ノート | ナノ
  0216 / ブチャラティ
腕をとられて、痛くもないのに「痛いわ」と声を研いだ私のことを無視して、ブチャラティが自分の背後にジッパーを開いた。背の高い彼は、ミュールで身長を伸ばした私のことでさえ見下ろして、うっすらと暗いジッパーの中に引っ張り込んだ。流れるように腰に回った腕に導かれるまま身体同士が密着する。彼の後ろで、ジイッと音を立てて空間が閉じてしまう。どこへともなく彼は背中を預けると私を抱きしめたまま、深くため息をつく。
「何をそんなに怒っているんだ」
「怒っているわけじゃあないわよ」
じゃれるように、彼の指や唇が、喉や唇や頬にふれては離れていく。いつも生真面目な彼も、こういうときにはやっぱりイタリアの男だ。人の来ない暗がりに女を連れ込んでこんなことをしているくらいなのだから、染みついているのに違いない。イタリアの男なんてのはどいつこいつも。
「聞きたいのはそれだけ?」
怒ってはいないけれど少し不機嫌だったことに、彼が気付いてくれたのは素直に嬉しかった。これ以上のわがままを言いたくないのに彼はやさしい。彼は、探るような目と手つきで、次の一言を出しあぐねている。その間にキスがひとつ。耳のそばで、彼が熱い息をつく。
「お前はオレに、何か言うことがあるんじゃあないのか?」
「…ティアーモ?」
「はぐらかすな」
そう言いながら悪い気はしないようで、彼は私の顎を取り上げてまたキスをひとつ。

0317 / 降谷零(DC)
「これは?」
「職場で配るチョコです」
「贈賄じゃないのか」
「気配りと言ってください」
「それにしたってこんな大げさな箱で…勘違いするやつもいるだろうに…」
「単価にしたら100円以下ですよ。お土産感覚で配り歩いてるものに勘違いもないでしょう」

しかしな…とまだ何か言いたげな降谷さんに構わず、箱を紙袋に戻した。大手化粧品会社の子会社である菓子店の定番商品で、1月末から2月の2週目まで、通販サイトで露骨に見かけるようになる。
去年はどの程度気合いを入れたものかわからずにとりあえず全員個別包装のチョコレートを用意したが、結果的に全員から合同で大箱のチョコレートのお返しを頂いて逆に恐縮しきりとなった。

「そういう立ち回りが身に付いたのは、もしかして今年からじゃないか?」
「……なぜです」

紙袋を凝視していた降谷さんが、顎に手を当て、ちらっと窺うようにこちらを見た。嫌な予感がしているのに、聞かずにいられなかった辺りが私の敗因だ。

「君は律儀なところがあるし、僕との関係をなかなか前に進めなかったことからも伺える通り、保守的だ。普段の仕事中も淡々としているんじゃないか?その分、イベント事にかこつけて職場での立ち位置に多少の上方修正を施そうと思うが、ばら撒きとはいえ礼を失さない程度に、となると加減がわからず、最大限に丁寧な準備をしたのではないか……と考えたところで、じゃあそれをやめた理由は?と疑問が出てくるわけだ」

憶測で喋っている。間違いなく。なのに心当たりのある付近まで見事に投げ込んでくるからこのひとはおそろしい。
ハロが無邪気に彼の足下へやってきて膝頭に鼻面を寄せている。ハロに免じて、この空気がどうにかなるのを期待したものの、降谷さんは黙秘を貫く相手に容赦する人ではなかった。

「つまり以前は"お土産感覚で配り歩くもの"ではなく、各個人に渡される質のもので、問題に発展するほどではないが、些細な誤解を招くものではあった、ということじゃないか?」

淡々とした表情ながら、一語一語を区切って強調する言い方には圧力がある。これは実際の被疑者を尋問するときに使っている手法とどのくらい差があるんだろう、とつい関係のないことを考えてしまった。吐かないとどうなるかわかるか?こうだ、と目の前で示されながらであったらどんなにかおそろしい………

