とろりと蕩けた彼の瞳がぐっと近づく。
 何処か気恥ずかしくて、僕が思わず目を瞑ってしまうと、彼は喉の奥で笑った。

「あんたにも可愛い所あったんだな」
「馬鹿だなあ、僕は可愛くないさ」

 ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜられる。
 僕は犬じゃないんだぞ、と抗議を上げながら、向かいの席の彼の方へ回り込む。
 そのまま勢いで彼を抱え上げ、寝室へダッシュ。まさかこんな事をするとは思わなかったのだろう、彼は驚愕で声も出ないようだった。実際、僕もびっくりしていた。20kgの物さえ、抱え上げるのも難しい僕の腕力が、この時だけは限界すら超え、軽々と少年一人を持ち上げられたのだから。
 寝室に辿り着いて、ベッドへ彼を下ろすとじわじわと腕に乳酸が……。僕も大概馬鹿である。

「ん……、どした?」
「うでが……」
「ばか」

 やっぱり言われてしまった。
 僕は腕をさすりながら、苦笑する。その腕を、南沢くんがおもむろに取ると、細い指が僕の筋肉を柔く解すように揉んだ。心地良い刺激。彼、マッサージ師に向いてるんじゃないかしら?
 ちゅ、っと手首にリップ音。腕に顔を埋めた南沢くんが、上目で僕を見上げてくる。

「運動すれば、筋肉痛なんてすぐ直るから」

 な? と、こてんと首を倒して、僕の手首に浮かび上がる青い血管を舐めた。
 それもそうだ。うん、と僕は頷き、彼の首筋に顔を埋めた。
 
 一つひとつ、全てが大切だと言うように、僕は南沢くんの身体にキスを落としていく。
 小さなリップ音が立つ度に、彼は身を捩じらせて震える。
 鼻から小さく、浅い呼吸が漏れていく。
 気持ち良い? そう問えば、彼はぼんやりとした瞳で僕を見つめて、こくこくと頷いた。
 恥骨まで降りていった唇をじっと見つめ、その先を強請る瞳。
 小さく笑い、足の付け根に舌を這わせれば、意地悪と睨まれた。

「そんな眼をしたって、可愛いだけだよ」
「ばか。早く触れよ」

 何番煎じだよ、という台詞にも南沢くんはこれまた可愛い言葉で僕に縋る。それがとても心地良い。
 括れから、足の間までを舌で撫でる。
 彼の指が、綺麗にベッドメイクされていたシーツを手繰り寄せた。すっかり皺くちゃのそれを、ぎゅっと握って顔を埋めている。
 愛おしい。
 この子が欲しい。
 ずっと、ずっと欲しかった。
 でも、それは許される事なのだろうか。
 


「はぅ……」

 二つの膨らみを指で包み、くにくにと弄べば、彼はぎゅっと眼を瞑る。
 もう片方の空いている指先で、亀頭を挟んでぐにぐに。
 裏筋が良い事は、この31日間ですっかりお見通し。舌を尖らせ、触れるか触れないかの距離でつつ…と舐める。

「やっ、ぁ…あっ」

 ぴくんぴくん、と腰が踊り、自分から舌へ押し付けてくるような体勢となった。
 僕がわざと舌を遠ざければ、足を突っ張り、腰を上げさせてまで顔に近付いてくる。
 ぐっと舌を押し付け、そしてまたすっと離れると、彼は泣きそうな顔で自分の性器へ手を伸ばそうとする。
 それを押し留め、違うだろ、と諭す。

「南沢くんがもっと良くなれるのは、何処?」
「あっ……」

 裏筋へ動いた唇と舌が当たる度に、切なげな声が聞こえた。
 ためらう彼に、僕がそっと背を(アナルを)押してやると、はあはあと飢えた犬のように、先程の場所から別の場所へと指が動いた。
 双丘をかき分けた先の、秘められた場所。
 人差し指と薬指で肉を拓き、そして中指が挿入される。柔らかいそこは貪欲で、中指を入れただけでは足りないらしい。南沢くんは、更に人差し指を入れた。そのまま奥へ指を押し込み、ぐるりと掻き回す。

「やぁ、あっ、んっ」
「そう、そこが気持ち良いんだよね」
「……ん、うん、ぅん……、いい」

 きゅん、と指を頬張る穴が締まる。まだ足りなそうだ。
 僕は亀頭を口に含み、括れに舌を巻きつける。一瞬、快楽に呑み込まれ油断した彼のアナルに僕の指をまた二本、突っ込んだ。

「ひ、はあっ……!」
「熱い」
「んっ、んぅ……」

 中で、彼の指に自らの指を絡める。
 きゅうきゅうと穴は指を食み、またそれに連動するかのように、南沢くんの口も白いシーツを噛み締めていた。
 彼の指をリードするように、一緒に内臓を擦り上げれば、蕩けた声が小さく耳に届く。シーツを噛んだ、その口腔の奥で搾り出される喘ぎはいつもより控えめだ。

