旧夢 | ナノ

▼先輩ヒロイン2

救急車に男が轢かれて死んだ。
どこのコントだ。
朝刊に載ったその情報を眺めながら熱いコーヒーを飲む。
寝起きにブラックを二口、それから牛乳をコップギリギリまで入れてコーヒー牛乳へ。
そうしないと熱くて飲むのに時間がかかる。時間の無い朝を過ごせない。

「熱っ」

だからブラックは熱い。
口の中がヒリヒリする。これは朝食の味がわからないな。
そうと決まると味わうことをしないで口に入れて工場のラインみたいに無機質に噛む。
学校へ行く準備が整うと母さんに「行ってきます」と挨拶して家を出る。

冬の朝の。身の締まる空気が好きだ。
朝靄と少しの薄暗さと、凍てつく雑草が昔読んだギリシャ神話の死者の国をなんとなく思い出す。
別に共通点なんてないけど。

私はいつも学校の始業時間より1時間程早く着く。
宿題はその一時間で大体終わらせる。気が向いたら前日の夜に宿題をやることもある。
昨日やってしまったので今日は宿題はないな。と思いつつ、体のサイクルなので仕方なく登校。

最近、登校中に東方仗助を見かけるようになった。
不良も朝は早いんだなぁと思ったが、最近からなので真面目に勉強でもしているのかもしれない。

冷たい教室に、当然だけど一番に着く。
人は居ないけど人の居る気配はある。教室って結構不思議な空間だ。寒いけど窓を開けて換気する。
今時お祖母ちゃん家くらいでしか見かけない旧式の石油ストーブの灯油を確認する。
灯油係なるものがクラスにはあるけど専ら私がやっている。
係りの人が少しばかり早めに来ることもないので実はいらない係りだ。
早く来るのは私の勝手なので文句を言うつもりもないが、帰りに入れてくれればいいのに。
とりあえず、今日は灯油がないので灯油を取りに行く。

全クラスの灯油が入った倉庫の鍵を職員室から借りて、倉庫を開ける。
他のクラスが取りに来るので鍵は刺しっぱなしでいいそうだ。
毎回、その灯油の重さに舌打ちしたくなる。
重いし、凄く冷たい。容器に少し灯油がついているので手袋は使いたくない。
その為に悴んだ手を冷たい水道水で洗わなければならない。馬鹿みたいに面倒臭い。
スカートに容器が触れることも避けたい為、どんなに重くても背筋を伸ばして腕を前へ伸ばした、
どっからどう見ても良い姿勢で歩く。手はプルプルするし、心は悪態で一杯だ。

「ミョウジ先輩、俺が持ちます。」

ガタイの良い一年生。東方仗助だ。何て格好良いことを言うんだろう。
現金なもので、友達みんながイケメンだと言うような、好青年の笑顔よりも、
現実的な好意の方が心を掴むものだ。いつだか坂の上で会った時よりも格好良い。
これは学校中の女の子が騒ぐのも頷ける。

「ありがとう、じゃあお願い。」

なんとか手をもう少し上げて受け取りやすいように角度を変える。
東方仗助の私より大きな手が触れる。熱い手だ。
私にとっては重い灯油も彼の手にかかればそんなに重くないのだろう。辛そうには見えない。

「東方君、最近早いね。」
「え!?」
「よく登校中に見かけるけど、前はそうでもなかったよね。」

東方仗助は何を驚いているのか。妙な沈黙が続く。
私の教室に着くと東方仗助はそのまま何も言わずに灯油をストーブに入れてくれる。
凄い。私のクラスにそんな子いない。この子の母親はきっと幸せだろうな。

「ミョウジ先輩も朝早いッスね。」

少し上がり気味の声で東方仗助は言う。実は人見知りなのかも。

「え、ああ。うん。いつも朝宿題やるからね。その方が集中できて。」
「そうッスか。偉いッスね」
「偉いって何よ。宿題やらないのが標準とか?」

無言の東方君に思わず笑う。

「こんなに早く来てるんだから少しはやりなよ。今日は私、宿題ないから見てあげようか」
「ほ、本当ッスか。今もって来ます!」

空になった灯油の容器を持って東方君は走っていった。
席について鞄から手帳を出す。見てもなんの予定もない。
すぐに東方君が戻って来た。私は後ろの机を軽く叩いて言った。

「此処に座りなよ。その方が見やすいから。」

こんな大きな体で学校の机に収まるのかしら、と思ったけど彼にとっても日常なのよね。
東方君は素直にに座ると宿題を出した。ははぁ、数学は苦手だけど、どうにかなる。
その後暫く、東方君を見守って、教えて、見守ってを繰り返す。
ずっとソワソワしている東方君は余程勉強が苦手なのだろう。
でも教えればすぐに飲み込むのでこれは勉強次第で好成績が見込めそうだ。

「ミョウジ先輩」

突然手を止めて、視線を上げて真っ直ぐ私を見る。
ハーフなのは知ってたけど、目の色が緑なのは知らなかった。凄く綺麗だ。

「土日、開いてないッスか。」

「開いてるよ。見てこのスケジュール」
と即座に答えられたらどんなにぶち壊しだろうか。
残念ながら私は「え」と母音を発音した程度で固まってしまう。
つまりどういうこと?思考停止気味の私の手を今度は両手で掴んで凄む。
平熱を取り戻した人より暖かい私の手でも東方君の手は熱かった。

「土日どっちか、俺とデートして下さい!」

丁度、教室にクラスメートが入ってきたところだった。
確実に張り上げた東方君の告白はクラスメートに聞こえていた。
この後、HRが始まって東方君が居なくなったら凄く気まずいことになりそう。
アルバイトより楽ちんな学校をサボりたい日が来るとは思わなかった。
手を離してもらって、鞄を持って東方君に着いて来る様に言う。
クラスメートがこちらの会話に耳をそばだてているのがよくわかる。

廊下へ出てきた東方君に
「今日はどうかな?」と小さい声で言った。
こんないい男に誘われて、断るのは間違っている。
東方君は「グレートォ…!」と呟いて(何ソレ)

「勿論OKッス!!」と元気良く返事した。

一旦自宅へ帰って制服から着替えよう。可愛い服を見繕って来なければ。
折角やった宿題が提出できないことは少し残念ではあったけど、とてもいい気分だった。

To be continued


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