「聞いているか?」
「はい」
「で?どうなんだ」
「気になりますか?それ」
「物事をはっきりさせておきたい性質でね」
「付き合う前のことじゃないですか」
「でも同じ人物がまだ職場にいるだろう」
「………」
「君はわかりやすい」

深いため息を落とし、降谷さんは彼の手を待ち侘びるハロの頭を撫でた。

全員まったく同じ見た目の包装で、中身にも大差はない。でも渡すタイミングの違いで、「これって俺だけ?」という軽い誤解を生んだのは確かだった。
でもすぐ「全員もらってるよ自惚れんな」って言ってくれるおじさん方がいたし。他意はなかったし。
なのにこんなに怒られる道理がわからない。

「危機管理意識が足りないからだ」
「女房の妬くほど亭主もてもせずって言うじゃないですか」
「…………僕を女房役にするなよ」
「まああなたは妬くほど心配させる亭主ですよね、きっと」
「その発言にも他意がないつもりじゃないだろうな」

コーヒーを用意する手が止まった。まだ怒っていて眉を吊り上げている降谷さんを宥めたくても、これ言ったら重くない?というセリフしか思いつかない。

「なってくれるんですか?亭主……………いえ、あの、なんでもないです」


0213 / 降谷零(DC)
私が走馬灯を流している横で、降谷さんのRX-7講釈はまだ続いていた。
不意にぽつりと出現した会話の記憶の中で、自分の声が、なぜか得意げな調子で語り出す。
「苦手なタイプ?男の人で?…車の薀蓄が長い人かな。車あんまり興味ないし」
だから本当は降谷さんも苦手な人の分類に入っているべきで、顔がいいからスタイルがいいから無罪などということはひとつもないんじゃないのか?

激しいドリフトで車体が斜めに振られ、尻がわずかに浮き上がった。次いで肩に加わった強い衝撃はガチガチに食い込んでくるシートベルトのせいと気付く頃には、時速180kmの爆速に耐え切れず座席に磔になっていた。
むちゃくちゃをやる男に振り回されているこの状況で、終始込み上げてくる笑いの種類になんとなく覚えがある。なんだったっけ、と内省的になる暇など、しかし彼のドライブテクニックの前には皆無だった。

顔のよさとか社内での地位とか金持ちであるとか、そういう世間的に良いとされる諸条件を揃えていたとしても、無神経な発言や許可を得ない接触等々で接待の場でさえ女性に蛇蝎の如く嫌われる男がいるように。恵まれた身上にありながら、女から敬遠されるツボを迷いなく押してしまう男は確実にいる。
降谷零が車の助手席に女を乗せてもロマンスになりえない理由は今日わかった。

「そんなこと言って、今日のドライブはずいぶん楽しんでくれたようじゃないか」
「ジェットコースター乗って大笑いする人っているじゃないですか。私あれです」


0111 / 及川徹
今日の全校集会を終えれば夏休みという、その朝の教室には、なんとなく名残りを惜しむような、かと言ってそういった空気を振り切りたがるようなざわめきがある。そわそわして落ち着きのない雰囲気に、家に帰って何をしようかなどと気の早いことを考えていた。
「夏期講習受けるの?」
横合いから軽い調子で声をかけられて、私は努めてゆっくりとそちらを向いた。
「うん。一応受験生だし。そっちは推薦?」
「まだ考え中」
だらしない頬杖をついた及川くんが口先だけもごもごさせて言ったのをかろうじて聞き取って、私は愛想笑いをした。
まだ部活を引退していないらしいと聞いたし、そもそも彼ほど有名な選手ならスポーツ推薦で行く当てもあるだろう。下世話な勘繰りをしながら、会話がそれだけで流れたことには安心していた。
……隣の席に座るクラスメイトが苦手だ。別に及川くんが悪いわけではない。相手の顔がかっこいいというだけでなんとなく挙動に気を遣ってしまったり、ふとしたときに話しかけられて緊張したりする自分の自意識過剰なところが炙りだされるのがたまらなく嫌になるだけなのだ。

「今日誕生日なんだよね、おれ」
「え……おめでとうございます」
毎回どうして急なのだろう。うまい返しが出てくるわけもなく、はっきりと戸惑っているこちらの反応を見て、及川くんは笑っている。
「なんで敬語?」
「祝辞だから?」
「──さんってそんな適当な感じだったっけ」
「そうだよ」
「知らなかった」
やりとりの合間に何かお菓子でもなかっただろうかと通学用のカバンの中を漁っていると、「何してんの」とまた無邪気な感じで声がする。
「何かあげられるものあるかと思ったけど、ごめん、なんもない」
「えー」
180cmを超える巨体が、机の下でじたじたと長い脚を揺らす。見た目に反した幼い動作が普段の彼のものとは言えないが、時々構われたがるみたいにこういうおどけた挙動をしては隣のクラスの岩泉くんにどつかれているのは知っている。
私はもう一度「ごめんって」と言って及川くんと同じように頬杖をついた。
「明日から休みじゃん」
「うん」
「ライン交換しとこうよ」
「いいけど、別に連絡することなくない?」
「うわ、冷たい。おれはしたいんだからいいじゃん」
「したいの?」
「したいよ。そっちこそ、今のは言わせたでしょ」
意図してそんなことできないけど。全然どういう態度で接したらいいかわからないけど。でも、たぶんまだもう少しくらい自意識過剰でいられる余地はあるらしい。

0110 / 及川徹
「なんかさぁ、……付き合う前とかのきゅんとくる話して」
徹は爪を整える手を止めて、しばらく動かなかった。仕方なく雑誌から目を離すと、怪訝にこちらを窺う目と目が合う。
「今はキュンとしてないってこと?」
「爪切ってるだけの人にどうきゅんとすんの」
「付き合い始めは及川が部屋にいるだけで嬉しい…って言ってたじゃん」
「付き合い始めの話じゃん」
「じゃあやっぱ今はキュンとしてないんじゃん」
キュンキュンうるさいな。変な間が空いて、それを埋めようと「だってさあ」ととぼけた声を出してしまう。だって、とは言ってもその先を考えていないので何も続かないのに、徹は私の顔をじろじろと眺めている。
「……付き合う前のこととか覚えてない。以上」
「うわーぶったぎったーひどい」
私の半笑いを見て、彼はここまでの会話の発端を単に軽い冗談と思ったようだった。堅い爪を切るぱきりぱきりと規則的な音が再開する。
お互いの遠慮のなさも一個の原因であるとは思うけれど、それ以上に、慣れが出てきているのだ。家に帰りついたらイケメンが待っているという、彼と付き合う以前なら妄想でしかなかった出来事に慣れてきている。たぶん徹の顔にも耐性がついてきた。正面から見つめる度に、「ああ、及川徹だ」と感慨に耽るような回数は格段に減った。

徹の高校時代のチームメイト、花巻貴大の彼女とは個人的に付き合いがある。当の男たちを差し置いてふたりで飲みに行くくらいの友だちでさえある。その彼女と話すときに、やっぱり話題に出るのだ。
「家にイケメンいるの慣れてきたよね。いやかっこいいんだけどね」
本当に大いにまったくの同意だった。かっこいいけど、でも実生活の中で目にする分には珍しいものではなくなった。珍しいとか目新しいとかそういうことだけで好きになったわけではなくても、だらだらと半同棲なんかやっていると顔面よりももっと直截に見えてくるものがあるのも事実なのだった。

「ていうかさ」
「うん」
「俺はずっとドキドキしてるよ、お前がいると」
切った爪を包んだティッシュをゴミ箱に入れながら、なんでもない風を装っているくせに、そのくせ彼は照れている。これは確実に狙ったでしょ、あざとい、実にあざとい、などという軽口もおいそれとは言えない。
「………」
「……スルーはやめよ」
「いや、ごめん。スルーしたつもりじゃなくて。ごめん、ほんと、好き」
きみからの愛に気付かなかったなんて、などと往年のラブソングのようなフレーズが頭の中で弾力を持って転げまわっている。これは今まさしくきゅんときていると言っていいんじゃないか。ほんと。


