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08



普段は長く感じる授業も、今日に限ってはあっという間に終わってしまい気付けば放課後。

バスケ部の練習が今日は19時半頃に終わるというのは裕也君から把握済み。聞いた時は不思議そうな顔をされたけど、分かった上でそれは気付かないフリをした。まあ今まで一度も私がそんなことを聞いたことはなかったからなのだけど。

緑間君なら自主練もしてそうだけど、生真面目な彼の性格的に私を待たせることはないだろうから今日はおそらくしないだろう。選手に大事な練習時間を削らせてしまうのは少し不本意だけど、今日に限っては許してほしい。

時間までは図書室にいることにしたのだけど、この後のことを考えると気持ちがどこか落ち着かず、結局読んでいた本も途中で閉じてしまった。それから課題でもやろうかと思ったけどやはり身が入らなかった。

しかし、それでも課題に取り組んでいる内に、日は暮れていたようで。いつの間にか辺りはすっかり暗くなり、夜になっていた。
時計を見れば、まだ19時を少し過ぎたくらいだったけど、ここにいるよりはいいと思い体育館へと向かうことにした。



ドリブルの音、バッシュのスキール音…そこに近づくにつれて聞こえて来る音は何とも懐かしい。


(前なら毎日聞いていたのに…)


体育館に着くとやはりまだ練習中だったので私は扉の前で待つことにする。平然と中に入れるほど私は鋼の心を持ち合わせていない。

それにしてもさすが東京三大王者の一校、遠目からでも選手のレベルが高いのが見て分かる。

帝光の練習も相当ハードだったけど同じくらい…いやそれ以上だろう。そういえば中谷先生は温厚そうに見えて意外と容赦なさそうな雰囲気がある。


(そういえば白金監督もそうだったなあ…)


思い出すのは、中学時代の監督。穏やかそうに見えてえげつない練習を課す監督に、部員はよく顔を引きつらせていた。あの時のみんなの顔は普段じゃ見られないようなもので、今思い出しても少し面白い。


「…苗字、お前1人で何笑ってるんだよ」

『裕也君!?』


不意に名前を呼ばれて顔を上げると目の前には裕也君が立っていた。

体育館の中に目を向ければ、どうやらいつの間にか練習が終わっていたらしい。


『練習終わったんだね、お疲れ様』

「おおサンキュー…というかお前、何でこんな所にいんだよ?」

『ああー…何て言うのかな、待ち人来る的な感じかな?』

「はあ?何だそ「名前さん」…緑間!?」


驚く裕也君を華麗に無視して「待たせてしまってすみません」と謝る緑間君に大丈夫だよーと軽く答える。


「お前ら…何で…」

『詳しくは今度話すから。じゃあ、行こうか緑間君』

「はい。お疲れ様でした」


また明日!と(ほぼ一方的に)裕也君と別れ、私と緑間君は体育館を後にした。


* * * * *


日が暮れてしまった公園には子どもはおろか人自体ほとんどいない。

私達はそんな中ベンチに2人並んで座っている。

ここに来るまでの間に会話はほぼなかった。それは多分、お互い無意識にその瞬間がくるまで口を開かないと決めていたのだと思う。

まあ、あまり明るい話ではないからしょうがないのかもしれないけど。

そんな空気の中、先に沈黙を破ったのは緑間君だった。


「…名前さんはどうして秀徳に?」

『さすがの赤司君でも私の進学先は分からなかったのかな?』

「…赤司からは別の高校に進学したのだろうと聞いていたので」


さすが赤司君…いや、赤司様と言うべきだろうか。彼の情報網は一体どうなっているんだ。


『うーん、当たらずとも遠からずってところだね。緑間君はやっぱりバスケで?』

「はい。秀徳はバスケの強豪なのは勿論、勉学にも力を入れているので」

『緑間君らしいね〜人事を尽くすって昔から言ってたもんね』


少し茶化すような口調になる。この場の空気を少しでも軽くしたくて。

それでも横目で見た彼の表情はやはり硬い。むしろ益々硬くなっているように思える。


「…今は何を?」


言葉の真意は嫌でも分かってしまう。

彼が言いたいのは“バスケ部のマネージャーをしないで何をしているのか?”ということだ。

聞かれることなんて分かっていたはずなのに、今さら心臓が煩くなる。手が自分の意思とは関係なく震える。


『今はただの一般生徒だよ。それ以上でも以下でもなく、部活も入っていない』

「………」

『バスケは昔も今も好きだよ?…でも昔の好きと今の好きは少し違う。今は怖いっていう方が大きい』


恐怖心とは中々厄介なもので、一度味わってしまうと、もう二度と同じ思いをしたくはないと本能的に身を守ろうとする。

そう、私はとても怖いのだ。大好きなバスケで絶望したことが。

気付いていたのに何も出来なかったどうしようもない自分が。

大切なモノが壊れていくことが。

ただ――辛かった。辛くて苦しくて叫びたかった。でも、それはできなかった。だから避けたのだ、もう同じ思いをしたくなくて。


「…それは俺達が原因ですか?」

『相変わらず直球でくるね緑間君は…うん、それも1つではあるかな。今のみんなの…キセキの世代のプレーを肯定することは私には出来ない』

「………」

『でもそれは考え方の差でもあると思うの。実際、勝利至上主義だったのはそうだし。だからそこまで大きな問題じゃない。…むしろ一番堪えたのは自分がどれだけ無力だったのかを痛感させられたこと』


チームの、バスケ部全体のサポートを抜かりなく徹底していたと自負していた。

でも結局それは私のただの傲慢に過ぎなかった。

肝心な時に何一つ役に立てなくて…気付いた時にはもう壊れてしまっていた。
それも修復不可能なまでに。


『私にとってあのチームは本当に最高のチームだったと思う。もう二度とあれ以上のチームはない…だからああなったみんなを見て、怖かった』


逃げたの、と続ければ再び静けさが戻る。強くなってきた風が木々を揺らす音だけが耳に入る。

5月とはいえやはり春先はまだまだ冷える。緑間君に風邪でも引かせたら私が裕也君達に怒られそうだ。

そろそろ帰ろうかと声をかけようとした。が、言えなかった。


「俺は…あなたが無力だと思ったことは一度もないです。少なくとも一緒にいた2年間、名前さん以上に部を支えていた人を、俺は知らないです」

『そんなことあるわけ…』

「いいえ、あります。俺は人事を尽くさない人間は認めません。…それにあなたはチームに必要な人です…だからまた必ず」


俺があなたを引き戻します、と言う彼。何だろう…宣戦布告っていうのかなこういうの。

少し面食らったけど、正直どこか彼の言葉を喜んでいる自分がいるのも事実で。だって、あの緑間君に褒められているのだ。他人に厳しいけど、それ以上に自分に一番厳しい緑間君に、だ。


『…私そんな簡単になびかないよ?』

「知っています。ですが、人事を尽くすまでです」


眼鏡のブリッジを押し上げながらどこか満足そうな表情を浮かべるのが、実に彼らしい。

基本的に真面目なんだけど頑固というか拘りが強いというか何というか…まあ、誠意を持って私をまたバスケ部に入れるというのなら私も誠意を持って応えなければならない。


『…緑間君って、やっぱりちょっと変だよね』

「なっ…!?それはどういう意味ですか…っ!」

『まあまあ。じゃあそろそろ帰ろうか〜』


ベンチから立ち上がってそそくさと歩き始めると、慌てて追いかけてくる緑間君はちょっと可愛かった。

まあ、不服そうだけど。

何だかんだ話したいことは話せたし宣戦布告的なことを言われたけど、まあとりあえずいっか。

少しは気持ちは楽になった気がするしやっぱり久しぶりに後輩と話すのも楽しいってことかな。

とりあえず一歩前進したということで。


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