Miss.アンダースタンディングという女

Miss.アンダースタンディングはMr.アンダースタンディングの愛猫である。柔らかな真白の毛とサファイアのように蒼い瞳のターキッシュアンゴラで、一人と一匹のアンダースタンディング家に於いての第一身分を有している。
ミスは本来ならば、この地で有数の富豪である、リッチモンド家で高貴かつ優雅な母とともに豪奢な生活を得る筈だった。しかし、それは叶わなかった。ミスは今、しがない公立高校教師であるアンダースタンディング氏と質素に日々を過ごしている。リッチモンド家には母以外にも数匹の猫が暮らしていたためでもあったが、それ以上に母のストレスを慮って、里親を募ったのであろうと、ミスは思っている。
母は彼女を身籠る少し前に一度失踪している。しかし、それは奔放なターキッシュアンゴラである母にはよくあることであったらしい。問題はその時の失踪の後、いつものようにフラリと帰ってきた母が身籠っていたことなのだ。故にミスの父は誰とも知れないし、当然のごとく、ミスは父の事を全く知らない。リッチモンドの人々は母の妊娠に、驚き、戸惑い、一度は堕胎手術まで考えたらしいが、結局、母の出産を見守ることにした。それは一重に、リッチモンド家で一番の愛猫家である、長女の鶴の一声のためである。

「私達はこの子を飼うと決めたとき、この子の全ての面倒を見ると契約を結んだ筈です。そしてそれは、里親を決めるかしてしまうまでは、この子の子猫にも適用されること。今、ここで子猫を見棄てることは、契約不履行すると同じこと。そんなことで私達はこの気高き愛猫達に顔向けできると思って?」

全くその通りだと思う。この話を聞いたとき、ミスはリッチモンド家の長女を少し見直した。まだ幼く、リッチモンド家で里親を待っていた時分に、やたらめったらミスとそのきょうだい達に関わってくると煩わしく思っていたのだが。次会ったときは、お腹でもさらわせてやろうか、とミスは密かに思っている。
もともと猫好きな一家でもあったが、それに長女の必死も説得もあいまって、母はめでたく子を出産した。父の知れぬ子猫が4匹、産み落とされた。しかし、出産以降も問題は続いた。
母のネグレクトである。
初産ならまだしも、一度出産経験のある母が、である。しかも、母はネグレクトだけでなく、我が子に威嚇行為を行ってもいたらしい。奔放だが、その反面神経質でもある母は、自分の意思とは反して生んだ子らが恐ろしかったのかもしれないし、赦せなかったのかもしれない。そして、それは推測ながら当たっているとミスは確信している。
リッチモンド家の人々は母の行動を恐れた。今はまだ威嚇だけだが、そのうち攻撃行為を始めるかもしれない。ただでさえ、母から授乳を得られず、愛情を得られず、衰弱を見せる子猫達だと言うのに。ひとしきり恐れ、悩んだ後、彼らは決断した。
一つに母と子を別の部屋で養うようにした。
一つに面倒を見る間に早急に里親を見つけ出した。
リッチモンド家に選ばれた里親の一人が、かのアンダースタンディング氏である。
彼はある日、緊張の面持ちでリッチモンド家に現れ、ミスを引き取った。そのとき、ミスは長女の着けたサファイアという名に加え、ミスアンダースタンディングという通り名を得たのである。
アンダースタンディング氏は独身で恋人もおらず、いかにも冴えない男であったが、かの長女も舌を巻くほど、猫については詳しかった。慣れた手つきで子猫であったミスを、母よりも母らしい振る舞いをもって育てあげた。故に、ミスは彼女のきょうだいの誰よりも美しい。彼女に流れる血統書に基づく高貴さと、アンダースタンディング氏の献身的な世話によるものである。リッチモンド家にあのまま居続けたのではこうはいくまい。故に、彼女はリッチモンド家での豪奢な生活を得られずとも、全くの悔いはないのである。彼女は代わりに、外野どの猫をも上回る美しさと、母譲りの奔放さを表しうる自由を手にいれたのだから。



more
[2012.1215]




category:


comment

お返事はmemoにて

name:
url:
message:

認証コードを入力してください
master only...?


PageTop

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -