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「……はあ」

手の中にある真っ白な手紙を見て溜息をつく。“名無子さんへ”とだけ書かれた面をひっくり返すと、今時こんなもんどこで売ってるんだ…というくらいシンプルな赤いハートのシールで封がされている。

“明日の正午、学校の正面玄関脇の銅像裏で待っています”、そんな内容の手紙を自分の下駄箱の中から発見してしまったのが、昨日の帰り。明日、と言われても明日は土曜日なんですが?というかこれはあれか、あれなのか?と色々混乱したり自分を否定してみたりと忙しい夜を越えて、結局私は休みの日にわざわざこの学校まで来てしまった。

というのも今日はあれだ、世間一般で言うところの“ホワイトデー”なのだ。
まあ私がバレンタインチョコをあげた相手なんて一人しかいないわけで、その一人からはお返しなんてもらえるわけがないと百パーセント分かりきっているので、その線はまずないんだけど、それにしても、こんな日に思わせぶりな手紙を遣って名指しで人を呼び出すからにはなにかあるのだろう、そう慮って応じてやった私はなんと心優しいことか。

そうこう考えているうちにも、正午に向けて刻一刻と時は進む。

ホワイトデー、それにしてももうあれから一カ月か。長かったような、短かったような、正直ちょっと辛かった。



『ほら、これ』

『……は?』

一日中そわそわしていたあいつを呼び出して、我ながら手作り感溢れるラッピングされたチョコの包みを差し出してやったときの、あの間抜けな顔。

そうだ、そのまま思いっ切り乱暴に思いの丈を叩きつけて、そうしてこいつのバレンタインを台無しにしてやるために周到に用意したのだ、それで溜飲が下がる、はずだったのに。

私の体は、馬鹿みたいに真直ぐ腕を突き出して、チョコを持った形で全く動かなくなってしまった。いざその場に直面して、体も、心も、自分のものでなくなってしまったみたいに。言うことを聞かなくなってしまった。

『は、早く受取ってよ…!』

やっとのことで出てきた言葉も、頭の中で思い描いていたのとは全然違ったもので。ただあいつが黙って言う通りにチョコを受取ってくれたのだけは幸いだった、そのときにはもう顔を直視することなんでできなくて。

隠しきれないくらい私の頬は紅潮していただろう、口を何度もぱくぱくさせて魚かと、そんなみっともない自分への情けなさの次に、それもこれもこいつのせいだという、我ながら理不尽な怒りが湧いてきて、その勢いのおかげでやっと、一番大事なことを口にできたのだ。

『すき、好きだったのよ、ずっと、オビトのことが…っ!』

顔を伏せたまま、もうその場にはいられなくなって、私はわっと駆け出した。

その後に返ってくるであろう返事なんてとっくに分かっていた、分かっていたはずなのに、聞いたらどうにかなってしまいそうで、私は知らないうちに目を腫らしながら駆けていた。一方的に思いを押しつけて、逃げ出したと思ったら勝手に胸が苦しくて泣いているなんて、もう一体、なんなんだ私は。



あれから一カ月。私とオビトの接点は驚くほどなくなった、皆無になった。
明らかにオビトに避けられている、そう気付くまでに然程時間はかからなかった。
そうと気が付いてからは私の方からもオビトを避けていたから、顔を合わせることはあっても会話なんてゼロ。

あれだけ毎日オビト中心で回っていたのに、意外とそれがなくなっても普通の日常が続くんだなあと、胸の奥が締め上げられるような、止まない痛みを引き摺りながら、半ばぼうっとこの一月を過ごしてしまった。



それにしても、このラブレター(仮)を私によこした相手も、ひょっとしたらそんな悲しい思いを秘めつつこれを用意したのかもしれない、馬鹿馬鹿しいけれどそんな考えが浮かんできて、今日はこの呼び出しに応じてしまった。

そろそろ正午きっかりかな、それくらいの時間に呼び出された場所へ到着すると、不意に後ろから声がかかった。

「……おい」

覚えのある声だけどまさかね、そう思って振り向いたらやっぱり、なんであんたがここに。

「……オビト」

一瞬だけ目を合わせて、やっぱり直視できなくて視線を下げると、オビトが手に持っているそれが目についた。

「オビト…それ…」

漫画にでも出てきそうな、わざとらしい真っ白な封筒に、真っ赤なハート。もしかして、というよりもどう見てもそれは、私の持っているラブレター(仮)と全く同じもの。

そう思って自分が手にしていた手紙に目をやると、オビトもそれに気が付いたのか、なんともいえない表情をしていたのがカッと急に目を見開いて、「ちょっと見せろっ」と私の手からそれを奪い、自分のものと見比べる。

「あ、あんの…ッ!」

独り言を発しているオビトの手元を覗きこむと、書いてある宛名が違うくらいで、内容も同じ、筆跡も同じに見えた。

よく分からないけどこれは、イタズラだったってことなのだろうか。
オビトが現れて焦っていた気持ちも急に萎びてゆき、もうその場を去ろうと思った。

「…っ待てよ、名無子」

それを引きとめたのは、私の手首を掴んだオビトの手。

「……なに?何か用?」

こうやって向かい合うのも久しぶりだったから、喉が張り付いたようでうまく声も出せない。

「何か用、じゃねえだろ、お前って、いつもそう…っ」

ぐ、と手に力を込めたオビトと目を合わせると、どこか熱のこもった瞳が揺れている。

「…お前…オレのことが好きだったなんて、全っ然知らなかった…」

彼がはあ、と深呼吸して妙に早口で告げた言葉に、少し胸が軋んだ気がした。

「お前はいつもそうやって…一人抱え込んで、決めつけて…この間も勝手に言うだけ言って行っちまうし…!」

「…だからなあに?どうせオビトはリンが好きなんでしょ、」

ああ、言ってしまった。言わなければよかった、言わなければ、こんな苦しまずに済んだのに。心の中で思うだけで苦しかったのに、自分の口から出た言葉の刃は、深く胸を突き刺すようだった。

「そうだよ…っそうだったはずなのに、お前があんなことを言うから…っ!」

予想通りの言葉に、予想外の言葉が続いたものだから、何度か目を瞬いて、彼の顔を見つめた。

「お前のせいで…あれからいつも名無子が気になって仕方ねえんだよっ、今なにしてんのかなとか…なに考えてんのかなとか…っ」

掴んでいた手を離して、忙しなく自分の頭に手をやるオビト。
今彼がなんて言ったのか、それがまだ呑み込めないまま、勝手に口は開いた。

「……意味分かんない……馬鹿みたい」

「なんだソレっ!?」

それが自分へ向けたものだったのか、オビトに向けたものだったのかは、分からない。
でもなんとなく今、前と同じように言葉を交わしているという事実に、胸の痛みが和らいでいくのを感じていた。

そうして思うのだ、目の前で私に負けないくらい顔を赤くしているこの人を、どうやったって私はまた追いかけてしまう、きっとまた好きになってしまう、それはもう逃れられないくらい強く、またいつか、どこかで生まれ変わっても。


生まれ変わっても
またあなたを好きになる




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