ナナと教授 | ナノ

9 触れたくなるの Side-S




その一言が、言えない。


ナナ、お前が好きだとは、我輩からは、決して言うことはできぬ。
我輩は教師。しかも、グリフィンドールから毛嫌いされておる、スリザリン寮監だ。
ナナ、お前との補習はとても、とても……素晴らしい時であった。
ずっと、ずっといつまでも一緒にいたかった。

だが……。


このような感情は持ってはならんのだ。年の離れた生徒に恋心を抱くなど。
これで良かったのだ。我輩の対応は間違ってはおらぬはず。ああ、それなのに――――



この胸の苦しみは何だ…?




ホグワーツは学期が終了し長い休暇に入った。
いつもならば、生徒がいなくなったこの穏やかな時間は、自分の好きな研究を心ゆくまで行ったり、新しい学期の授業の準備などをゆっくりとしているはずなのだが。

何も手につかぬ。


我輩の部屋には、ナナとの思い出が溢れていた。


教科書を開けば、初めての補習で調合した薬を見て、あの子を初めて、そして最後に抱きしめた時を思い出す。
ソファーを見れば、いつもあの子が坐る場所に目がいく。
紅茶を飲めば、あの子が我輩の紅茶をとても喜んで飲んでくれたことを思い出す。
少し、恥ずかしそうな顔をしながら、我輩を見つめて、話しかけてくるその表情。
我輩の耳に、心地よく響くあの子の声。
笑い声は、我輩の胸をときめかせた。切ないくらいに……。


もう、どうにもならぬ、自分では。あの子を想う気持ちが止まらぬ。想うのは、ナナのことばかり…。いつでも、どこでも、どんな時でも。

授業がない分、心は、どうしようもないくらい、常にナナのことを考えてしまう。

あの子は、今、何をしているのだろう?友達と、楽しく休暇を過ごしているのだろうか。それとも、恋人など、できているかも知れぬ。あんなに愛らしいのだ。もてないわけがない。

それとも…ひょっとして、ひょっとしたら……
ナナも、少しは、我輩のことを想ってくれるだろうか。
もしそうであれば、夜も眠れぬほど、切ないくらい、我輩のことを恋焦がれて欲しい…。

そんなこと、あるはずがないのに……。


我輩は耐え切れず、誰もいない月の美しい夜、そっと想いを吐き出す。

「ああ…。ナナ、我輩は切なくてしかたがない。お前を想い、恋焦がれ、苦しくて、狂いそうだ……。
どうすれば、この想いを断ち切れる…?月よ、答えてくれ……」

しかし、月は美しく輝くばかり……。


昔は、月のことを自分のようだと思っていた。
太陽のように決して自らは輝けず、太陽の光をあびて輝くしかない。夜空に、ひっそりと。
月夜のつぶやきは、いつもであれば、我輩の気持ちを少しは楽にさせるのだが。今回はそうはいかぬようだ。

ナナ、お前に逢いたい。逢いたいが、逢うのが怖い。
今度お前に逢ったら、切ないほどに膨らんでしまったこの我輩の気持ちを、抑えていられるかどうか、自信がないのだ。

もうすぐ、新学期が始まる。

いつまでも、このままでいられるはずがない。けじめをつけなければ、前に進むことはできぬ。とても…苦しいが……我輩はそうせねばならん。
この想いを断ち切らねば……。




心待ちにした、いや恐れていた新学期が始まってしまった。
いつもであれば、特に変化もない一年がこれから始まるのか、と思い、さらに、ポッターが面倒を起こさぬよう監視をせねば、などと思うのであるが、今回は違う。

ナナへの想いを断ち切るのだ…。

我輩が新学期にあたって考えていたことは、このことであった。

我輩はナナを極力見ないようにした。少しでも我輩の視界に入れば、決心が萎える。それは断じて我輩の意図することとは違うことだ。
しかし……授業になったら、我輩はどうしたら良いのだ?
このような場合の対処法は、いくら我輩でも、考えつかぬ。極力避けるしか方法がないのに、授業では、どうにもならぬ…。どうしても避けては通れぬのか。
ナナの愛らしい姿を、この目で見てしまうことは……。


