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今日も今日とてぶらぶら散歩をしていると、公園の隅で猫を撫でている丸まった背中を見つけた。

「いーちまつ」

のっそりと振り向いた一松は、猫を構っていたせいか少し表情が柔らかかった。

「猫?」
「…うん」
「私も撫でようかな」

一松の隣にしゃがみこむと、私が撫でるスペースを開けてくれた。
ごろんと転がっている猫の首には赤い首輪がついている。

「あ、この子飼い猫なんだ」
「よくここに逃げてきてる」
「そうなんだ。人懐っこいね」
「うん」

そこから二人で無言で猫を撫で回していると、私たちの方にサッカーボールがころころと転がってきた。
それに反応した猫が、ボールにちょっかいを出そうとして機敏な動きをした。可愛い。

「すみませーん、ボール…あ!猫だ!」
「猫!?」
「猫だー!」

公園のグランドで遊んでいた小学生達がこっちに走ってきた。
一松はびくっとしていたけど、猫は人に慣れてるみたいで動じなかった。
たくさんの小学生に囲まれてちやほやされている猫と、この場から逃げ出したそうな一松。

「これお兄さんたちの猫ですか?」

小学生の丁寧な言葉に、「いや…どっかの飼い猫」と一松がぼそぼそ答える。

「ほんとだ!首輪ついてる」
「かわいいー!」
「みんなサッカーはいいの?」
「いいの!猫可愛いから!」

サッカーそっちのけできゃーきゃー言ってる君らの方が可愛いよ、と心の中でにやにやした。
誰も猫を飼ってないし野良猫にはすぐ逃げられるから、こうやって猫を撫でまくれるのが楽しくてしょうがないらしい。
小学生たちは猫について一松に色々聞いていた。
一松は無愛想ながら質問に全部答えてくれるので、小学生たちの間で一松はもう“友達”になったらしかった。一松は全く気付いてなかったけど。
そのうち猫が帰る時間になったのか、私たちを置いてどこかに行ってしまった。
猫が帰ってしまったので私たちもそろそろ帰ろうかと思ったら、小学生が「サッカーやろう!」と一松に群がっていた。

「え…」

すごく困惑している。
一松、こんな風に子供に好かれることってなかなかないもんね。

「やったげなよ一松、私ここで見てるから」
「は、ちょっ…杏里ちゃんもやってよ」
「お姉さんもやる?」
「うーん、私下手だからなぁ…」
「大丈夫!気にしないよ!」
「やろう!」

なんていい子たちなんだろうか。
一松はたぶん帰りたかっただろうけど、子供たちの期待に満ちた目に押し負けたようだった。

「はぁ…めんどくさい…」

子供たちに聞こえないように、ため息混じりに呟かれた一言。

「サッカー嫌い?」
「別に…」
「あ、一松、これは青春ごっこだよ。学生時代に戻った気分でやってみようよ」
「学生時代も別にサッカーやってたわけじゃないんだけど」
「お兄ちゃんこっちのチームね!お姉ちゃんはあっち!」
「はーい。一松行こう」
「めんどくさい…」

ポケットに手を突っ込んで、猫背のままのろのろと指定されたポジションに向かう一松。
試合開始の合図と共に、グランドの真ん中からボールの取り合いが始まった。
みんな楽しそうにやってるなぁ。
私はゴール前を守るポジションにいたけど、私たちのチームの方が押しているようで、ボールはもう向こうのゴール前に迫っていた。

