促されて駅のホームのベンチに腰掛けた。
1人掛けの椅子が並んだだけのそれの右端に私、その隣に彼が座る。普段なら隣に人が座っても気にならないのに意識してみると思ったより近くて、横をちらりと見るとシャープな横顔がそこにある。
私の視線に気がつくと、彼は軽く笑って言った。

「白崎チャンは富士女だよねェ、何年生?」
「3年生です、お兄さんは?」
「お兄さんてガラじゃねぇよ、オレァ荒北靖友
 洋南大学工学部2年生」

あらきた、やすとも、さん。
洋南大学工学部2年生。
新しく得た情報を刻み込むように頭の中で繰り返す。
2年生ってことは今19歳か20歳、かな。
ホームの反対側に上りの電車が到着して、背後が少し騒がしくなる。そういえばこうして男の人と話すのはいつ振りだろう、共学だった小学校以来?
少し緊張気味の私の隣で、肩にかけていたリュックの中にさっき渡したキャンディの袋を詰め込む荒北さん。骨張った大きな手がリュックのジッパーを閉めていく。
もう一回、前みたいにその手で私の頭を撫ででくれたりしないかな...って何を考えてるんだろう私。
そんなことより沈黙に包まれてしまったこの空気をどうにかしなきゃ。今後あるかどうかもわからない荒北さんと話せるチャンスを無駄にするのは勿体無い。
えーと、何か話題話題...
そうだ、この前見たあれは、

「荒北さんってもしかして自転車に乗ったりします?」
「え、なんで知ってんのォ?」

やっぱり荒北さんだったんだ。

「ちょっと前に学校の下の坂で見かけました、
 黄緑のストライプの服でしたか?」
「そォ、チャリ部のサイジャ」
「サイジャ?」
「サイクルジャージ、チャリ乗る時用のユニフォーム
 よくオレって分かったねェ」
「もしかしてって思っただけで、別に...たまたま...」

毎日探してましたなんて言えるわけもなく、モゴモゴと言葉を濁した。
荒北さんからの視線が痛くて、話題の選択を誤ったかもと思ったり、あの日見た人が荒北さんで間違いなかったことが嬉しかったり、私の心中の実に目まぐるしいこと。
生身の男の人を目の前にして、上手く言葉が纏まらないのが口惜しい。女子校育ちの弊害なのか、単に荒北さんを意識し過ぎているからなのか。
黙って私の言葉を待ってくれている彼は前と同じ優しい瞳をしていて、その時私は気付いてしまった。
荒北さんの姿を探し続けてたのはお礼がしたかったからじゃなくて、この瞳にまた逢いたかったから。
さっき携帯を見て顔を綻ばせてた荒北さんを見て胸が痛くなったのはーーー

荒北さんのことが、好きになってたから。

今頃気付くなんて、私ってどれだけ鈍いんだろう。
きっとあの日助けて貰ったときからずっと、私は荒北さんが好きなんだ。
自覚してしまったせいで身体の芯が熱くなってきた、心臓もドキドキしている。もしかすると顔だって赤くなっているかも。
嫌だ、こっち見ないで荒北さん...

「白崎チャン、どったの」
「えっ、いや、何も、あっ電車!電車来ました!
 ごめんなさい引き止めちゃって!」

タイミングよく次の電車がやって来てくれて助かった。上手く誤魔化せたかな、電車を見て彼はベンチから立ち上がる。
たった数分だけど、荒北さんと話せて良かった。もう少し一緒に居たい気持ちもあるけど今はひとまずサヨナラしよう、この気持ちを悟られないように。

「ん、白崎チャンは乗らねーの?」

ベンチに座ったままの私に気付いて、荒北さんは私に尋ねた。電車はちょうど動きを止めたところで、乗降扉が開くのを車内の人もホームの人も今か今かと待ち侘びている。

「私、次の女性専用車両がある電車待ってるんです」
「あ、そォ...あと何分?」
「あと...15分ですかね」
「じゃ、オレもそれ乗るわ」

そう言うと荒北さんはまた私の隣に勢いよく腰掛けた。
リュックが背もたれに挟まれて潰れちゃってるけどいいのかな、なんてどうでもいい心配をしたりして。

「え、でも、」
「ちょうどベプシ飲みたかったし...白崎チャン、
 もちょっとオレの話に付き合ってくれるゥ?」

手に持ってた青の缶ボトルをチャプチャプと軽く振って見せながら、荒北さんはニカッと笑う。
心臓に矢が刺さったみたいに胸が痛んだ、これ以上好きになったら私はどうなってしまうんだろう。
そんなことはどうでもいいか、隣に居られる時間が伸びて舞い上がりそうなほど私は今嬉しくてしょうがないんだから。
開いてた乗降扉が閉まると、電車はまた動き出す。
2本目の電車も見送って、こうして私は彼と次の電車を待つことになったのだ。



AとJK 2-5
ベンチの隣 / 2017.07.05

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