アラン・映画夢 | ナノ

6 気付いてはいけない事



エリック―――いいえ今の名前はハンスだったわ―――ハンスに交渉して、パーティルームにソファーを運び込んでもらった。ジェナロ部長の秘書が臨月に近いと知らせると、彼は眉を顰めながらも部下に指示を出してくれたのだ。

彼の指示を受け、去っていく部下が扉を閉めた途端、ハンスは言った。

「これを交渉するために来たのか?メイ…」

私は頷いた。本当はそれだけじゃない。けれどそれは、言ってはいけない事かもしれない。今はまだ……。
気怠い身体に鞭打ちながら、私は立ち上がった。皆が心配だった。酷い事をされていなければいいけれど。
歩き出した私は、引き止められてしまう。ハンスの大きな手が、私の手を掴んで離さない。

「どこに行くつもりかな?」

「勿論、パーティルームよ」

するとハンスは片頬を上げて笑ってきた。私は思わずゾクリとしてしまう。その笑い方、嫌いじゃない、なんて――。

「お嬢様は困ったものだ、な…」

「私はお嬢様なんかじゃないわ」

そうよ。確かに私は高木社長の姪かもしれないけれど、上流階級の人間なんかじゃない。私はジャパニーズだもの。家柄が良いわけではないもの。ハンス…調べたのなら貴方だって知っている筈でしょう?
そう言ったら、ハンスは言ってきた。低く…その甘い声で語られる内容は、ロマンチックな話題ではなかった。

「そう、君はタカギ社長の姪だ。この会社で、唯一の血縁……。彼の身に何かあった場合、すべての権限は君に移されるはずだ……Ms,メイ・シノハラ…」

引き寄せられ、耳元で囁かれる。

「手放すはずはないだろう?メイ、君はこれから…私の虜だ」

そう言いながら彼は、私の首筋にキスをしてきた。




*****




私だって知らなかったことを彼は知っていた。

普通なら、社長に何かあった場合は、副社長、もしくは専務がその権限を引き継ぐはずなのに。ジェナロ部長がその役だと思っていた。ああ、それなのに……ただの社長秘書にすぎない私に役割が回ってくるなんて。

両手を縛られた私は、ハンスの横に座らされた。彼の部下達がそんな私を、下卑た目で見てくる。時折、聞き取れない言語を話しながら。
彼らは色々な人種の人達のようで、私が聞いていて解ったのは、時々ドイツ語やロシア語、中国語が飛び交っていることだけ。

戻ってこなかった部下が殺されていたということを知ったハンスは、しばらくじっと考えると部下に指示を出していた。勿論聞き取れない。彼はドイツ語で部下に指示を出していたから。金髪で背の高い男がその言葉に激昂しているみたい。私は怖くて怖くて…肩を震わせてしまった。するとハンスはその男に言った。


「カール…お嬢さんが怖がっている。そんな声を出すのは止めろ」

「ハンス…トニーを殺した奴を追って何が悪い!」

「奴の思うように動くな。我々の目的を違えてはならない…カール…復讐は後に取っておけ」

「…………」

カールと呼ばれた男は何故か私を鋭い目つきで睨むと、壁をパンチして出て行った。相当怒っているみたいだけど、ハンスは言葉だけで、彼を従わせてしまったのね。


ハンス・グル―バー……一体貴方は何者なの……。




*****







トランシーバーから聞こえる声は、酷く彼の神経を逆なでしているようだった。ハンスは指で机をトントンと叩いている。


こうしてみると、ハンスの今の格好はビジネスマンのようで、とてもテロリストには見えなかった。ここで…ナカトミプラザで働いている社員のようで、その手で私の叔父を殺したなんて思えない。
そう、一見して人殺しには見えない。彼らの部下のような……凶暴さが微塵も感じられない。だからこそ恐ろしい…そして厄介なのよ。

それが…どうしても彼を嫌いになることが出来ない理由の一つなのかもしれない。

縛められている手首が痛い。時々、トランシーバーからは部下からの報告が聞こえてくる。テオからの報告では、ハンスが関心を持っていることがわかった。彼の目つきが変わったから。


「ボス……やっぱり途中でやっかいなロックがかかってやがるぜ!これは俺のテクでもちょっとやっかいだな」

「心配するな。鍵はもう…既に手に入れてある…」

「さっすがボス♪頼りになるぜ」

「おだてても何も出んぞ、テオ…」

「ははッ!ボスの横にいるカワイコちゃんを狙ってたんだが……俺にご褒美は無しなのか?」

「無い」

「ちぇっ!」


部下の会話の中にあった、“ボスの横にいるカワイコちゃん”って私のことかしら…。思わずハンスを見つめる私に、彼は言ってきた。

「私には女性を共有する趣味はないのでね。それに……」

気が付くとハンスの手が私の太腿を撫でてきていた。艶めかしいその手つきに、私の呼吸が乱れていく。

「メイ、君の初めても、これからも、全ては……私のものだ」

「な…んでそれを知ってるの…」

「あんなにキツかったら、誰でも解る。それに…血が出ていたからな…」

そう囁きながら、ハンスの唇が首筋を彷徨う。

「あ…ん…っ……やめ……て…」

スカートを捲りあげ、下着の上から触れてくる動きに、私の息は乱れていく。

「だが…気持ち良かっただろう?メイ…あんなに可愛い声を出して…」

ブラウスのボタンを外し、ブラをずらされ、その頂に吸い付かれる。

「あぁんっ」

喉を震わせて、激しく感じてしまう…。ああ、駄目……こんなこと駄目よ…感じては駄目よ……。

「メイ…メイ………もっと……」

私を感じてくれ―――そう囁くと、彼は私にキスをしてきた……。





ソファーの上で半裸にされ、彼を受け入れている私。
両手は縛られ、手の自由どころか、命まで彼に握られて……最後の自由すら、彼に奪われそうな私は、どうしたら良いのだろう。

ハンス……貴方に心まで縛られて……。




どうして私達は、普通に出逢えなかったの?

純粋な恋人同士にはなれない……。テロリストとその人質じゃあ、結末はお先真っ暗だわ。



きっともうすぐ、私は「鍵」として使われる。
その後はきっと……私は、ゴミのように殺されるだけ。叔父様のように…。



………………。



それでも嫌いになれない。貴方の事を、どうしても嫌いになることが出来ない。


それはきっと――――そこまで考えると、私はその考えを強制的に止めた。
きっとそれは、気づいてはいけない事なんだわ。非常識で、非道徳的だもの。



ハンス……貴方を愛し始めている、だなんて事は……。


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