「パス!」

ボールを蹴っていた子が、味方チームの子の方へパスを飛ばす。

「お兄ちゃん取って!」

相手チームの子が叫び、指示された一松がしょうがなさそうに、でもいつもよりは早い足取りでボールの方に向かった。
ポケットに手を入れたまま四歩でボールを取った一松は、私のチームの子をかわしながらこっちに向かってくる。
うわ、なんか余裕そう。表情は全く変わってないけど。
ていうか、一松こんなにボールさばき得意だったんだ…!知り合ってから初めて知った…
囲まれて進めなくなっても、足先でころころ転がしながら…これドリブルっていうんだっけ?ボールを取られないようにしている。
輪から抜け出した一松は、同じチームの子にパスを出した。ボールは迷うことなく相手の子に向かっていく。
その子がそのままゴールの方に向かってきた。あ、止めなきゃ…!
子供相手に本気を出すのもどうかと思ったけど、何とかボールを食い止めることが出来た。それを同じチームの子へ蹴る。
でもボールが渡る前に、また一松に取られてしまった。

「あー!」

思わず悔しい声が出てしまった。
そんな私を見て一松がにやりと笑う。
ボールを取り返そうとする子供たちや私のこともひらりとかわして、一松が初ゴールを決めた。

「やったー!」
「お兄ちゃんすごーい!」

相手チームの子が一松に駆け寄って行く。ハイタッチを求める子供らに、一松が試合開始後初めてポケットから手を出した。

「あのお兄ちゃん強いねー」
「ごめんね、私止められなくて」
「いいよ!次頑張ろう!」
「うん、頑張ろう。あんな片手間でやってるような奴に負けたくないよね」
「ねー!」

私の言葉に同じチームの子たちが楽しそうに笑う。

「お兄ちゃん、あんなこと言われてるよ」
「ん?…片手間で潰してやろうぜ」
「つぶしてやろー!」
「イェーイ!」

なかなかに両チームとも盛り上がってきたみたいだ。
そこから試合は白熱し、一松のチームが二点差で勝った。
あー、久しぶりにこんなに運動した…でも楽しかった。
子供たちは勝った子も負けた子も関係なく一松に集まってわいわいしていた。すっかり人気者になったみたいだ。微笑ましい。

「じゃあね!またサッカーやろうね!」
「ばいばーい!」
「ばいばい」

夕暮れ、公園から去っていく子供たちに、一松も無言で手を振っていた。

「あー楽しかったね!」
「疲れた」
「そんなこと言って、一松も楽しそうだったよ。あんなにサッカー得意なんて知らなかったなぁ」
「別に得意じゃない。小学生に交じってたからそう見えただけでしょ」
「そう?すごくかっこよかったよ」
「は……」
「一松、運動部に入ってたら絶対モテてたよ。あそこまでボールさばき上手い人ってそんなにいないと思うし」
「……」

一松がもっと猫背になった。たぶん照れてる。

「…べ…別に……モテるとか、別に……」
「あはは、そんなこと言っちゃって。一松さん動揺してますね?」
「うるさい」
「でもほんとにかっこよかったなー。今度は応援する側で見てたいよ」
「………」
「地元のサッカークラブとかに所属したら、ファンができるかもよ」
「…いいってそういうの」
「ほんとだよ!」

ああもったいない。こんな一松の姿、もしかしたら私とあの子供たちしか知らないかもしれないのに。
純粋に、一松の知られざる一面をみんなに知ってほしい。そしたら一松も自分に自信持てるんじゃないかな。
なんてことを考えていると、一松の歩みが遅くなった。
あ、ちょっとしつこく言い過ぎたかな。
謝ろうと隣に並ぼうとすると、

「…ほんとに?」

と小さい声が聞こえた。

「ほんとほんと。絶対モテるよ」
「…そっちはどうでもいい…」
「え?」
「……杏里ちゃんが、かっこいいって、思ってくれるなら…俺は、それでいい…」

たどたどしい台詞でも、私をときめかせるには十分だった。
一松もこんなに可愛いこと言うんだな。

「…よし、じゃあまたサッカーで青春しよう!」
「杏里ちゃんがいないとやらないからね」
「ふふふ、私だけ特別かぁ」

そう言うと、一松は一瞬黙った。



「……そうだよ。ずっと前から」



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