好きよ、綱吉。
心の中で何度もそう繰り返しているうちに、口に出して言ってしまったらしい。
ソファーに腰掛ける綱吉が、少し驚いたふうにこちらを振り返る。私は自分でも驚いて、苦笑を浮かべた。
淹れたての紅茶を二人分、彼のもとへと運ぶ。
綱吉はじっと私を見つめて、私はそれに少しの居心地の悪さを感じながら彼の隣に腰を降ろした。
やわらかな朝。
目の前のテーブルの上に置いた紅茶から、湯気が立ち上る。私は綱吉の視線を振り払いたくて、カップに手を伸ばす。
「名前」
名前を呼ばれて、指先に緊張が走った。
「俺も、好きだよ」
綱吉はそう告げるとにこりと微笑む。その瞬間、嬉しさと悲しさのない交ぜになった感情が込み上げて、私は正気を手放しそうになる。
好きよ。好きよ、綱吉。
今度は口に出さないように繰り返して、そっと笑みを浮かべた。
嘘吐き
私はそれでも笑みを消さない。いつだって。彼がいくら嘘を吐いたって。
わかっている、綱吉は悪くないのだ。彼はマフィアのボスで、私は確かに彼の恋人で、それでも誰かの代用品にすぎない。
ねえ綱吉。あなた、私に誰を重ねて見ているの?
「名前のこと、ちゃんと、好きだから」
駄目押しのように言った綱吉に、私は嬉しさと悲しさと、もうひとつ言い表せない感情が自分の中に生まれるのを感じた。
なにか得体の知れない感情に侵蝕されてゆく。なにかしら、これは。
彼が、紅茶に口を付ける横顔をそっと見て、私はもう一度、好きと呟いた。
(ああ、わかった、この感情のなまえは、殺意)
090914
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