体育館から人の流れに乗って外に出ると、ひんやり冷たい風が吹き抜けた。
今日はよく晴れていてまさに卒業式日和、うっすら残った雪もこの日差しで溶けてしまえば、あぁもう春になるんだなってぼんやりとオレは思った。もう少ししたらそこの桜の木にも卒業生の胸元にあるあの花飾りみたいなピンクの花が咲くんだろう。その頃には3年生はもう居ない、今日で先輩達とはお別れなのだから。
最後の挨拶を、と3年生の元に下級生が駆けつけている様がそこかしこにある。オレも先輩たちのところへ行くべきか?行くべきだよな。きょろきょろと辺りを見回して、オレもチャリ部の先輩の姿を探した。えっと、一番世話んなった東堂さんは...あそこにいるんだろうが人に囲まれ過ぎてカチューシャの端すら見えない。あそこに混ざんのは無理だな。
じゃあ、と荒北さんを探したが、その姿は見当たらなかった。こんな人が多いとこに荒北さんが居るわけねぇか。きっともうどっか人気のないとこに逃げてんだろな。部室のほうか裏庭か屋上か、多分そのうちのどっかにいんだろ、と考えたオレは、 人でごった返す体育館前から離れて校舎へ向かった。ひとまず一番近い裏庭を目指して。

*

「荒北先輩!」

流れ込んできた音声にオレは耳を疑った。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに静まり返る廊下にぺたぺた足音響かせながら歩んでいると、裏庭に繋がる出入り口の方から探し人の名を呼ぶ声がしたのだ。しかもその声は耳慣れた女の声で、これは見たら駄目なやつだって頭ん中でアラートが鳴ってんのにオレは十数メートル先のそこへ向かう足を止められず、扉の陰からそっと外を覗き込む。

───ほらな、だから見んなって言ったのに。

オレん中のオレがそう言うと、予想通りの映像がオレの視界に飛び込んできた。だだっ広い空間の真ん中に千歳と荒北さんが二人きり、これから何が起こるかなんて言うまでもねぇ、誰だって見りゃ分かんだろ。だって卒業式だぞ、これで最後だっつんなら千歳が荒北さんに言うことは一つに決まってる。
もう見んなって、やめとけってオレん中のオレが叫んでんのに、そこから目が離せなくてオレは息を飲んでそれを見続けた。声は聞こえないものの、荒北さんに何かを伝えたらしい千歳はぼろぼろと泣き出して、荒北さんはそんな千歳に近づいてくと千歳の顔を覗き込みながらその小さい頭を撫でた。
ずきん、と胸が痛む衝撃に身体が揺れて、思わず一歩後ずさる。ああもう間違いなく告白だろこれ。ついに千歳は言ったんだ、荒北さんに好きですって。
分かってた、知ってたよオレだって、千歳が荒北さんのこと好きだってことくらい。知ってるどころか身に染みて感じる千歳の対応の温度差に嫉妬で狂ってたっつーの。
知ってっからって承服出来るわけねーし、それでも認めてたまるかって思う自分だっていた。オレが見たことない笑顔を荒北さんに向ける千歳見て認めざるを得なかった時だって、それでも負けねーって余計オレはあの人をライバル視してたんだ。
そんなオレの抵抗なんか無駄だったって、結局千歳の感情のベクトルが指すその先にいんのは荒北さんで、オレがどうしようが揺らぎねんだって今改めて思い知らされる、痛いほどに。見るんじゃなかった、何で見ちまったんだ、後悔ばかりが先に立つ。
オレも好きだよ千歳チャン?
それとも、ごめんな千歳チャン?
荒北さんは千歳に何て言ってんだろか、答えは後者がいい後者であってくれ。そう心ん中で哀願するオレの目に映るのは千歳の頭を撫で続ける荒北さん、もしかしてこっから千歳を抱き締めたりすんのか?あの細くて柔らかくていい匂いがする千歳の身体を。
───駄目だもう見てらんねぇ。気付けばオレは踵を返して走り出してた。
荒北さんなんか探すんじゃなかった、卒業だから最後だからお礼のひとつでも?その発想自体が間違いだったんだ。女の群れに飛び込んででも東堂さんに一番に声をかけりゃ良かった、そしたらあんなの見なくて済んだのに...
脳内に鮮明に残る映像をかき消すように悔恨の呪文を唱え続けながらオレはひたすら閑散とした廊下を駆ける。行く末はわからない、オレはただひたすら、走るしかことしか出来なかったんだ。



モノクロ*ノーツ 26
後悔ばかりが先に立つ / 2018.03.12

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