拝啓、転入生くん。2///

 ノートに留める必要もないようなことをぼんやりと考えていた。

 そのいち。私の姿は全く変わっていた。

 そのに。エオルゼアの人たちが時々、いる。

 そのさん。大半の人にエオルゼアのころの記憶はない。かも?

 そのよん。おぼえていても、”私”には気が付いていない。

 そのご。わたしはかわっていない。

= = = =


 こちらの世界に戻ってきた、と私は思っていた。ほとんどが変わっていなかったから、長い長い冒険を終わらせた私は、その役目から解放され、戻ってきたのだと。
 だが、違ったのだろうか。
 私がぱちりと目を覚ましたとき、私は子供になっていた。記憶がやけにはっきりとしていて、その違和感が恐ろしかった。頼りになる子供として周りから逸脱しすぎないようにしながら、なんとか今日までやってきた。

 大人っぽい? 当然だ。大人になってそのまま生まれ変わったのだから。
 生憎、”前回”とは見目が変わっており、見知った顔ぶれが私に気が付いた様子はない。

 アルフィノとアリゼーらしき双子がすれ違った時にも、私に気が付いた様子はなかった。彼らは少し記憶があるのか、私のことを探しているようだったが、私は名乗らなかった。ただ、すれ違った。

 他の面々も似たようなものだ。
 この地域にはどこかで見たような顔ぶれがちょこちょこといる。

 だから、彼もそのうちの一人。

 私にとって彼らは大切な隣人だが、彼らにとって私はただ、通り過ぎる一人。だって、そうでしょう。私のことを彼らは知らない。
 彼らが捜しているのも私ではない。

 私はもう、英雄ではないのだから。

= = = =

 ありがとうと礼を言われるとどことなくくすぐったい気持ちになる。”これまで”にあちこちでお節介をしすぎたのか、私の体は悉くお節介をすることに慣れてしまっていた。

「……いえ、当然のことをしたまでです」
「当然のことか。君は随分と親切なようだ。助かったよ」

 少し離れたところからでも、彼…… オルシュファンの姿は良く目立つ。目で追ってしまうからなのか、それとも本当に彼が目立つのかはわからないが、私の視界の中に見つけることが多い。そんな彼がノートの山をもって教室から職員室へと向かう姿を見ていた。
 彼は…… というか、大半の”エオルゼアで見かけた人々”はエオルゼアにいたころと同様にある程度体を鍛えているようだった。そのため、騎士だったオルシュファンもまた、自然と運動を好み、何かしらの武術を嗜んでいるようだった。
 しっかりとした体は同年代のひょろりとした体躯の少年たちとは明らかにかけ離れており「運動をしてるらしい」「剣術とかしてるらしい」「カッコイイ」などというのは女子生徒たちの中ではもっぱら人気の話題である。遠目から見ていても、同年代と比べて重心がしっかりとしていて手足の筋肉も程よい。武術、いや戦闘に実用向きの筋肉といっていいのがよくわかるのだが…… 筋力もありバランス感覚もいい、そんな彼がノートの山を崩すのが見えたのである。

 なにかを考える前にノートを拾いに小走りで駆け寄ってしまった。まずったな、と一瞬思わないでもなかったが。
 ひょいひょいと彼が落としたノートを拾い、山の上にのせていく。オルシュファンもしゃがんで拾おうとするのだが、ノートのつるりとした表面が滑るようで、また2冊ほど滑り落ちそうになる。申し訳なさそうな顔をした彼に気にしないでと一言返してから、彼の落としてしまったノートをすべて拾い上げてその上へと重ねた。

「まさか崩すとは思わなかった」
「私もです。落としそうにはなかったのに」
「あぁ… うむ、ちょうど生徒とすれ違ってな」

 ノートの山の中に、一冊だけやけに滑りやすそうなノートが一冊。背表紙側がすこし高く、そのノートを起点にずるずると上のノートも落ちたのだという。
 それは災難でしたねと告げながら、他に落とし物がないかさっと確認を行う。ノートから滑り落ちた紙などもなさそうで、彼は気を取り直す。

「いや、本当に助かった! ありがとう」
「大した事ではありませんから、お気になさらず」

 もう一度にこりとほほ笑みながら彼がそう言い残し、去っていく。相変わらず爽やかな笑い方をするなぁとその後ろ姿を見送った。
 目撃していたらしい生徒の視線がいくつかこちらを向いていた。余計なことをしたなという後悔もしつつ、私はオルシュファンとは逆の方向へと足を向けた。

= = = =

 この世界はずいぶんと平和なものである。文明が違い、生活も違えば、人々の心や生き方というものも異なっている。
 この世界には、きっともう英雄は生まれないだろう。
 世界は緩やかに摩耗して破滅に向っているかもしれない。明日には、核の終末が訪れるかもしれない。だが、そうなる可能性はいささか低い。結局、そういった破滅の不利益を人々は計算しているか、あるいは平和的な良心や理性が勝っているのだろう。

 それで、明日に終末が訪れたとしても。

 その終末は誰にも止めることはできないだろう。たった一人の英雄に止められるような破滅は訪れない。だから、我々の知る英雄は生まれないのだ。

 それでいい。そうでなければ困る。

 新たな戦いなど、なければいい。英雄が求められる世界などない方がいい。英雄が求められるのは争いの日々。平和な世界に、英雄はいらない。そうでなければ困るのだ。彼らの、穏やかな日々が続きますように。あの日々の中で潰えたささやかな幸福が、一秒でも続きますように。

 今日も遠くの星に祈る。ハイデリン。あなたの意志がここにもありますように、と。


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英雄の不在は平和の証明であり。
だからこそ、英雄は英雄足りえる。

mae  tugi
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