Merry Mary Fin///

※書きたいと思っていたラストのところだけ


 * * * *


 ぽろぽろと泣く少女を見捨てることもできなかった。
 その結果が、これだとしても。後悔するわけがなかった。

 * * * *

 じわり。脇腹から血が流れる感触があった。あぁ、と目を見開いた少女が…… メアリーが小さくつぶやいた。背後に庇ったギャリーとイヴは、まだ、そのパレットナイフが赤く染まっていることには気が付いていない。

 ぐっとメアリーの手をつかみ、パレットナイフを取り上げた。

「揚羽!」
「っ、いい、大丈夫だ、かすり傷だ」

 イヴとギャリーを制しながら、途端に正気に戻ったのかおろおろとしながら「なんてことを」「わたし」「ちがうの」と自失状態で泣きそうな顔をしているメアリーを捕まえた。はっと顔を上げた彼女を見るに、これならば大丈夫だろう。

「…大丈夫だから」
「でも、でもっ! ご、ごめんなさい、わたし、ちがうのそんなつもりじゃっ」
「大丈夫だから、な? かすっただけだから」

 パレットナイフをさっとコートの中に隠し、傷口も軽く手持ちのハンカチで押さえ見えないようにする。
 かすった、などというのはもちろん嘘だ。
 メアリーはその感触でわかっているのだろう。いまだにおろおろとしている。ぐっと傷口を見えないように縛り込み、簡単に止血をした。これならば、それなりに持つことだろう。

「揚羽、本当に大丈夫なわけ…?」
「あぁ。血が少し出たが… 押さえておけば直に止まるだろう」
「……そう」

 いぶかし気なギャリーにしれっと答えれば、やはり納得した様子はない。それ以上の追及をされないようにメアリーの頭を、汚れていない手でぽんと撫でる。
 そろそろと背後からでてきたイヴがメアリーの手をきゅっとつかみ、ギャリーも仕方ないという顔でメアリーのことを軽くしかった。

* * * * *

「ねぇ、揚羽、本当に出られるの…?」
「あぁ」

 メアリーの手をつかみながら、人気のない美術館の中を進んでいく。イヴとギャリーが先を歩いており、彼らもまた同じように手をつないでいた。
 メアリーが不安そうに顔を上げる。

 美術館から出られるのは、本物のバラを持っている者だけ。

 メアリーが持つ黄色いバラは、残念ながら偽物だ。だから、本来であれば出ることはできない。揚羽はそれでも「大丈夫だ」とメアリーに何度も言う。その方法を聞いても、着いてのお楽しみだとはぐらかしてばかりだった。

「揚羽」
「大丈夫だ、メアリー」

 そして繰り返しこういうのだ。

「私が必ず、君を外に出してやる」と。


* * * * *

 巨大な額縁。
 その中の絵画には、どうやら向こう側の世界が広がっているようだった。

「これね!?」

 ぜぇ、と息を軽く切らせながらギャリーとイヴが額縁に手をかける。メアリーが泣きそうな顔をしながらあたりを見渡している。美術館の中が、暗く、黒く、崩れようとしていた。

「イヴ、早く!」
「う、うんっ!」

 ギャリーに引っ張り上げられながらイヴが額縁の向こうへと消えていく。揚羽がメアリーを抱き上げながら彼女を額縁へと乗せた。ギャリーもまた、額縁をまたぎ、向こう側へと降りようとしている。

「揚羽、メアリー、早く」
「あぁ」
「揚羽! やっぱり、やっぱりだめだわ、私は…!」

 きっと向こう側には行けない。
 メアリーがぽろぽろと涙を零しながら揚羽のコートをつかんだ。

「大丈夫だ」

 揚羽はもう何度めかわからないその言葉を繰り返した。

「これを持って」

 揚羽が白いバラを差し出し、メアリーに握らせる。「……え?」と戸惑ったようにメアリーが顔を上げた。いくらか花弁が散っているが、その薔薇は間違えることがない。彼の、揚羽の命の花だ。

「ど、どういうこと? 揚羽、ねぇ、」
「それは君のものだ」

 揚羽がメアリーの頭をなでる。驚きのあまり固まるメアリーの目線にあわせて、揚羽は静かにこう伝える。

「私はもう充分生きたよ、メアリー」

 だから、次は君が見てきてくれ。

 揚羽がメアリーの肩をとんと押した。待って、と言いながら手を伸ばそうとするメアリーに背を向け、そのまま、暗い美術館の奥へと消えていく。
 それがメアリーが見た揚羽の最後の姿だった。


* * * * *

 充分生きた。十分外の世界を見た。
 今日ここに来たのは、このためだったのだろうと思っている。
 だから、最初からこうするつもりだった。

「今日からは私がメアリーの代わりに、君たちの友人というわけだ」

 よろしく、と周りの人形たちに声をかける。
 あれだけ執拗に追い回してくれたマネキンや人形たちもすっかりおとなしく自分の周りを取り囲むだけであった。


 * * * *


 美術館の中で、黒いコートを抱きしめてはらはらとなく少女がいた。
 近くにたたずんでいた青年と、彼女と同じ年くらいの少女がおろおろと彼女を慰めたが、結局、それからずっと彼女が泣き止むことは無かった。

 コートを抱きしめている少女がふと顔を上げる。
 彼女たちの目の前の絵画は、ゲルテナ作品の中でも異色とされた一枚であった。
 こちらを見ながらずいぶんと穏やかにほほ笑んでいる壮年の男性の絵画だった。




mae  tugi
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