逃げ出してしまいたい。こんな気持ちになったことは初めてのことであった。我輩はいい大人なのに、授業を放棄したいなどと…。

勿論、そんなことはできるはずがなく、悶々としているうちに、スリザリンとグリフィンドール3年生の授業の日になってしまった。
仕方ない。もう、なるようにしかならぬ。我輩は覚悟を決めた。理性を総動員し、感情を押し殺すことにした。

「新学期初めての授業は、最近、使用の頻度が高い薬について、調合をしていく…。教科書253ページを開きたまえ……」

授業は、淡々と進んでいった。我輩は、“教えること”にいつも以上に集中した。本来ならば、調合をする際は、生徒の机を回り、危険な調合をしている輩がいないか、きちんと確認するのだが、我輩は我輩で精一杯な状況だった。

それが、いけなかった。

突然、叫び声が聞こえ、何かが割れる音が聞こえた。慌てて音の方へと駆け寄ると……なんと!!


ナナが倒れておるではないか!!


我輩は衝撃のあまり、自分の心臓が止まるかと思った。

「何があったのだ?!」

杖を振って周囲に飛び散った薬を消しながら、我輩は怒鳴った。すると辺りにいた生徒が言ってきた。

「ク…クヌートの実を入れる順番を間違えて……気がついたら…カミジョウが覆いかぶさってきて…」

怯えたような生徒の声。スリザリン生が、そのような初歩的なミスをするとは…!!何よりもナナを傷つけたのが許せぬ!!
その時の我輩は、何も考えてはいなかった。怒りのままに言い放つ。

「……スリザリンから10点減点だ。そのような初歩的なミスをするなど、嘆かわしい…!!我輩はMs,カミジョウを医務室へと連れてゆくので、各自薬を調合し、提出したまえ。…ポッター…お前が取り仕切っておけ!」

横で呆けていたポッターがいつもより憎らしく感じ、適当に役割を押し付けると、我輩はナナを抱き上げた。何やら周囲が騒がしいが、煩いぞ!我輩は急いでおるのだ。

ナナの瞼は固く閉じられ、顔色は青ざめていた。我輩は心配のあまり、手先が冷たくなるのを感じた。


ナナにもしものことがあったら…我輩は……。
我輩は…きっと狂うのではないか……。




「マダム!!急患だ!すぐに来てくれ!!」

医務室へと運ばれたナナは、ただちにマダム・ポンプリーの診察を受けた。我輩はその光景を、ハラハラしながら見ていた。
ああ…何ということだ…。よりによって我輩の授業で、愛しいナナが怪我をするなど…!!
あのスリザリン生、絶対に許さぬ!!我輩が怒りに震えながら、せわしなく医務室を歩き回っていたら、マダムに注意されてしまった。

「セブルス…医務室では静かに!うるさくしたら追い出しますよ!!」

うるさくなどしていないであろう?!我輩はマダムに反論しかけたが、いや、それよりも確認しなくてはならぬことがあるのだ。

「マダム、Ms,カミジョウの容態はどうなのだ…っ?!」

我輩はマダムに詰め寄った。なんだ…?変な顔をしおってからに…早く教えろ!もったいぶるな!!


「この程度の怪我なら一日の入院で―――」

「何処を怪我したのだ?!」

「腕だけですが、頭も打ったようなので一応念のために一晩だけ入院―――」

「頭を打った?!何ということだ!すぐに聖マンゴに搬送せねば―――」

「何を暴走してるんです!ちょっとした打撲ですから大丈夫です!あなたとあろう者がなにをそんなに動揺してい―――」

「打撲とはいえ頭を打ったのであろう?!そんな大事な場所を怪我したのだ!やはり聖マンゴに―――」

「セブルス話は最後まで聞きなさい!Ms,カミジョウの意識はありますからそんな程度で生徒を聖マンゴになど搬送は―――」

「そんな程度!!我輩にとって、世界で一番大切な人が怪我をしたのだぞ!!ただの生徒ではない!!」


とたんに、何ともいえない沈黙があたりを支配した。
マダムが顔を真っ赤にして両手で口元を押さえている。

「何だ?!何故そんなに驚いておる―――」

このような不毛な会話をしておる場合ではない!マダムが不要と言っても我輩は聖マンゴに連れてくぞ、と考え、ナナが寝ているベットへと歩み寄った。
すると、なんと、ナナの意識が戻っておるではないか!

「意識が戻ったのか!ああ…良かった……。いやしかし頭を打っておるのだからな、大事にせねば……。やはり聖マンゴに搬送した方が―――……?」


どうしたのだ?何故、そのような目で、我輩を見るのだ?ナナ……。
いや…非常に愛らしいぞ?頬を染めて……大きな、黒い切れ長の目をこれでもかというほど…見開いて…。

見開いて…?

何をそんなに驚いておるのだ…ナナ?やはり頭を激しく打ったのであろうか…。我輩は心配になった。

「あ……スネイプ教授…?」

戸惑っておる声も魅力的だな…などと思っておる場合ではない!

「どうしたのだ?どこか…痛むのかね…?!やはり頭を打ったからか?聖マンゴへ行った方がよい―――」

「さっきの言葉は、本当ですか…?」

ナナ、何故、そのように真剣な目をしておるのだ?両手を組んで、祈るような格好をして…?まるで解らぬ。我輩は溜め息をついた。

「さっきの言葉?我輩は、聖マンゴへ搬送した方がい良いと――」

「違います!その後の言葉です…。我輩にとって、世界で一番の―――って…ホントに?」

「世界で一番…?我輩は…そのような言葉を言った憶えは…な……い……?」


?!?!……………一体我輩はどんな台詞を口走ったのだ?!


あまりの動揺に、何も憶えておらぬ。憶えておらぬが、まずいような気がする。何となく。いや、確実に。間違いなく。
何故なら…何故なら……ナナの瞳が、きらきらと輝いて、太陽さえも、霞むような笑顔を我輩に向けてくるからだ。
我輩の心臓の音は激しく鳴り出した。息が苦しくなってくる。
我輩は、なんと言う事を口走ったのだ……。

「スネイプ教授……お願い…もう一度言って?あの言葉が、私の願望が生んだ幻じゃないって…証明して下さい」

「う……いや……そ…それは……。勘違いだ!そうだ君はきっと動揺して聞き間違ったのだ―――」

「ごまかさないで!私、ずっと考えてました……この休暇中ずっと……。気がつくと、スネイプ教授、あなたのことばかり……」

「わ…我輩のこと?」

「ええ……。教授は今、何をしているのかしら、とか…」

「我輩も…考えていた…。君は今、何をしているのだろうと……」

「私が、教授のことを想うくらい、私のことを考えてくれるかしら、とか……」

「ああ…我輩も…ナナ……お前のことを考えていた……」

「切なくて……教授、あなたに逢いたくて……。本当は、本当はずっと、ずっと一緒に補習をしていたかった…」

「我輩だとて……いつまでも…ナナ、お前と共にいたかった…」

「そう…私も……あなたが……好きだから…大好きだから……」

「ナナ……我輩は、夢を見ているのか?」

「夢じゃないわ…。私は、ずっと前から…スネイプ教授、あなたの事が…好き…」

「我輩も…初めて逢った時から…ナナ…お前が好きだ……」

我輩は何を言っているのだ?このようなことはいけないことだ、止めなくてはと思うのに…動揺のあまりもらしてしまった我輩の想いは、否定せねばならぬのに、もう止まらぬ…。
ナナ、お前へと向かっていく、この気持ちは止まらぬ……。
泣き出したナナの、頬を流れるその涙を我輩はそっと拭った。


ああ、もう駄目だ。我輩はすっかり嵌ってしまって逃れられぬ。この、恋の虜だ…。


我輩は抵抗することを諦めた。そっとナナを腕の中に引き寄せ、抱きしめる。
なんて心地良いのだ……。この幸福感に、我輩は蕩けそうだ……。

ナナ、お前を好きだと伝えたら、幸福感が、これほどまでにこの胸に溢れるとは…。
ああ、想いを告げあうだけで、こんなにも満たされるのか。


横でマダムが何やらブツブツ言いながら部屋から出て行ったようだがそんなことは知らぬ。




我輩は忙しいのだ。ナナ、愛しいお前に触れるのにな。


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