1216 / ポルナレフ
彼女は左手の指の先で目の上にかかった前髪の一房を避けて、それからようやく俺からの視線に気付いたように目線を持ち上げた。手元の本のページを一度、右手の指先でこつりと叩く。なに、と小さくひそめた無愛想な声。彼女はいつもそうだった。
「目、悪くするぜ。たき火じゃ暗いだろ」
「平気よ」
カルカッタの古書店で俺が買ってやった日本語の文庫本を、彼女はていねいに、何度も読んでいた。
「お前ってよォ…黙ってりゃあかわいいのにな」
「…伊達男のお眼鏡にかなって光栄よ」
あっさりと視線を活字に戻して、彼女はうっすらと笑う。今にも、やれやれ、とでも言い出しそうに呆れた微笑のまま彼女はその白くて細い指先でページを繰る。きっと言えば妙な顔をして否定するだろうが、こういうときどきする仕草が、この少女は承太郎と似ていた。こうして長いこと一緒にいるんで仕方ないと言えないではない。が、いかんせんあんなようなのがふたりもいるのは俺は嫌だ。
彼女は彼女らしくしているのが美しいのだし、かわいらしい。
「何だよ、本気にしろよなァ」
「あなたが本気で言うんなら、ちゃんと考えて答えるよ」
「本気で言っていいのか」
「うん?」
「お前、かわいいぜ。あと数年磨けばいい女になれる」
彼女が文庫本を閉じる音がした。たき火のはぜる音はずっとしている。砂漠の夜は静かだ。膝に抱えた本の表紙を確かめるようにじっと眺めてから、彼女はそっと顔を上げた。
「…そうやって真剣な顔をしているとあなたって最高に素敵よ、ジャン=ピエール」
恥じらいよりはすこし困った気持ちが強いような様子で彼女は眉を下げて、ささやくような色っぽい声で言った。普段の無愛想な様子など冗談みたいな彼女のこの表情や声を、他の仲間も知っているのだろうかと思うだけで俺はなんだかもどかしい気持ちになる。
俺は今みたいに彼女にファーストネームを呼ばれるだけだってこんなに動揺している。
きっと今に“お嬢さん”などとは呼べないような、最高の女になるだろう。

0722 / 仙道彰
ロッカールームの外の廊下に、手持無沙汰な様子で彼女は立っていた。ぼんやりとうつむいて、どこか一点を見つめている。

「どうしたの」

声をかけると華奢な肩が弾かれたようにこちらを向いた。小さい歩幅でこちらへにじり寄ってくる眉間には、考え込むようなしわが寄っている。

「ねえ仙道、ぎゅってしていい?」
「……なぐさめてくれんの」
「ううん、試合見ててちょっとミーハーな気分になったから。ファンです、仙道くんの」
「そうなの?かわいいこと言うなあ」

宣言通り、細い二の腕が腰回りをホールドする。おれ汗かいてるよ、と言ったのに、彼女はしばらくそうしてくっついていた。


0608 / 立花仙蔵/現代パロ(転生)
「あなたって完璧なのよ。付け入る隙がないの」

女は事もなげに言った。紙パックの飲み物の残量を確認しようと軽く振る手元を見つめている。

「褒め言葉のように聞こえるが」
「褒めてますとも。でも完璧な人って息が詰まるんでしょうね、きっと」

視線はゆるりと上を向く。仙蔵と彼女の目が合った。―─変わったものはたくさんあるよ、と。以前の彼女と変わりない目をして言う。

「少しくらい隙のある方が、女の心には響くものよ」
「お前に女心を説かれるとは、複雑な気持ちだよ」
「さっきも言ったけど、私もう──じゃないのよ」

―─変わったものはたくさんあるよ、何が一番変わったって、名前がね。
ストローを口にくわえて、どこともなく遠くへ視線をさまよわせて、彼女は仙蔵の言葉を待っている風ですらあった。膝上丈のスカートの端をかすかな風にはらはらと煽られるままに呆然としているこの女が、仙蔵にはやはりあの六年間を共にした少女に見えた。六年、髪の毛一筋すらふれた試しのない女に。

