Aldebaran | ナノ



月の影 U





注意:石川翔吾視点になります


出会って数か月経ったが、俺たちの間の距離感は変わってない感じがする。

バイトのシフトの関係で遊べない日があったり、遊べても俺の部屋で過ごすだけって事が多かった。
そういや女子はちょっとでも遠くへと出かけるのが好きだよな。
男だからこんなにもあっさりした付き合いなのか、それとも安立の世界観なのか。
心が通った瞬間から距離を詰めようと思うのが普通だと思っていた。これは経験から…相手の女子から感じたものだから男である安立に通じるものがあるとは思ってない。

それと安立の“普通”は俺の思うものではないし。
そこは肝に銘じている。
しかし俺からしたらそんな変化のない日々を求めているわけではないし、少しでも、一ミリでも安立との距離を詰めたいのだがうまくいかない。
距離を詰めすぎると安立の負担になる、そこで意思疎通がうまくいかなければ安立を傷つける。

なんで俺こんなに安立に気を使ってんだ…。
歩み寄りも必要だけど、もっと俺が引っ張って行けばいいんだよ。

「俺のが年上だろ…」

ぽつりとつぶやいた言葉はふわりと消えていく。
いつの間にか見えない傷をつけるんじゃないかと安立を怖がってた。
俺も、安立を怖いと思ってたんだ。

ああ、そうだ。

相手の気持ちが解らないのは人間誰もが同じだ。
言葉にしてくれたって捉え方は違うし性格も違うし、受け止め方も違う。

安立の言う生きる世界の違いはここにもあるんじゃないか。
世界の違い、普通に過ごしてきた人間と、苦労してきた人間との違いはもちろんあるだろう。
安立の怖いという感覚は誰もが持ってる不安な部分を人生経験が乏しいせいで支えきれないためだろう。
ならば、俺がその支えになればいい。
俺の気持ちは、そう言う事だ。
安立にそれが伝わらないなら、何度も伝えたらいい。

どこかスッキリした俺は安立の事を脳裏に思い描いていた。
寂しく、俺の少し後ろを歩く姿。
安立の好きな夜空…。
視線が好きだと訴えていても、言葉では空が好きだとか何も伝えてくれない安立だったが、一緒にバイトから帰る帰り道では空を見上げることや、俺を見上げながらその視界が宙を漂っていることも感じていた。
好きだとは言わなくても言葉の節に空だとか星だとか天気の事なんかはよく出てくる。
今の瞬間まで気づきもしなかったけれど。

目の前を通り過ぎていく小学生の集団下校を見て思いついたのはプラネタリウムだった。
つぶれてなければ市が経営しているところが隣町にあったはずだ。
小学校の遠足でも行ったことがあったし、高学年になると少し遠くの立派な施設にも言った覚えがある。
あのドームを怖いと思ったこともあったっけ。
きっと安立なら喜んでくれるだろう。



調べたところ予約する必要もなさそうだったので、お互いの学校が少し早く終わる日に安立と約束をした。
安立にはどこへ行くのかは内緒にして。

安立は俺に何も問わず、きょろきょろ辺りを見渡しながらついてくるだけだった。
最寄りの駅からは遠くて、汗をにじませながら歩いた。
一見、外からはそこにプラネタリウムがあるようには見えなかったけれど、建物の扉を開け、一歩踏み込んだとたん見せた安立の表情はすごかった。
もう、キラキラ。
キラキラって言葉以外合わないほどに目を輝かせた。
俺が話しかけても上の空だ。
落ち着かない様子で周りを見渡していた。
まだ中には入っていないのに掲示物を見たりと必死だ。

「安立、もう少ししたら中に入ろう」

うんともすんとも答えず俺の後ろをなんとか遅れてついてきた。

座席は自由だった。
最終の時間という事もあって、夕方だったし、小学生の姿も少なく、ガラガラの座席の中、安立を促しながら人の少ないところを選んで座った。

「め、ちゃくちゃ…緊張して、る」

ふわっとドームを見上げた安立の瞳が輝いていた。
どうやら相当喜んでもらえてるようだ。
市の経営とあって安くで見れるのだからありがたいものだ。

「怖くない?俺このドーム苦手なんだよな。真ん中の機械も。星が写り出すと気にならないんだけど」

……って、俺の話なんかまったく聞いちゃいねぇ安立に苦笑を洩らして、体を椅子に預けた。
椅子はかなり座り心地がよかった。

長い前説が終わり、静かにドーム内が暗くなっていく。
この時期の星座は…と静かなナレーションと共に、たくさんの星が映し出されていく。
ロマンチックなものとは違って、しっかり星と星が線を引かれたり、星座の由来をアニメーションで入れてくるなど、とても子供向けではあったが、久々の世界観に俺もなんだか心地よさを感じていた。

退屈ではなかったが暗い視野と心地のいい椅子とで眠りを誘われつつもあった。
安立はずっとキラキラした目で見てるのかかと隣に視線を送ってギョッとした。

安立が静かに泣いていたからだ。

どこか泣き所があったのか、感動するところなんてあったか、星見て泣けるのか、と色々思いが巡った。
が、じっと空を見上げる潤んだ瞳を見つめて思い当った。
安立の脳が記録しているのだ、今この瞬間を、この星を。
その瞳の光に俺も覚えがあったから間違いない。
俺の部屋に来たとき、俺の身辺の変化があった時にカメラを向ける少し前に安立がこの瞳を向ける。

脳に記録するため…。

昔見たプラネタリウムの内容なんて覚えてなかった。
今上映されているものと違ったのかもしれないし、全く同じだったかもしれない。
安立も昔から今への変化を記録しているのだ。

「……、」

いや、安立はもしかしたら初めてプラネタリウムを見に来たのかもしれない…。
プラネタリウムへ行った事のない人だって居るだろう…。
安立は幼少の頃や昔の話なんてしたことない。
世界が違うとしか教えてくれないから、きっと俺が、世間一般の子供たちが過ごした時間とは違うのだろう。
遠足は?社会科見学は?
当たり前のように参加できる行事に参加していない可能性だってある。

だからなんだ――
これから、たくさん経験すればいいだけだ。

安立が涙をこぼす姿を可愛いと思った。
いつも泣きそうな目で眺めてはそこから涙がこぼれることはなくて、ずっとそうやって過ごしてきたんだと思う。
感情的になる時期に、感情を抑えて生きてきたんだろうか。
お前は親に反抗したことなんてないんだろうな。
反抗することで深まるものがあるなんて知らないだろうな。
そんな感情もどうか俺に向けて欲しい。

プラネタリウムが終わり、静かに館内が明るくなると、安立も静かに頭を下ろした。
周りに気づかれないようにと顔をすぐに隠し、袖で涙をぬぐって静かに鼻をすすると、ようやく俺の視線に気づいたのだろう、こちらを向かずに肩が震えた。

俺に見られて、どうしようって…悩んでる。

ずっと俺の頭の中は「安立が可愛い」で埋め尽くされていた。

そんなにすぐに追い出されそうもないだろうと思って俺は体を椅子に預けて、安立の頭に手を回した。
もっと泣いてていいんだぞ、と可愛いぞ、とありったけの気持ちが届けば良いと手のひらに込めて。

「ご、ごめん…俺、初めてで…感動、しちゃって…」

はぁ、と息を吐く安立。
俺の手を意識して少しぎこちない動きをする。

「俺、こういうの、初めてで。…行事ごと、ある度に…俺普通じゃないって感じるから、参加、しなくて、ずっと、サボって…周りも…当たり前みたいに思ってて、誘われたこと…っ、も…。四年生の時、プラネタリウムあったんだ。でも、っ。…すごく、行きたかった。一度でいいから行ってみたいって…、石川さんが、誘ってくれて、うれし」

ぽたりと、一粒大きな水が落ちて。
安立のズボンの膝にシミを作った。

「石川さんと、見れて、うれしい」

もうすっかり明るくなった館内を見上げた安立は目を真っ赤にしていた。
鼻まで真っ赤で、耳まで真っ赤で、結構頑張って堪えたのかな、と思うとまた可愛い、と口に出してしまいそうだった。

「――怖いか?安立」

安立は静かに頷いた。

「きっと俺はもう…、一人では、ここに来れない」

それはもう、この場所か俺との思い出の場所になったからだと、勝手にうぬぼれる。
やばいな、俺。
安立が怖いという度に付け込みそうだ。

厄介な恋愛をしてしまったものだと思うと、笑いがこみあげてくる。
こんなややこしい奴も初めてだけど、こんな恋愛も初めてだ。
相手が安立じゃないとできないじゃないか。



日が静かに暮れて、あたりが薄い藍色に包まれて、ぽつぽつと浮かぶ星を見上げながら安立と肩を並べて歩いた。

「俺、星に沖縄の那覇の那で“せな”っていう名前で…。自分の名前に星が使われてるって小学二年の時に習って、知って、すごくうれしかったのを覚えてる」

いつも少し後ろを歩いて空を見上げる安立が、俺の横に並んでいるのは発信したいものがあるんだろうと思った。
てっきりプラネタリウムの感想だと思っていた。

「習ったよ、って、母親に…報告した、母親は聞いてもなかったけど…、ずっと星って自由帳に書いてた。それから俺は星が好きなんだと思う」
「星那って…似合ってるよ」
「ん、でも、あまり…呼んでもらえなかった」

誰に、とは訊けなかった。
誰でもない母親に、だ。

安立は静かにほほ笑んだ。

「俺は星が好きだよ。星見てると満たされる、心が。ものすごく遠くにあるのにキラキラ光って、めちゃくちゃ綺麗で、見てるだけで感動する…宝石みたいな宝物みたいな…誰のものでもないから、俺の物でもないけど、俺が特別に感じたって誰にも文句言われないし…」

星を眺めながら何を託しただろう。
星を見ながら何度その感情をこらえてきたのだろう。

「安立…」
「星とっ、同じで!…石川さんは、俺の星だったんだ。ずっとキラキラしてて、憧れて、手の届かない、星」

暗くなってきたことを良いことに、安立を抱き寄せた。
見上げると一等星が頭上にあった。

「俺はこんなに近いけど?」
「うん」
「手、届かなくない。安立が伸ばせは届くし」
「うん」
「俺、人間だし…。何より安立の事、愛したい」

もしも流れ星を見たなら、安立と恋愛したい、と三回唱えるだろう。
星に願いを、なんて馬鹿にしてたけど安立の傍にいると馬鹿になんてできなかった。

俺のこの気持ちが伝わってほしい
この気持ちに気づいてほしい
交わることがあるって知ってほしい
一方的ではないと、感じてほしい

二人で居る意味を知ってほしい
一人じゃない、一人で恋してるわけじゃない

「うれしい。今日はすごくうれしい日だよ。ありがとう…石川さん」

嬉しいの後に続く、怖いという言葉はあえて飲み込んだのかは…解らないけど。
安立の怖いと思う感情を俺が作っているのだと思うと俺は何より嬉しいけど、とりあえずは安立の“嬉しい”を増やしていけたら良いと思う。
簡単なものでいい、深くなくていい。

そして安立が喜べば、すぐそばに嬉しく思う人間が居ることも知って居てほしい。



END




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