旧夢 | ナノ

▼先輩ヒロイン6

テスト期間を二週間後に控え、大会のない部活なんかは殆どが部活禁止期間になった。
勉学に励め、という学校からのお達しだ。
しかし当然というべきか、大人しく部活の時間を勉強に当てる奴はいない。

部活動から開放された生徒がごった返してしまうので、
帰宅部の子にとっては放課後の居場所が奪われることが多々ある。
「どこもいっぱいじゃねーか」
仗助君がそういう顔でドゥ・マゴを見渡す。

サッカー部のカップル、吹奏楽部の女の子達。
知ってる顔もあれば知らない顔もある。
この分だと帰り道の公園やカメユーも見知った制服が居る事だろう。
いっそ本当に家に帰って勉強でもしようか。

ドゥ・マゴをスルーして歩き出す私に、仗助君が遅れて付いてくる。
仗助君は困ってる、焦ってる、という顔だ。
放課後デートがふいになって、それを残念に思ってくれているとしたらちょっと嬉しい。
「家来る?」
私は考えもなしにポロッと言った。

「え」
仗助君がこちらを見て母音だけ漏らす。私も無言で見つめ返した。
彼の目は色々な算段をつけているみたいけど、少年漫画の様な展開は期待しないで欲しい。
「ちょっと片付けなきゃだし、家の前で待ってもらうようだけど」
「全然構わねーッス!」
「とくに遊ぶものもないし、お菓子もないけど」
「途中で買いましょーって!」
こんなことで、仗助君は嬉しそうだ。頬が真っ赤だ。

オーソンへ寄って、ポテトチップを掴む。
当然コンソメパンチだと思っていると、のり塩を持った仗助君と目がかち合う。
「のり塩派ね。」
「ナマエはコンソメ派ッスかぁ」
成る程、こんな所で意見が割れると思わなかった。

「じゃあ子袋の方にしようかな。それなら一人一袋食べられるでしょ」
仗助君は大袋が余裕なのか、大袋と菓子パンを買った。
私はポテチと、仗助君につられてやっぱり菓子パンを買った。
小さいくせに値段が仗助君のコッペパンと同じ、クリームの多いやつだ。
飲み物もパックのヨーグルトジュースを買った。

本当はプラ容器のやつの方が美味しいけど、たった200mlでパックより高い。
500mlも一度に飲めるってわけでもないんだけど。
だけど200mlが170円で、隣に500mlが110円で売っていたら200mlには手が伸びない。
私はその気持ちをそのまま口に出した。どうでもいい、愚痴である。
仗助君は黙って聞いていた。
「パックの方もそれなりに美味しいし、不満じゃないんだけどさ」
と締めくくると、仗助君は少し考えてからこう言った。

「俺ヨーグルト好きなんだけどよォ、大体腹壊すんだよなぁ」
「男の子は乳製品に弱いって言うもんね」
どこで聞いたかは覚えてないけど。
「だからパックは割高でも量が少なくて助かるって思うぜェ」
「成る程ねー。じゃあ顧客層はヨーグルトでお腹下す人向けだったんだ」
「カロリーじゃねーッスかァ。高けーし」
「うーん。確かにそうかも」
オレンジジュースの二倍はあるもんなぁ。というかカロリーとか言うな。

「ここが我が家です。」
住宅街の戸建住宅。目新しいデザインでもない二階建て。
「二階に私の部屋があるんだけど…ちょっと待ってて」
私は玄関に仗助君を待たせて、玄関からダイニング、階段までの道を確認した。
洗濯物とか、妹のぬぎっぱ靴下とかを回収する。
父の…雑誌は良いや。雑誌ホルダーにはもう入らないもの。
駆け足で部屋に行き、今朝の準備で散らかった部屋を片付ける。
教科書、鉛筆、左右が違う靴下を神経衰弱した跡、とかだ。

「お待たせ、あがって!」
「お、お邪魔します」
妙に緊張していた仗助君に声をかけると、彼は大きな靴を玄関で揃えて上がってくれた。
よくドラマなんかでとって食いやしないわよ、と言う気持ちがわかる。
とって食いやしないわよ。


