小説

今日、俺は昔馴染みを葬らなくてはならない。


――全てを捨てて、一緒に逃げよう


その言葉は、彼女がこの村の歪みに気が付いてしまったということを示していた。いつの間にその答えに行き着いていたのだろう。頭の良くない君では、一生辿り着くことはないと思っていたのに。君は何も知らず、そのまま何事もなく成長して、この村から一人抜け出していたはずなのに。君を甘く見過ぎていたようだ。
しかし、やっぱり君は最後の詰めまでは出来ていない。いつも最後の最後で問題を間違える。

なぜ君に甘い求導師ならば見逃したかもしれないことを俺に向けてしまったのだろう。一人が心細いならあの人を誘えば良かったのだ。ぼんやりとしていて生きる速度が同じくらいの者同士、共に生きるなら相性が良さそうだ。
コンクリートで塗り固められた地下室では、無意識に漏れた吐息さえも深く響く。外からの音は完全に遮断されていて、2人だけがここに取り残されたようだった。暗闇のせいで君の表情は窺い知れないが、きっと絶望の色に染まっていることだろう。
共謀者に選んだ相手が自分の首に両手を纏わせているのだ。その恐怖は測れない。

「司郎、くん…」

手にポタリと涙が落ちてくる。ああ、彼女は泣いているのか。いつでも笑って、俺の隣を歩こうとしていたあの君が。
俺とあの人と年を同じくしただけの、この村の因縁とは無関係だったはずの女。しかしもう無関係と言うには程遠い。そう言うには君は深く知りすぎた、深く関わろうとしすぎた。躓いては転んで、その不器用な足取りが気に入らなくて、何度も蹴飛ばして、へし折って、傷つけて、そこまでしても、尚も笑って付いて来ようとする君に俺は辟易していた。

同時に、酷く愛しくもあったのだ。気が付けば、首に纏わせていたはずの両手は、君の細く頼りない身体を掻き抱いていた。

150211(A→)
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