▽ アラン、花屋さんに現る
『これ、ちゃんと並べてちょうだいね!まったく…働かないんだから…』
『す、すみません店長。今、しますので…!』
私は慌てて店長にそう言うと、アレンジメントを止めて、届いた花を店舗に並べることにした。
花を並べながら私は溜息を付いた。
花が大好きで、ちょっとでも花達と一緒にいたいって思った私が選んだバイトだけど。
正社員よりもバイトに対する風当たりの強さと、仕事量の多さにくじけそうな毎日。
将来はガーデニングの勉強をしに、イギリスに留学したいと思っていて、頑張って留学資金を貯めているんだけど。
私は手を止めてまた溜め息をついた。
眼の前には萎れた一輪の薔薇があった。
今の私みたいね……。
そんなことを考えながら、私はその薔薇を手に取った。
もう、この花は売れないだろうから。
そんなことを考えていると、後ろから突然、声をかけられた。
『ちょっといいかな…?』
低く、甘い声に私は振り返る。英語ということは、外人さんだろうか…?
『なにか、おさがしですか?』
つたない英語で返事をする私に、彼は、ちょっと困ったような顔で微笑むと言った。
『親しい…人に花束を贈りたくてね…日本人の女性に、花束を贈るのは失礼にならないだろうか…?』
日本の風習に詳しくなくてね、と言った彼のその顔は、どこかで見た顔で。
こんなに素敵な紳士、一目見たら忘れないと思うんだけど。何処で見たのかしら……。
『君…大丈夫かい?』
必死に思い出そうとしていたから、不自然な間が開いてしまった。私は慌てて答えた。
『あ、大丈夫です…ごめんなさい!
えっと……日本女性へのプレゼントとして花束を贈られるのでしたら、失礼には値しませんよ。貴方から贈られるのなら、きっと、とても喜ばれると思います……』
あまりに素敵な人だったから、つい、余計な口をきいてしまった。
するとその紳士さんは照れたように笑って言った。
『日本人はお世辞が上手だね…』
『ごめんなさい、調子に乗ってしまいました……で、では、どんなアレンジメントにしましょうか?』
お好きな花などありますか?
慌てて花束の話に切り替える私に、その紳士さんは首を少し傾げると、あるモノを指さした。
『もしかして…あれは、君が?』
紳士さんが指さしているのは、私が途中までアレンジメントしていた花束だった。
まだ途中で、不恰好な花束。
『ええ、まだ途中なんですが…』
私の言葉に、紳士さんは大きく何度も頷くと言ってきたの。衝撃の台詞を。
『君のセンスが気に入ったよ。だから…君が思う、花束を作ってくれないか。もしも君が贈られたら、嬉しい花束を。お金はいくら掛かっても構わないから…』
そう言って微笑む紳士さんの目じりには皺が寄っていて…私は、彼のその言葉と微笑み、そして目尻の皺にまでドキドキしてしまった。
『え…え…?…わ、私は正社員ではないですけど――』
あまりにも恐れ多くて、そう言ってみるんだけれど、彼に遮られてしまう。
『私は、君がいい。君に…お願いしたい。駄目かな…?』
そんなに甘い声で囁くように言われたら…断ることは出来そうになかった。
『駄目だなんてそんな……光栄です。頑張らせていただきます!Mr…?』
名前が解らない私は、つい、尋ねる口調になってしまった。
するとその紳士さんはクスリと笑うと、私に名前を教えてくれた。
『ああ、言っていなかったね、ごめん。私の名前は、アラン。アラン・リックマンだ……』
*****
『素敵な花束をありがとう。また、君にお願いしたいから……辞めないで…?』
そんな嬉しい台詞と、名刺を置いて行ったMr,リックマンは、大きな花束を持って去って行った。
大注目を浴びながら……。
私は、彼が置いて行った名刺を両手で握りしめた。
シンプルな白い名刺には、アドレスとe-mailの番号、そして名前が書いてあって、後ろには――
「う、うそ…ッ」
何も書いていないはずの名刺の後ろには、綺麗な字でメッセージが書いてあったのだった。
―――――――
To Accuracy of the lovely flowers
Thank you for making a wonderful bouquet. I hope that your sensitivity is not compromised forever.
From Alan Rickman
(可愛らしい花の精さんへ。素敵な花束を作ってくれてありがとう。君の感性がいつまでも損なわれないよう祈ります。アラン・リックマンより)
(H24,2,09)
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