人はみな、愛されるために生まれてくる。
そう、この子もそのはず。たとえ騙されて、踏みにじられた後に生まれてきたとしても、私は、君を祝福しよう。
「上手ですね、ブランドン大佐」
マリアの養い親である友人、エイモスが意外だ、という声でそう言ってくる。私は苦笑すると返事をした。
「マリアを育てたからね。途中まで、だが…」
「そうでした…。大佐、あの子は今……」
エイモスの顔が、声が暗い。スヤスヤと眠る赤子をメイドに預けると、私はエイモスに向き直る。
メイドが部屋を出て行くと、私は溜め息をついた。
「泣いてばかりいるのだろう。かわいそうに…」
「見ていられません。私達が付いていながら、こんなことになって…本当に申し訳ない……」
エイモスの疲れた顔を見て、私は苦笑する。
「お世話になっているのは私の方だ、エイモス。私こそ、君にまかせっきりにしていたのだ。すまなかった。今回のことは、私にも責任がある…」
「そんなことは―――」
恐縮するエイモスに、私は首を振る。いくら友人とはいえ、頼りきりすぎだったのだ。エイモス達のせいではない。彼らの子供と一緒に、ごく普通の幸せな家庭で暮らした方が、マリアのためだと思ったのだが、それは間違いだったのだ。
いや、それは建前だ。そろそろ自分に正直にならなければならないだろう。
マリアには、生まれたばかりなのに、既にエマの面影があった。
私はそれを見ているのが嬉しい反面、辛かった。
マリアにエマの面影を見るたび、私の胸は苦しくなる。エマのその死の瞬間を思い出し、そしてもう二度と、彼女に逢えないのだということを、思い知らされる。
だから、私は逃げた。
あのままマリアと一緒に暮らしていたら、私はおそらく、狂ってしまっていたに違いない。
今となっては、言い訳にすぎないが………。
もう、逃げることはできない。いや、もうしない。
エマ、君に託された子だ。私はあの子を、幸せにしてやりたい。いや、親として、幸せにしてあげなければ。今更だが…。
あんな男に引っかかるとは、マリアは寂しかったのだろう。それもこれも全て、私のせいだ。
あの男は、ちゃっかりマリアンヌをものにした。彼女のことが心配だが、なに、彼女にはしっかりした姉がついている。エリノアがいれば大丈夫だろう。
あの男は軽蔑に値する人物だ。私としては、いつか、しかるべき報復をするつもりでいる。
私の愛しい子を不幸にしたのだ。絶対に許さない……。
私は扉の前に立ち、緊張しながら、ノックをした。
すると中から返事はなかった。かわりに聞こえてくるのは、すすり泣くような泣き声……。
私の胸は、悲しみで震えた。いてもたってもいられず、扉を開ける。
するとそこにいたのは――――、
ベットに横たわり、すすり泣いているマリアだった。
「マリア………」
「み、見ないで……」
泣きながら、私から顔を背けるマリア。
ズキンと痛みが胸を駆け抜けた。
しばらくぶりで逢うマリアは、さらに美しくなっていた。
泣きはらして真っ赤に腫れた、大きな菫色の瞳。
卵型の顔。
流れるような、ブロンドの髪。
華奢な体つき。
その姿は、恐ろしいほど、母親のエマに瓜二つだった。
こんな苦しみが、あっていいのか………?
そして、こんなときめきが、あっていいのか………?
捨てられ、そして身ごもり、望まない子を産んだばかりの、不幸な、可哀想な我が子に対して、こんな感情を持ってはいけない。
第一、 この感情はマリアに対して失礼だ。
マリアに対して、エマへ向けるような、愛情を感じるなど…。
私はぎゅっと手を握る。こんな感情は、捨てなくては。
私は、泣きじゃくるマリアを、優しく引き寄せることもできない。その涙をぬぐい、抱きしめ、大丈夫だと囁けば……そうしてしまえば、私はきっと――――。
マリアを二度と、手放せなくなる。
マリアを避けていた本当の理由が、今、明らかになるとは。
そう、私は恋をしているのだ。マリアンヌに対する感情よりももっと大きく、深く、激しい感情を。
私は一体、どうしたらいいのだろう………。
(H23,6,8修正)
(H24,1,7移転)
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