zzz | ナノ

とろけはじめる赤色ラブフレーバー

 平日なんだけど、と突っ込みたいのが正直なところである。
 携帯に送られてきた短文、「10月16日、午前10時、東京駅」……ふざけてんのかな。学校なんだけど。
 ──俺はベッドにころんと横になり、身体をまるくして、メールに返信をする。
 りょうかい。ばかかな、おれ。
 室ちんにうまく言い訳をしておいてと頼んでおこう。まさこちんとか怒ったらこわいからね。竹刀いたいからね。

 俺たちは、あの半年後に、帝光中を卒業した。
 ホントは、少しだけ、少しだけ。またみんなでいっしょの高校に行ったら、あだなちんもついてきてくれて、赤ちんが戻っていく、あのやわらかな笑顔のそばに、あのこを置いてやれたんじゃないかなあ、とかおもってる。
 でも、こんな突拍子もない要求をしてくるあたり、赤ちんはまだ変わってないのかもしれない。たぶん、戻っていたら、電話で相談したと思う。おまえはどうする? そうクスっとわらって。
 ごめんねあだなちん。おれのせいだね。

 俺じゃあ、どうにもしてやれないよ。ごめんね。

 去年の寂しさが、この日が近づくごとに、一歩一歩と喉に貼りついていく。自分が16歳になったんだって、自覚して、ちょうどの1週間。自分が16歳になる瞬間が、一番怖い。
 だって、俺が16歳になるってことは。
 ひとつ歳を重ねるってことは。
 ──あのこもすぐにそうなるってことにちがいないから。
 ──あのひが近づいていることにちがいないから。

「こえー」

 電話の1本でもする勇気があれば。俺はきっと、今年も彼女をお祝いできるんだろう。
 俺が殺した、抜け殻の赤ちんと会うのは、数ヶ月ぶり。夏ぶり。
 少し寒さを覚えてきた空の色、風の音。俺はそれが、やっぱり何年もまえのことにしかおもえなくてこまってしまう。
 赤ちんは変わってしまった。俺も変わって、黄瀬ちんも変わって、会っていないけれど、連絡すらとっていないけれど、きっとあだなちんも変わっているんだろう。もしかしたら彼氏とかいるかもしんないなあ。可愛かったもんなあ。
 一番の不毛は俺なのかもしれない。そう思いながら、それでもやっぱり俺は、あの子には赤ちんと幸せになってほしいなあと、自分が壊した面影に、ぼんやりと願って、ゆらりと目を閉じた。
 ……目を、閉じた。




 何時間くらいそうしていただろう。お菓子をぼろぼろと食べながら寝落ちたことは何度もあったけれど、考え事をしているうちに眠ってしまったことなんて、初めてかもしれない。
 そんな自分にも情けなさを覚えながら、俺は起き上がる。適当に顔を洗って、髪はぼさぼさだったけれど、気にせずに。
 携帯を見てみると、赤ちんから3度も電話がかかってきていた。少しだけ胸が高鳴る。恋する乙女かっての。昨日夢見た、かもしれない、アイスの旅へのお誘いが、少しだけ気になったりしてね。

 俺からかけ直す勇気はなく、ゴメンナサイと両手を合わせて、俺はその日から東京に行く日まで、携帯の電源を切って過ごした。
 室ちんに適当な言い訳を頼んでおいて、半ば強引に新幹線に乗り込んで、東京まで向かう。そうしなきゃいけないと思うから、思っているから。仕方のないことなのだ。

『会いたい』

 あの子の痛みが、俺にはわかってしまう。自分で殺したくせに。
 俺は携帯の電源を久方ぶりに入れて、黄瀬ちんに連絡を入れる。黄瀬ちんだったら、呼ばれているに違いないから。そしてきっと、来てくれるに違いないから。

『黄瀬ちん、何時ごろに着きそう?』

 返信は早かった。

『9時50分くらいっスかね』

 俺が長らく携帯の電源を切っていたことに関してはお咎めなしである。もしかすると、黄瀬ちんは俺にはくだらない用事も飛ばしてなくて、赤ちんからも何も聞いていなかったのかもしれない。
 黄瀬ちんのメールといっしょに、どばどばやってきたバースデイメール。みんななんだかんだいって、お祝いは送ってくれるんだなあと、自然と口が、自嘲の形をとってしまう。俺は、送ってなんかねえのに。
 そのなかで、ひとつ、いやふたつか。見つけたくない名前を見つけた。

『お誕生日、おめでとう』
『誕生日おめでとう』

 簡潔な文の送り主は、あだなちんと赤ちんだ。綺麗に名前も並んでいる。0時ぴったりではなく、10時9分に送られている。授業中に送ったのかなあ、と詮索したりして、俺は携帯を閉じた。黄瀬ちんに返信はしない。これにはあとで「なんで返信してくんなかったんスかー! 自分から聞いておいてー!」くらい言われるかもしれない。それもよかった。
 青春とは切ないものだ。自分をごまかしながら、新幹線の、ほぼ直線な景色を見つめる。

 東京駅は広い。ホームに降り立ったとしても、東京都民だったからといって、頻繁に利用していたわけでもなかったこの駅の図解を瞬時に行えるわけもなく、端的に言うと迷った。あれ、入り口ってどっちだっけ? というか、入り口っていくつもあったよね? あっれー?
 赤ちんよ、なぜ最初のメールにどこの入り口かを記載していてくれなかったのか。
 迷子になった途端、携帯の電源を切りっぱなしだった自分は棚上げして、赤ちんに文句を垂れる。うええ、これ連絡とらなきゃいけないのかなー。
 やっぱり黄瀬ちんに連絡しよう。現在時刻は9時40分。黄瀬ちんがあと10分で到着する予定ってことは、今待ち合わせ場所に向かってるってことだろうし、それならどの入口が待ち合わせ場所なのかも知っているはず。おれってば頭いー。

 携帯を開いて、ピピピピ、ぽちっと。

『待ち合わせ場所ってどこだっけ?』

 手っ取り早く、さっきのメールにへんしん。
 これで「なんで返信くれなかったんスかー!」と言われることもない。やっぱりおれってば頭いい。

『ハチ公前っスよ』

 黄瀬ちん、歩きながら携帯いじってんのかな。俺が言えたことではないけれど、そう突っ込んでから、「はあっ?」と間抜けな声をあげた。
 ハチ公? ハチ公って渋谷じゃなかったっけ? ここ東京駅なんだけど、え、渋谷ってどっちだったっけ!?

 焦った俺が、東京の人々の視線にさらされながら渋谷駅に到着したのは、結局、10時15分過ぎのことだった。

「紫原っち、遅いっスよ」
「遅いっスよーじゃねーし! ちょっと赤ちんどういうこと!」
「ひとからの連絡を無視したおまえが悪いだろう」

 ふっと口角を持ち上げる赤ちん、赤ちんの笑い方は、本来のものであるようで、やっぱり別物だ。俺は彼にそれ以上言い返すことなんてできなくて、心のなかで、自分に舌打ちをする。
 そこで気づく。

「……あだなちんは?」

 彼女の姿が、ない。赤ちんや黄瀬ちんの陰に隠れているかもと思っていたけれど、そうではなかった。俺が来ても出てこないし、俺が見下ろしても、ふたり以外の人影は見当たらない。

「学校だから、と断られた」
「は?」
「やはりというか、テストが今日かららしい」
「はあ!?」

 いやあだなちんのために集まったのに、あの子がいないってどういうことだよ意味わかんねえよ! と捲し立てたい気分だったが、テストとは進学に関わる大きなことであり、その日程を決めるのはあだなちんではなく、教師たちだ。あだなちんだって、誕生日にテストに苦しめられたくはなかっただろう。
 ──ひと息にここまで考えて、俺は言葉を飲み込んだ。

「じゃあどーすんのさ」
「おまえたちは、先に店に行って時間を潰しておいてくれ。僕はナマエをつかまえて、あとから行こう」
「りょーかいっス!」
「いやいや、あだなちんテスト勉強するって言ってついてきてくんないでしょ」
「問題ない」
「うっそだあ」

 去年の『会いたい』が脳裏に絡みついた。あだなちんは、いまの赤ちんには会いたくはないだろう。たぶん、いちばんさいしょの感情で、いまの赤ちんを、見ることはできないのだと思うのだ。

「なら、敦。おまえが行くか」
「え?」
「黄瀬はさわぎになりかねん、だがおまえなら、代わりに行かせてやってもいいと思っている」

 うわあ、すげえ上から目線。……でも、だからこそ、赤ちんはつよいおうさまなのだろうな。ふと、つと、おもう。

「……わかった。いく」

 赤ちんが行くよりは、俺が行ったほうが、あだなちんの心は落ち着いてくれるだろう。勘だった。赤ちんが、おれ、と言ってくれたこと。あえて下がった意味をさとれないほど、俺は馬鹿じゃあ、ないはずなのだ。きっと。

「えー、赤司っち、俺も行きたいっス! 3人で行きましょうよ!」
「駄目だ。特におまえは行かせられない」
「なんで!」
「人だかりでもできてみろ、ナマエが声をかけづらくなるだろう」
「俺から声かければいいじゃないっスか!」
「スキャンダルの元にでもなれば笑い事だな」

 くつくつ、悪役じみた笑顔を浮かべた赤ちんに、黄瀬ちんはくちびるをとがらせる。つーんと。

「黄瀬ちんは馬鹿なのに、学校さぼっていいの」
「さぼってないっスよ! 今日はやーすーみー」
「なんでー?」
「11日と12日が文化祭で、13日が片付け日だったんで、今日まで休みなんスよ」

 黄瀬ちんをきーっと睨めつけて、俺は赤ちんに視線をあわせる。相変わらずちっこいけど、ただちいさいわけではない。そうおもう。

「うわずるい。赤ちんは?」
「僕はサボりというやつさ」
「えっまじで」
「今日だけは東京に来なければと思ってね。──とはいっても、父親に呼ばれた都合もあったんだが」
「のんきに出歩いてていいの」
「夕方までに帰れば間に合う」
「ふうん」
「それより敦」
「うん、わかった。そんじゃ俺、あだなちん迎えにいってくんね」

 ひらっと手をふり、ひとりふたりの影から離れて、ひと混みに身を投げる。とはいっても、俺はでかいから、ひと混みのなかでもどこにいるかすぐにわかっちゃうんだけど。
 あだなちんの高校ってどこだったかなあ。携帯を開いたら、赤ちんから地図が送られてきたところだった。振り向くと迷惑になりかねないので、片手をあげておくにとどめる。
 ふたりには、これできっと届くだろう。



 あだなちんの通っているという高校は、女子高だった。びっくりした。バッグを落としそうになったけれど、ショルダーバッグだったので落ちることはなかった。
 なんかすげえお嬢様がかよっている、というイメージが、女子高にはある。
 そうでなくとも女子高とか、男ひとりで来られる場所じゃない。赤ちんよくひとりで来ようって気になったな。おれいまひとりで来るんじゃなかったって後悔してるよ。
 まだ誰も出て来ていない。なかを覗きたいけれど、不審者扱いされかねないので、校門の端に座っておく。
 なんだか眠くなってきたなあ。お菓子食いてえなあ。うーんでも、うん。なんだか食べづらい。あだなちんと会ったときに、油べたべたな手じゃ嫌だし。結局食欲には勝てなくて飴を口に放ったが、おれにしちゃあよくできたほうだ。
 噛まないように我慢していた飴がだいぶちいさくなって、何回めかのあくびをころしたころになって、ようやく何人かの女子生徒が出てきた。清楚なワンピースタイプの制服。うええやっぱお嬢様じゃん。
 生徒たちは、校門をくぐると同時に、俺を見つけて、ちょっと驚いた顔をして、足早に去っていく。やっぱ不審者と思われてんのかな。

「何をしているんですか?」

 ついに教師らしき人に声をかけられた。何をしてるのかって言われても。

「トモダチ待ってまーす」
「トモダチ?」
「1年にいる、ミョウジナマエ。中学の同級生だしー」

 のんびりのびのび、立ち上がるのも面倒だから、そのままの体勢で答える。くああ〜とまたあくびが出そうになったのを、むりやりごくり。

「……えっと」
「約束してるから大丈夫だよ。あっ、あだなちーん」

 返事をしている間にあだなちんが出てきた。よかった、もう待たなくていいんだ。

「あ、つし……? 敦!?」

 慌てて出てきたらしいあだなちんは、俺を見つけるなりまずは驚いて、次いで、俺が思ってもなかったような笑顔で駆け寄ってきた。

「びっくりした。迎えに来てくれたの?」
「うんうん、みんな待ってるよ。行こー」

 先生は立ち上がった俺を見て一歩後退、それからあだなちんを見て、

「ちゃんと知り合いなんだね?」

 と何やら確認をしていた。
 それに対してあだなちんは、

「はい。これからべつの高校に行ってしまった、中学のころの友達に会うんです」

 まあ俺たち全員男だから、東京に残っていたとしてもあだなちんと同じ高校には通えなかったとおもうんだけど。

「そ、そうか。まだテスト期間中なんだから、遅くなりすぎないように」
「はあい」

 先生が去っていくと、あだなちんは俺の手をとって、そっと顔を覗き込んだ。

「敦」
「なあに」
「……赤司さまも、涼太も、ちゃんと元気だった?」

 そんなこと気にするくらいなら、電話でもなんでもすればいいのに、きっと臆病なあだなちんは、それができなかったのだろう。俺とにている。ただむりやりなひとことで、首をつなぐような。

「……もー、腹立つくらいにね」

 ちょっこし眉をさげてやれば、あだなちんは「よかったあ」と、心底安堵したような笑顔を浮かべる。

「……いこっか」
「そうだね、うん……行こう」

 あだなちんは、学校を離れても、俺の手を握ったままだった。まるですがるように、ぐっと沈黙ごと飲み込んで、静けさを保っているような、さびしげなひとみが、ゆれる。長いまつげはふるりと空気にとけて、少し寒そうに、冬をかんじさせるように、みえた。

「……あだなちん、なんで女子高なんてえらんだの」

 そうたずねてしまったのは、どうして、だろうか。えっ、と言葉尻に刺さった、ちいさな影が、ゆらりゆらりと揺れて、あだなちんは迷うように、魚のまねごとみたいにくちをぱくぱくとうごかす。

 ねえ、どーして?

 俺がこどもみたいに首をかしげても、あだなちんはまだ言葉をさがしていた。きっと、まよっているわけではない、とおもう。どんなことばならつながるか、彼女なりにせいいっぱい考えているのだ。

「……さびしかった、からかな」

 俺といるのにひどく寂しい顔をしたあだなちんは、蚊の鳴くような声で、そう言った。何度か、俺の手を握り直しながら、やっぱり、さびしかった、という。さびしいんだ、さびしい……。そう言われても、あだなちんは友達だってたくさんいたし、いじめられてたわけでもないし、さびしいから、女子高に、なんてことばには結びつかない。

 さびしかったの?

 と聞けば、

 うん、たぶん。

 そんな曖昧が、降ってこぼれたようだった。

「やっぱり、誕生日は誰にも教えてない?」
「……うん」

 微苦笑、ともとれる顔は、そう言った。
 俺はぎゅーっと、けれどこわさないように、あだなちんの手をにぎりしめながら、青い寒いさびしい空を見上げた。秋の空だ、とおもう。それこそ、たぶん。

「聞かれたりしないの」
「するよ。女の子は、誕生日うらないとか、すきだからね」
「なのにおしえないの?」
「おしえたくないの」

 あだなちんは、あまえるように俺に寄り添った。すり、と腕に頬をあてて、あかしさま、とぽつり、つぶやく。

「怒ってないかなあ、会うのがすこしだけ、こわいなあ」

 ふふっ。おかしそうに笑顔をつくって、ねえ──敦は。俺を呼ぶ。

「私がいなくて、さびしかった?」

 むりやりにまるめた、笑顔は。
 あかしさま、と、あのころと変わらぬ同じ恋心を、俺とはんぶんこににぎりしめたまま。

「さびしかったよ」

 俺のすなおさに、こたえられない。
 いきをとめて、やっぱりわらった。


20141016

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