「これ、良いね?」

 こくり、と頷き。

「熱いの、分かる?」

 頷き。

「僕の指の形まで分かる?」

 頷き。かすかな喘ぎ。

「――僕の指、好き?」

 蜜のように蕩けた瞳が僕を捉える。唾液をたっぷりと含んだシーツが口から離される。

「すき」

 とろりと、蜜が眦から零れる。

「すき……、だから」

 だから、と彼は酸素を欲しがる口で。
 きすして。そう言った。

 指を引き抜き、仕事用ポーチの中に入れたローションを取り出す。
 途中でばさりと何かが落ちた。一瞬視界に入ったのは、手帳の金具が外れたのか、辺りに散らばった紙たち。きっと調教記録だろうけど、どうでもいい。
 ローションの蓋を開け、自分の性器に全部かける。冷たい。べっとりとしたそれはシーツにも垂れ、動く度にでろでろと下に落ちていった。
 彼の脇に手を差し入れ、身体を持ち上げる。ぐったりとしつつも、熱に浮かされ僕を求める彼は、何とか力を入れて僕の手助けをしてくれた。桃のような尻に、ぬるりとした性器を押し付ける。滑るだけのそれを、彼が逆手にして支える事で谷間に差し入れる事が出来た。
 痛みを与えないように、傷をつけないように、ローションまみれの性器をゆっくり谷間に往復させた後、僕たちは視線を合わせた。
 本当に良いの? と目で問う僕に、彼は微笑んでくれた。
 亀頭が彼を侵す。
 息を詰めた南沢くんの背を、ゆっくり撫でてやる。

「はい、る……?」
「入るよ」

 ずぶずぶ、足を取られ落ちていくように、彼の中に入っていく。
 きゅうっとした圧迫。温かみ。気持ち良い。

「あっ、はぁ、あぁ……」

 ぴくんぴくんと彼が跳ねる。

「はいって、くる」
「うん」
「おれ、もっ……ひっ、ぅぅん……!」

 完全に根元まで入った時、南沢くんの背中はびくびくと震えた。中も収縮して、肉棒に強く絡みつく。
 首に腕が強く巻きつき、南沢くんがぴったりと身体に張り付いた。

「いっちゃった?」
「だ、って……きもちぃ……こんな、はじめてで」

 僕も、と呟く。

「僕も、初めてだよ」
「うそ」
「本当」

 尻を掴み、上下に腰を揺すると目の前で美しい首筋があらわになる。
 僕も大概、余裕が無かった。

「やっ、ぁ…っ、あ!」
「南沢くん……っ」

 唇を近付ける。はっとして、彼もためらいつつも唇を寄せてくる。
 重なったそれは、とても甘い。ようやく繋がれた事に対しての充足感がまた増してくる。

「んっ、ふぅ……っ、んん」

 舌が入ってくる。乞うように、僕の舌先を舐めて、ちゅっと吸い付いてきた。僕は誘いに乗り、それを絡めて深く繋がる。
 肌を打ち合う音が遠くで聞こる。
 我慢が出来なくなり、性急に身体を横たえると、身体に巻きついた足の力がますます強くなった。

「んぅ、んんっ、んん――っ!」

 南沢くんの腰を掴み、もっと奥へと身体を揺する。
 息継ぎをしようと唇を離せば、やだ、と彼が叫ぶ。

「やぁ、もっと……キスして、もっと」

 腕を伸ばし、僕に縋ってくる。
 酸欠気味になりながらも、ちゅっちゅっと唇を重ね合った。
 荒い息を零しながら、二人でキスをし、肌をぶつけ合い、涙を流す。
 キスの合間に、南沢くんがこちらを潤んだ瞳で見つめ、嬉しそうに細めてくれる。

「すきだよ、すき……すき」

 僕の切れ切れな言葉にも、南沢くんは何度も頷いてくれた。

「俺も、……すき、すき」

 好きと言い合う度に、中がきゅっと締まる。
 僕ももう限界で、腰から突き抜ける快感に堪え切れなかった。呻きながら最奥で達してしまうと、彼は先程よりも更に高い声で身体を跳ねさせる。
 ぴくぴく中が痙攣し、それに搾り取られるように僕の精液は最後の一滴まで中に注いでしまった。

「はぁっ……あっ、んぁ」
「中出しされて、いっちゃった?」
「だって、ずっと……欲しかったから」

 南沢くんは顔を真っ赤にしながら、こちらをちらりと流し目で見やる。

「俺、……ずっと、中に入れられたらとか、出されたらって……あんたの……、あんたに抱いてもらったらって」

 引いたか、と眉を下げながら僕に問うてくる。
 そんなの嬉しいに決まっていて、僕はついつい元気になってしまう。
 再び硬くなりだしたそれに、南沢くんは少し戸惑いながらも、嬉しそうに笑った。

「ま、また……中に、出して」

 卑猥な言葉で僕を煽り、その挑発についつい乗ってしまうのは愛しい子だからしょうがない事で。




「リア充爆ぜろ」

 顔を付き合わせた瞬間、奴はそう吐き捨てやがった。
 僕は幸せすぎて緩みきった顔で、奴に向かって礼を言った。

「このゲーム、絶対お前負けると思ったのにさ」
「愛の力って奴だよ。いやー部屋から何からお世話になりましたよ」
「そう思うなら、一発やらせろよ」
「やあよ」

 だって僕は南沢くんに対して操を立てているわけだし。
 ふてくされた奴に部屋の鍵を渡し、僕はさっさと立ち上がる。

「もう行くのか、茶くらい……」
「この後、デートなんだ。それに、なんか怖いし」
「失礼な」
「まあありがとう。また何かあったら頼むよ」

 二度とないと思うけど。
 僕はポケットの中に入れた指輪を弄びながら、彼の事を考える。
 これを渡した時、どんな顔をしてくれるだろうか。
 彼なしでは居られない僕はとても幸せで。






ハッピーエンドver
2年もお待たせしてしまって申し訳ありません。

14/05/07 初出

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