悠久時間

空を見上げる。周りに家が殆ど無い陸の孤島みたいな私の家は、他の家よりも少しだけ見える星の量が多い。夏の大三角形は勿論、五等星位まで見えてるんじゃないかな。今日は雲ひとつない晴れで、星がいつもより少し多めに見えている。勿論月もよく見える。空に浮かんでいるのは下弦の月。本当は満月を見たかったけど、少し遅かったみたい。
私は空がよく見える縁に座り、少し季節が早いだろうか、月見に興じていた。
「月見するなら、秋にすれば良かったのに」
月見団子の代わりにかき氷、ススキの代わりに夕顔をさして。団扇で自分を扇ぎながら、月を見上げていると不意に後ろから声を掛けられた。振り向かなくても、声だけで判る。なぜなら、
「響也君、いらっしゃい」
恋人の声すら覚えていない人なんて中々いないでしょ?
電気を消している所為で暗い部屋の中。私のほうへ向かってくるに連れて、月明かりに照らされて明らかになるその人影の正体は、やっぱり響也君だった。
彼は私の隣に腰掛けて、私と同じように月を見上げる。
「今晩は。
急にメールで呼び出されるから、何事かと思ったら、月見ですか」
「あら、月見は秋って誰が決めたの? 夏に見ても秋に見ても、月は素敵よ」
季節を先取りしすぎじゃないですか? と呆れる響也君に私は抗議した。
 夏の月は涼やかに、昼の暑さをまだどこと無く残している夜に冷然と白く光る。秋の月が孤高の佳人なら、夏の月は溌剌としたアイドル。秋の月とは違って輪郭がはっきりとしていて、存在感がある。この明瞭さが夏の月の魅力だ。
「手鞠さんの喩えは分りにくい」
大体、そんなの考えながら月とか見ないし。
響也君は気だるそうに縁に仰向けに倒れた。
「じゃあ、何で月見しにわざわざ家まで来たの?」
やる気なく空を見上げる彼に私はそんな問いを投げかける。
響也君の月見時間は五分未満。私なんて二十分くらい飽きずに眺めていたのに。
「手鞠さんがオレを呼び出すから。手鞠さんに呼ばれたら行かざるをえないじゃないですか」
手鞠さんの言うことはなんでも聞いてあげたいんです。
「……それは、恋人冥利に尽きるね」
しれっと響也くんがそんなことを言うものだから、一瞬、フリーズしてしまった。何とか搾り出した言葉はかなり尻すぼみになってしまう。
スキとかアイとかそういう直接的な気持ちを言うのは凄く恥ずかしがるくせに、響也君は何故、こんな事はさらりと言えるのだろう。
あぁ、こっちのが恥ずかしい!
「流れ星とか、流れませんかね」
縁に寝っ転がって、響也君は気だるげに団扇で自分を扇いでいる。そんなやる気の無い人のところに流れ星なんて流れてこないよ。私が冗談交じりに彼に言うと、
「えっ、マジですか!」
それを真に取ったらしい響也君が慌てて起き上がった。なんでもっと早く教えてくれなかったんですか! と、いう怒りと共に。貴方が勝手に飽きて寝転がったんじゃない。響也君の理不尽さに唇を尖らせるも、彼は気づかなかった。
「そんなに慌てて。何かお願いしたいことでもあるのかな、青少年」
「お願いとかそういうんじゃなくて! 流れ星とか見損なったら、なんか損した気分になるじゃないですか。あんまり見れるもんじゃないし」
「そう? 私はお願いまでしちゃうけどな」
信じるとか信じないとか関係なくて。一種の条件反射みたいに流れ星を見たら、なんとなく心の中で唱えてしまう。皆が皆流れ星を見たら願い事をするんじゃないんだと知って、わたしは密かにショックを受けた。
「へぇ、なにしたいんです?」
「ん、あのね。私、貴方との年の差なんてなくなればいいと思ってるの」
響也君と私のキョリは二年。
それが限りなくゼロになりますように。
それが一秒たりとも残らず消えてしまいますように。
たとえどんなことであっても、私はあなたに近づきたいの。
……なんて、そんなことまではもちろん言えず、私は赤くなった顔を隠すように微笑んだ。
「それはさすがに無理じゃないすか?」
響也君は素っ頓狂な顔を一瞬して、それから、苦笑いした。私はそう? と首を捻って、それから滔々と語り始めた。
「あのね、私。
