桜色のキミ | ナノ

色のキミ






 街が色鮮やかな淡いピンク色に染まる頃、俺達は出会った。




「僕、嫌だよ……」
「駿、我が儘言わないの。しょうがないでしょう? お父さんのお仕事の都合で、もう決まった事なんだから……」


 俺が小学校二年生に上がる頃、親父の転勤が決まって引っ越す事になった。
 親父は普通の会社のサラリーマンだったが地方での仕事が多く、毎年各地を転々としていた。
 所謂“転勤族”だ。

 俺はその度に新しい友達が出来ては別れ、出来ては別れを繰り返していた。
 だから正直、そんな生活にはもうウンザリしていた。


「せっかく新しい友達が出来たのに……」
「此処ではお別れだけど、お友達とはずっとお友達でしょう? それに、駿ならまた新しいお友達が出来るわよ」
「もう何処にも行きたくない」
「ごめんね、これで最後になると思うから……」


 母さんに宥められながら、俺は釈然としない気持ちで車に乗り込んだ。
 走る車のサイドミラーに映る引っ越し屋のトラック。この光景をこれまで幾度見てきた事だろう。母親の言葉がもう信じられなかった。

(きっと、またすぐ引越しちゃうんだ)


 俺は暗い気持ちのまま、窓の外を流れて行く景色をただぼうっと眺めていた。

 次の街への期待なんて、一つもしていなかった。



 新しい街、新しい家に着いた俺はまだふて腐れていた。
 荷物の積み降ろしも手伝わず玄関前の壁に寄り掛かって、ただじっと目の前の風に揺れる桜を眺める。

 すると、隣の家の玄関が勢いよく開き、元気な女の子が二人飛び出して来た。そのあとに続いて、その娘達の母親らしき人も出て来た。

 それに気付いた母さんは、笑顔で挨拶をする。


「お騒がせしてすみません。この度、お隣りに越して参りました黒澤と申します……」


 母さんが何か長い事話しているなと思った時、ふと大きい方の女の子と目が合った。多分、俺と同じくらいの歳だろう。クリッとした大きな瞳で、こちらをじっと見ている。


「何だよ」
「何でお手伝いしてないの?」
「別にいいだろ。大人が勝手にやってくれるし」


 そう言ってそっぽを向くと、ドカッと腹を一発殴られた。
 尻餅をつき、訳が解らず見上げると、突きのポーズを構えた女の子が怒りだした。


「自分の事は自分でしなきゃいけないんだよ!」


 その言葉に、殴られた事もあり俺は無性に腹が立って女の子に飛び掛かり、取っ組み合いの喧嘩になった。


「何度も引っ越す奴の気も知らない癖に!」

「そんなの知りたくもないわよ!」


 そいつは女のくせにやたらと強く、殆ど俺が一方的にやられる形となっていた。
 騒ぎに気付いた母親達が止めに入り、一旦その場は収まる。
 母親同士が謝り合い、先に殴ったのは向こうの方なのに、何故か俺も謝らせられた。

 釈然としない気持ちでぶすっとしていると、女の子が俺に近寄って来て、握った拳を差し出してきた。
 意味が解らずじっと見ていると、その子はニコッと笑って言った。


「拳を一度でも交えた相手とは、もう友達なんだって。お父さんが言ってた! だから、あたし達はもう友達だよ!」



 ――友達――



 その言葉に俺は心底嬉しくなった。
 嬉しさを押し隠し、おずおずと相手の拳に自分の拳を付けると、女の子は嬉しそうに笑った。


「あたし美亜。これからよろしくね!」

「僕は駿……よろしく」


 美亜の周りには色鮮やかなピンク色の世界が広がっていた。

 いや、ただその時に家の前の桜が風にさらわれ、舞い散っていただけなのだが……。
 その屈託のない笑顔に魅了され、そう見えたのかもしれない。だけど、俺の目には、その時の美亜がピンク色に輝いて見えた。


 その時から俺は、彼女の魅力に引き込まれていたのかもしれない。




 あれから母さんが言った通り転勤もなく、何度も同じこの景色を見てきた。
 そして必ず、出会った日の事を思い出す。


 あの頃と変わらない笑顔を向けるお前と、これからもずっと過ごしていきたいと思った――


 高二の春。







 予想もしなかった変化が訪れる事を、あの時の桜は知っていたのかな……。





−END−
 






姫咲希乃様との相互記念品です。
お互いに【桜】をテーマに
書き合いました。
本編が始まる前の回想シーンなので
エピソード0(ゼロ)と言った所です。



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