▼ 愛にこたえて
静かな部屋に、かすかな物音。
スネイプは顔を上げた。時計を見る。時刻は、ちょうど0時を指していた。
(こんな夜更けに、一体何事だ――?)
スネイプは眉を潜めながら、杖を構えつつ、ドアを開けた。
そこには、誰も居なかった。スネイプの視線が、足元に置いてある何かに向けられる。
(これは…なんだ?)
拾い上げると、それは一冊の本。スネイプが長年欲しがっていた、専門書だった。
書店に問い合わせても、絶版になっているので入手は困難と言われた本だった。
(なぜこんなところに――)
表表紙を開けると、ひらりと、何かが床に落ちた。それを拾い上げたスネイプは、目を見開く。
そこには、一言、メッセージが書いてあった。
To,スネイプ教授
あなたに祝福を。
白い紙に、青いインクでただ、一言。差出人の名前はなかった。そしてもう一つ。本には栞が挟まっていた。押し花のようだ。
(これは…“一人静”ではないか…)
甘い香りは、スネイプに何かを思い出させる。この、控え目な甘い香り…。我輩の心を、捉えて離さないこの香りは……
「レイ……」
ぽつりと呟いたその声は、闇に溶けた。
*****
翌日。いつものように魔法薬額の授業が行われ、そしていつものようにグリフィンドールは減点された。
不服そうな顔をしながら、教室を出ていく生徒達に遅れて、最後までもたついている生徒が一人いた。
(えっと…あとは瓶につめれば…OKだよね?)
不器用なレイは、いつも最後に教室を後にしていた。
決して魔法薬学が苦手な訳ではなく、行動がゆっくりなので、最後になってしまうのだった。それだけ行動が慎重だということだろう。
いつにも増してゆっくりなのは、昨日、ついにしてしまったあの事を思い出したから。
秘密の贈り物……そう、贈り主はこの娘だった。
(先生…気に入ってくれたかな?ば、ばれてないよね……?き、緊張する…ッ)
授業中ずうっとこんなことを考えていたので、調合をする手も休みがちだった、という訳だった。
やっと薬の粗熱が取れ、レイは素早く薬を瓶に詰めると、スネイプに提出に向かった。
コツ、コツとスネイプに向かって歩くたびに、胸の鼓動が早まる。スネイプがレイを見た。
ドキーン、と胸が大きくときめく。
スネイプにじっと見つめられるのは、久しぶりだったので、レイは足の力が抜けるような錯覚に陥った。スネイプの眼力は、レイには凄まじい力を発揮した。
(どきどきするよぉ…)
頬が熱くなるのは、恥ずかしいから。そして、が好きな気持ちが、ばれてしまうのを恐れて……。
コトン、と音をさせ、レイは薬を教卓に置く。
「…失礼します」
そう言って、教室を出ようとしたレイは呼び止められる。
「Ms,カンザキ……待ちたまえ」
ビクリ、と身体を震わせたレイは、一瞬の後、スネイプに向き直る。
「はい、スネイプ教授なんでしょう?調合、失敗してますか…?」
レイの可愛らしい声が、かすかに震えている。スネイプは内心、苦笑した。
その少しおびえた顔が酷くそそるのに。この娘は気づかないのか…。
スネイプはレイが調合した薬を手に取り、長い指先が、薬瓶のカーブをなぞる。ゆっくりと。そうしながらスネイプは、囁くように言った。
「昨日…実に不思議なことがありましてな…」
「…な、なんでしょう……」
スネイプはチラリ、とをレイ見ると、何でもない事のように言った。
「専門書が…我輩の部屋のドアの下に置いてあった。どうやら…プレゼントらしい。その本というのは、我輩が以前から探し求めていた本でな…」
「よ、良かったじゃないですか!欲しいものが手に入って…」
レイの明るい声に、スネイプは苦笑した。薬瓶を教卓に置くと、スネイプは静かに、だがあっという間にレイの側にやってきた。
「嬉しかったが……我輩の本当に欲しいモノは、あれではない」
スネイプのその甘い囁き声に、急に近くなった距離に、レイはただ、戸惑うばかり。
思わず後ろに逃げると、スネイプは距離を詰めてくる。気が付くとレイは、壁際に追い詰められていた。
スネイプはニヤリと笑うと、レイの髪を一房掴み、そこにキスをしてきた。
「ス、スネイプ先生……?」
「この香り……気が付かないとでも思ったかね?Ms,カンザキ……」
「な、なんのことでしょう…」
「嘘を付くのが下手だな…レイ。お前の髪から、栞と同じ香りがするが?」
スネイプが囁きながら髪を梳く。その手の感触に、うっとりと酔うレイ。
「我輩の誕生日を祝ってくれるのなら、本当に欲しいモノをくれないか?」
スネイプの指先が、今度はレイの唇に延びた。じいんと痺れるような甘い感覚に戸惑いながら、レイは喘ぐように返事を返す。
「なんで…しょう…スネイプ先生の欲しいモノ…って…な…に……?」
するとスネイプは顔を寄せ、吐息がかかるほど近くで囁いた。
「Ms,カンザキ……君が欲しい……」
「スネイプせ――んぅ」
スネイプはレイにキスをした。きつく…きつく抱きしめながら。
レイはときめきではちきれそうになりながら、夢中でスネイプにしがみつく。いつまでも、いつまでも………。
(スネイプ先生…だいすき……ずっと前から好きでした……)
(ああ、レイ……我輩も君を愛している…ずっと前から…愛していた…)
※一人静の花言葉……愛にこたえて
(H24,01,09)
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