「以前の名前で呼ばれるのは嫌か?」
「嫌というんじゃないけど、ただ、みんな今の私の名前なんか知らないみたい」

あの頃は腰まであった長い髪の見る影もなく短い髪に指を差し込んで、彼女が言う。かろうじてうなじを隠す程度の黒髪が風を受けてわずかになびく。

「隙がないのはお前の方だろう。お陰で口説き損ねている」
「それは、あなたがいくじなしなの」

彼女は立ち上がって手すりの上で腕を組んだ。ふたりの足元にころりと転がった紙のパックが寝返りを打つ。


0127 / グイード・ミスタ
「なあ、本当は分かってんだろ」
近道に通り抜けようとした裏路地の、昼間だというのに広がる暗がりに立ち止まって、私は彼を見上げていた。分かっていたとしたって私がそれを口に出す女ではないことを彼は知っている。私がずっと、私にはあなたひとりだけ、なんて厚顔に言い放つような女になりたくないために彼の言うそれに気付かないふりをしてきたのだって、私は誰にも言ったことがない。
「しょうもない男だったよなァ、あいつ」
自分がたったひとりのための女になるのが怖い。それを怖がっている私のことを知らずに、私の都合なんかは何にも知らなくても私のことを愛していると言って抱きしめてくれる男が必要だったのだ。
ミスタが私をそういう目で見ていることを知っていた。私が支えもなくぐらぐらと揺れているのを彼が見過ごしておけないだけだと初めは思った。愛されているかもしれないなんて思えなかった。まるで呪いみたいに私は、自分から愛した男に愛された試しがなかったから。
「追いかけなかっただろ、あいつのこと。俺のこと見て安心したんだろ。じゃあそういうことじゃあねえのかよ」
「ミスタ」
苛立ったようにまくし立てる彼は詰め寄ってきて私を壁際まで追いやった。私は彼の真っ黒い目を見返す。愛し愛されるなんていうこととは無縁そうな南イタリアのチンピラの、底抜けに真っ黒な目。
「そんな目で見んじゃあねェーよ」
かさついた、厚ぼったい男の唇が熱を持っている。湿った舌が、頑なに拒んでいるはずの私の唇を割って入り込んでくる。
愛だの恋だのは身体がかゆくなるとでも言いそうな男なのに、どうしてだか今はそういう気分でいるらしい。私がくだらない女だと知っていて、けれどそんなのお構いなしに彼は私を自分のものにする気なのだ。


1203 / 黒尾鉄朗
「誕生日、本当にいいの?」
「いい。だいたい、お前に金使わせるようなことじゃねえだろ」
「私が何にお金使ってもいいでしょ別に」
「だから、もらう予定の俺がいらないって言ってんの」
これが昨日の会話。何ほしい、いらない、の応酬は、確かにこれまでもたまにあった。でもこんなに頑なな態度で断られたことはなかった気がする。幼馴染をやっていたときでさえこんなやりとりはあった。毎度「彼氏に金使えって」と言ったくせに。
「そんなこと言った?俺」
「言った。彼氏がいないって言ったらウケてた」
黒尾は思い出した、と言ってそのときと同じようにケラケラ笑い出した。それからふと静かな横顔になって言う。
「お前、やたら気合い入れて物くれるじゃん。そういうのちゃんと返せないし、俺。金ないから」
「べつに、お返し期待してあげるわけじゃないのに」
「俺が気にすんの」
「律儀なんだから」
「そういうところが好きだろ」
茶化すように笑っている黒尾鉄朗の、横顔が好きだ。笑うと、たれ目が無防備な感じにさらに下がるのがなんだかすごくかわいく思えてたまらないから。
「ちょっと恥ずかしいでしょ、今」
「お前、心読めるの?テツロー怖い」
茶化しているくせに照れくさそうな彼をかわいいと思う。図体が大きかろうが普段がうさんくさかろうがどうしたってそう思えるのだから仕方がない。

「お前今、俺のことかわいーとか思ってる?」
「男の人なんかみんなかわいいよ」
「女子高生のセリフじゃねえよ…」


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