「先に案内しておくと、トイレは階段上がってすぐ右ね。」
「う、ウス」
「こっちが妹の部屋。散らかってるから開いてても見ないであげて。ここが私の部屋。」

「おお」
仗助君が部屋を見渡す。
ポスターはない。けれどお手製の色々が飾ってある私の部屋はちょっと変だったかもしれない。
しまった方がよかったかな。祖母が来たときは大体隠すの。
色々見たい様子の仗助君をとりあえず座らせ、机の上にお菓子を載せる。
小さな座卓を挟んで向かい合う形。
それから私は、私と仗助君と等間隔にある本棚へ体を伸ばした。

「なんか聞く?」
やっすいラジカセ(CD付き)を開けて、カセットとCDの棚を見る。
「お、結構持ってるんスね」
「カセットはダビングばっかりなんだけどね。」

マンソンは…やめよう。グリーンデイ…悪かないけど…。
クイーン、ボウイどれにしよう。
いっぱいあるように見えて、CDは嵩張るからこれくらいしか持っていない。
まだカセットテープの方が我が家では主流だし。

「これは」
いつの間にか本棚を見ていた仗助君が呟いた。
結局私はグリーン・デイを小さめに流して仗助君の視線の先を見た。
「ピンクダークの少年…流行ってるっていうか…漫画好きの中ではちょっと流行ってるのよ」
「これナマエも読んでたのかー意外だったぜェ」
「うん。面白いよ。作者の粘着質な性格が出てると思うの。」
肩が震える仗助君。何かと思ったら笑っていた。
「プッ粘着質っククク…」
「いいじゃない、粘着質。そういう人のほうが面白いもの描くのよ。
この作者ってね、この辺りに住んでるんだって。杜王町によ。」

「知ってる」
意外な言葉にちょっと眉が上がった。知り合いなのかも。
「知り合い?」
「会いてーとか言うなよォ。俺は仲悪ィからよォ」
「そう、漫画家には会いたくないかも。読むときに思い出しそうだし。読む?」
読んでくれたら、この漫画の話ができるなぁ。

仗助君は笑った。そして言った。
「なんで彼女と居る時に仲悪ィ奴の漫画なんて読むんスか」
棘だらけのようだけど、仗助君が言葉にすればなんてことはないただの冗談だ。
いや、なんかその人と仲良さそうだな。
私はそこよりも『彼女と居る時に』という言葉が引っかかった。

『彼女と居る時に』

つまり、彼女と居るって時間を特別に思ってるんだろうか。
嫌だな。顔が熱い。私、ちゃんと彼女なんだねぇ…と感慨深くもある。
「な、何でそんなに嬉しそーなんだよ」
仗助君はつられて頬を染めてこっちを見た。

「ねぇ、何か勉強で困ってる事ってない?」
「ええええ!こんな時に勉強ッスか」
「何、他にしたいことってあるの?」
頬を掻きながら、仗助君は目を逸らした。
「そりゃありますって」
言わんとしてることはわかる。しかしなんだろう気が乗らない。
丁度流れてる曲が腹の出たおっさんが腐る曲だからとか
仗助君に魅力がないとかそういうわけじゃない。
むしろ仗助君に魅力がないなんてありえない。

「な、何スか。」
仗助君はあまり見つめないで、という仕草をした。
無意識のうちに仗助君をがっつり見ていた。穴が開くとしたら今かもしれない。
さっきまで仗助くんの彼女なんだぁ…幸せ、と思っていたのは確かだし、今も凄く幸せ。
いっそ幸せすぎて次の段階になんか進みたくないんだ。

なんだ、そういうことか。
「勉強、本当に困っていないの?」
「え、」
「最近仗助君に勉強教えてるじゃない。成績上がったら凄く嬉しいよね。」
仗助君に微笑んでみせる。素っ頓狂な顔が可愛い。にやけていないか不安だ。
「私、仗助君の為にできることってこれくらいなの。テスト期間だしさ」
勉強だと聞いてがっかりしていた仗助君が明らかにやる気になった。
仗助君は実は結構単純だ。可愛い。

「あ」
仗助君は自分の鞄を掴んだところで固まった。
「何、どうしたの。」
「教科書…全部学校」
「テスト期間だよ?」

信じられない。
そう思って見やると、仗助君は照れくさそうにニコっと笑うだけだった。
去年の教科書を探すところから勉強になりそうだ。

To be continued


| novel top |


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -