体育館の前に戻ってくると、そこはまだ卒業生と在校生でごった返してた。ぐしゃぐしゃになった顔でその中に銀色が混ざっていないかと遠目から探したけど、そこに私の探す色は無かった。
どこ?どこに行ったの黒田、どうしても今言わないといけない気がして、私は今来た道を戻って駆ける。部室?教室?それとも...
廊下を走りながらふと横を見ると、そこには屋上へ繋がる階段があった。このまま廊下を進んて行けば部室がある、そこが黒田が居そうな場所の中で一番近い。なのに私の足は無意識に段差を踏みしめていて、私は手すりに沿って階段を登り始めてた。何でだろう、どうしてかその先に黒田が居る気がしたんだ。根拠なんて当然無い、でも不思議と自信があって、私はそれを信じて疑わなかったのだ。

誰も居ない空間に、階下から微かな笑い声が聞こえてくる。それを上書きするみたいに早足で段差を登る私の足音が吹き抜けの天井に響いてた。
一定のリズムを刻むそれに合わせて上がった息と心臓の音が混ざって、たん、たん、はぁ、はぁ、どく、どく、耳に響くBGMがリズムを刻む。階段の最後の一段を一際大きな音を立てて登り切ったら頭の中の音は止んで、目の前の重い金属扉を押すと蝶番がキィィと鳴る音が代わりに頭の中を巡った。
扉の先、開けた視界に飛び込んできたのは白い光と青い空。それから、光を反射して輝く、銀色。

「...っ黒田!」

ふぅ、と一つ息を吐いて呼吸を整えからその名を呼んだ。
フェンスの向こうを眺めてた黒田は私を振り返ると、お前んでここがわかったんだよ、って言わんばかりに大きな目を丸くする。
何でだろうね、私にも分かんないけど多分そういう宿命だったんじゃない?って、これまでの腐れ縁を運命みたいに思うだなんて、私もすっかり変わっちゃったな。黒田が嫌いで嫌いでしょうがなかったはずなのに、今では───
ゆっくりと屋上のコンクリートを踏みしめながら進んで行けば、黒田との距離もどんどん詰まってく。私が黒田の隣のフェンスに手を触れてカシャンと音を立てても黒田は何も言わないままで、私は眼前に広がる箱根の山々を眺めながら黒田が言葉を発するのを待った。風は冷たいのに日差しは暖かくて気持ち良い。案外冬の屋上も悪くないなって思っていると、ようやく黒田が口を開く。

「...お前、荒北さんに告白したのかよ」

は、第一声がそれって何で...
思わず扉の方を向いたままフェンスに背を預けている黒田を見上げたけど、銀髪を風に揺らしながら黒田は真っ直ぐ前を見ていて、視線は交差しなかった。

「したけど、なによ...何で、」
「泣いた跡。どうせフラれたんだろ?かっわいそ」

そういえばあのまま鏡も見ずに走ってきたんだった。あれだけ泣けばきっと目は赤くなってるし、卒業式で泣き腫らすなんてそれしか連想出来ないのも道理だ。
でもだからってフラれたって決めつけるのは安易過ぎじゃない?もしかすると恋が成就した喜びの涙かもしれないのに可哀想だなんて決め付けて。私がフラれたって思いたいのは黒田の都合でしょ?
むっと顔を顰めると黒田の手の甲が私の頬に残る涙の痕跡を優しく撫ぜて、横目で私を見下ろす黒田とやっと目が合った。安堵したみたいな柔らかい視線を私に落として、ねぇそれってまるで、私を好きだって言ってるみたいだよ。

「うるさい馬鹿、
 告白も出来ないあんたに言われたくない」
「出来ねんじゃねーよ、しねーだけだバカ」
「ヘタレ」
「ハァ?」
「腰抜け、チキン、いくじなし!」
「千歳、お前な、」

いつもみたいな憎まれ口を叩きながら、ふいと黒田から目を逸らした。心臓は大きく跳ねてるのに素直じゃない、可愛くないなって自分でも思ってる。ほらまた今日も白黒の諍いが始まっちゃって、違うのに、私が言いたいのはそれじゃないのに。
それだけ言われれば当然黒田だって黙ってなくて、黒田の声が不機嫌に低くなる。きっと今黒田の眉間には深い皺が刻まれてんだろな。
意識しろってだけ言って大事なことは言わないで、卑怯だよ狡いよ黒田は。馬鹿阿保間抜け、あんぽんたん。
───でも黒田の口からはっきりした言葉を聞けるのを待ち続けてた、私も、馬鹿だ。