夜に時間なんて概念は存在しないんじゃないかって思うの。夜空をとりわけ星空を見ているとね、特に」
投げ出された響也君の手を触れる。刹那、驚いたのか響也君は手を強張らせたけれど、すぐに掴みなおされる。指を絡める。響也君の手は、いつだって温かい。
「月の静けさとかね、耀く星が生きてる時間の無秩序さが私にそう思わせているのかも。あの星の中の一つも私達と同じ時間を瞬いているものは無い。きっと星同士でさえそうなの。
夜の世界に浮かぶものはだあれも同じ時間を共有できていないの」
「だから、手鞠さんの喩えは分りにくいんですってば」
困ったように眉尻を下げられる。
「うん、だからね。要するに、あの星もこの星も何百光年の時を経て私達に見られてるわけだけど」
適当に二つ指をさす。隣の響也君の雰囲気は真剣そのもので、必死に私の話を聞いて理解しようとしてくれているのが分かった。
「ぶっちゃけちゃえば、私達にとって星は星で。あの星とこの星が生まれた時期は何光年違うとか、考えないでしょう? それってずーっとずーっとこの夜空に一緒に居て、時間を共有しあい続けたからだと私は思うの」
たくさんの星の各々の時間が縺れ合って、絡み合って、そのうち時間なんてもの夜空において役に立たなくなってしまう。皆、違う時間を持っているんだ。統一するのは不可能で。
そして月の泰然さが夜の時間の悠久さを感じさせて。
やっぱり夜を時間で区切るなんて無粋なのだ。きっと。
私と響也君も同じように、ずっと一緒に居たら「二年も」あったキョリが「二年しか」になって、どんどんどんどんゼロに近づけることは出来るかもしれない。一緒に居て、それぞれの時間を同じ場所で共有して、瞬くように呼吸をすれば。
何光年ものキョリをなくしてしまえるんだ。二年という短いキョリが消えてしまうのはきっとあっという間。
「手鞠さんの言う事はやっぱり分りにくいです」
元々まどろっこしい事が苦手な響也君には、私の話はやっぱり分かりにくかったらしい。頭はもう容量オーバー。ぷすぷすと煙をあげだすんじゃないかってくらい考えこんでしまっている。
「ふふ、その内分かるようになるかもね」
響也君はまだ、難しい顔をしている。そんなに考え込まれても困るなぁ。
「……そうですかね? あ、でも一つだけわかりましたよ」
「なに?」
私が聞き返すも、響也君は答えてくれなかった。答えるよりも早く、繋ぎ合っていたはずの手が離れた。そのまま肩に手を回されて強引に引き寄せられる。私は不意のことでバランスを崩してしまって、そのまま響也君の胸になだれ込む。
「要するに、なるべく一緒に居たいってことですよね?」
耳元でそんな事を囁かれては、私の心臓は否が応でも跳ね上がってしまう。一瞬時が止まったような錯覚を起こして、それから怒涛のような現在のこの状態やら自分の感情やらが襲ってきた。響也君を驚いて見上げても、表情は分からない。彼、そっぽを向いてしまっているから。
「……なんだ。ちゃんと分かってるんじゃない」
分かりにくいなんて言いながら、私の話をしっかりと聞いてくれた響也君が愛しい。跳ね上がった心臓を元に戻して、頭の中でぐるぐる回ってるいろんな感情とかをひとまず整理して、動揺した事を悟られないようにして私はそう言う。
なんとか落ち着いた私はそろりと響也君にくっつくように座りなおした。折角だからね。そっと頭を彼の肩に預けると、ピキンと音がするほど響也君は身体を硬直させた。自分で抱き寄せたくせにと、思うもののそこがどうにも愛しく感じる。惚れた弱みってこんな状態の事を言うのね、きっと。
「そうだ、また暇な時に一緒に月を見ましょう?」
私のその言葉が、すっかり固まってしまった響也君の耳に届いたのか、脳がちゃんと理解できたのか。微塵の不安も無いといえばうそになるけれど、とにかく響也君のうわ言の様な「うん」を私は信じる事にした。


追記から後書きです〜

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[2013.1027]




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