そんなことを考えてしまうのは、また君と離れ離れになっているからだろうか。
そう、今は映画の撮影中。今回はここ、イギリスでの撮影だから、遠く離れ離れという訳ではない。
訳ではないが、寂しいものは寂しい。
理屈じゃないんだ、恋する気持ちは。
この年になってそれを悟るとは、恥ずかしい話だが。
イギリスは1年のほとんどの天気が良いとはいえない。
夏は短いし、日が照るということ自体が少ない国だ。緯度的に仕方ないのかもしれないが…。
そんな国で屋外ロケなどしようとするから、こういうことになるんだ。
「駄目だって。今日の撮影は中止!雨がこう降っちゃあねぇ……。ということで今日は解散!」
助監督のその言葉に、片付けをしだすスタッフ達。
私達も衣装を脱ぎメイクを落とし、帰る支度をしだした。皆が急いでいるのは、早く帰らないと、天気が悪化しそうだからだろうが、私は違う。
アイネの所へ早く帰りたい。
出かける前に寂しそうな顔をしていたアイネの顔が頭から離れなくて…。
私は皆に挨拶をして早々に車を飛ばして帰ろうとした。
そう、そのはずだった。
ロケ現場のすぐ側で露店をしているのを見るまでは。
ここはどうやら朝市らしいな。天気が悪いため客の入りもまばらだ。
そんな露店がどうして気になったかというと、ある果物が売っていたからだ。
そう、それはオレンジ。
私達の出逢いを繋いでくれた、思い出の果実。
瑞々しいその果実を見ていたら、アイネと初めて出逢った日のことを思い出した。
頬を染めて、話す君のその顔。
初めて話すことのできた、思い出のカフェでの出来事。
君への恋心をあれほどまで自覚した、胸が切なくなるような気持ちが蘇ってきた。
早く君に逢いたい。君に愛していると囁いて……ずっと離れたくないと、永遠に一緒にいてほしいと言いたい。
……言ってしまおうか。
いつかはプロポーズしようと思っていたんだ。今日、この場所でオレンジを見たということは、何か縁があるのだろうと、私は思った。
雨で少し濡れ、それがかえって瑞々しく見せているそのオレンジを一つ手に取り、私は店の店主に言った。
「このオレンジが欲しいのだが……」
いまだかつてこれほどの緊張感を持った事はない。
オーディションだってこれほど緊張しないのに、私はコチコチになっている。
車を運転しながら一人ブツブツと呟く。
「アイネ……君を愛している。永遠に側にいてほしい…うーん…違うなぁ。
私の伴侶は君しかいない。私の愛する人。側にいてほしいんだ……なんだか、映画のような台詞で嫌だなぁ……。難しい…なぁ……」
車に誰も乗っていないから良かったよ。傍から見ると不気味な光景だったろうなと思う。
家に帰ると、思いがけずアイネが抱き付いてきた。私がいなくて寂しかったと、ストレートにぶつけてきたその気持ち。
ああ、君のその想いに、私の心は君への愛しさで一杯になってしまう。
何を言おうとしていたのか、なんて何処かへ行ってしまった。気がつくと、昂る気持ちのまま、私はアイネにプロポーズしていた。
「運命のこの果実で、アイネに甘い、甘いお菓子を作って欲しいんだ…。今だけじゃない、これからもずっと…私だけに……」
「それって……それってつまり……」
「私と…死を分かつまで一緒に居て欲しい。君とは年も離れているから、なかなか言い出せなかったけれど……私と結婚してくれないか?」
それからどうなったかは、知っているだろう?
私の左手の薬指に何があるか、見たらわかるはずだ。ふふ……この間、一緒に出かけて買ってきたんだ。
あの時もアイネはとても嬉しそうで……幸せにキラキラと輝いていたよ。私もとても幸せな瞬間を味わうことができた。
アイネ、君が好きだ。君の全てが。
その微笑も、ちょっと怒った顔も、拗ねた顔も。
笑い声も、甘い囁き声も、その涙も。
私に猫のように擦り寄る、その甘え方。私を幸せな気持ちにしてくれるんだ。
アイネ…これからは恋人ではなく、妻として私の側にいてくれる君。
私の全てをかけて、愛し、慈しみ、守っていくと誓うよ。
私は隣で眠る君にそっと囁いた。
「愛しているよ……アイネ……」
今も、そしてこれから先も永遠に―――。
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