「...っずっと待ってたのに!」
「っ、は...?」
「早く言えバカ黒田...」

黒田の顔を見れないまま、フェンスをきつく握りしめて私はそう呟いた。荒北先輩に告白した時よりも身体が熱くて、高速で脈を刻む心臓も痛くて、頭がおかしくなってしまいそう。
黒田のバカ、早くこの動悸をどうにかしてよ...
沈黙の中、一秒一秒がやたら長く感じて私はいても経っても居られなくなり、ちらりと隣の黒田の足元に視線を戻した。ゆっくり、そっと上へ上へ、上靴の黒田の文字からストライプのスラックス、白のシャツ、赤いネクタイ、はだけた襟元、顎の先。これより上はもう見れない、ぴたりと動きを止めた私の目に黒田の手が写り込む。
私の顔めがけて伸びてきたそれでデコピンでもされるのかと私は咄嗟に瞼を閉じた。だけど予想してた衝撃は額ではなく耳の辺りに、耳殻をなぞった黒田の指が私の髪を梳く。ひんやりした指先が首筋を伝って私の顎を持ち上げれば、私の目線は黒田のそれとぶつかった。墨色の大きな黒目は、私を真っ直ぐに見据えていた。

「...好きだ、お前が。だから、オレと付き合っ」
「だが断る!」

得体の知れない息苦しい空気に耐えきれなくなった私の口から出てきた言葉は「だが断る」
ぎゅっと目を瞑り今日一番の大声で、何言っちゃってんの私。もう本当に台無しだ...

「はぁぁぁ!?おま、言わせといてっ...!」

そりゃ黒田だってそう言いたくなるよね、恐る恐る瞳を開けたらさっきまでの真剣な顔も何処へやら、黒田は形容し難い奇妙な表情を浮かべて私を見ていた。
変な顔、そんなに私に断られたのがショックだったの?
そう思うと何だか笑えてきて、緊張で強張ってた身体から力が抜けていく。今ならきっと、ちゃんと言えるような気がするよ。

「...嘘、私も好き。黒田が、好き...」

心から思っていれば、言葉ってすんなり出てくるものなんだって私は今日初めて知った。やたら煩い心臓の痛みすら高揚感で気にならなくなっていて、むしろこのドキドキが嬉しくもあった。
何これ、私は恋する乙女か、目が合っただけで日記に書いちゃう恋に恋する女子中学生か。なんて、黒田のくどいツッコミみたいなこと思い浮かべたら余計に笑えた。
一人くすくす笑い出す私を見てる黒田は目を皿にしてぽかんと口を開けたまま、その間抜け面すら愛しいって思う私は、多分どうかしちゃってる。

「...つか荒北さんは?何言ってきたんだよ」
「先輩には憧れてましたって言ってきただけ」
「っは...んだよそれ...」
「先輩にも黒田を頼むって言われたし、
 しょうがないから付き合ってあげてもいいよ」
「また上から目線かよ、素直じゃねー」
「誰かさんがちゃんと言わないからじゃん
 じゃあいいよ、この話はなかったってことで」
「お前が言わせなかったんだろが、ふざけんな!」

ガシャン、と大きな音を立ててフェンスが揺れた。
身体ごと私に向き直った黒田の影が私を覆って、フェンスと黒田の間に挟まれる。驚きで笑いはどこかに吹き飛んでって、光を背負った黒田は真剣な顔して私を見下ろしていた。射るような眼差しっていうのは恐らくこういう目のことを言うんだろうなって追い詰められて心臓がまた跳ねてるのにどこか冷静な私もいた。黒田の整った顔が近付いてくる、黒田に見つめられて囲われて身動きが取れない私に逃げ場なんて、無い。

「...黒っ、」
「なかったことにされてたまるかよ」

掠れた声でそう呟いて、黒田は私の唇に噛み付いた。あの時の一瞬触れただけみたいな可愛い口付けじゃない、食べられるみたいな本気の口付け。
時折リップ音を立てながら唇が一瞬離れて、また確かめるように愛でるように黒田は何度も私にキスをした。
そんなことしなくても私は逃げたりしないのに。
降ってくる無数のキスに朦朧としながら黒田の背中に手を回してぎゅっとその身を抱き締めると、黒田の唇がやっと私から離れていった。私の視界全て占める黒田はこれまで見たこともないような柔らかくて溶けそうなくらいの優しい笑みを浮かべてて、その顔のまま私の名前を甘ったるい声で呼んだんだ。

「千歳」



モノクロ*ノーツ 27
すきになるのに理屈なんて無かったんだよ / 2018.03.13

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