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今日は珍しく朝早く起きた。
顔を洗って服を着替えて、エプロンを着けて台所に立つ。
これから青春クラブの活動の一環として、十四松のためにお弁当を作るのだ。
元々は野球の練習の応援に来てほしいという頼みだったけど、せっかくだからサプライズでお弁当を持っていくことにした。部活感だけじゃなくてリア充感も増すぞこれは。
でも学生時代はお母さんに作ってもらったお弁当か購買のご飯だったから、人のためにお昼を作るなんて初めてに近い。
今日のために色々なレシピを本やネットで見て構想を膨らませていたけど、ちょっと不安だな…
まあ、やってみないと始まらないよね。
お父さんが昔使っていたという大きい二段のお弁当箱を用意して、さっそくおかずから作っていこう。
まずはタレに漬けておいた鶏肉を焼く。
これが今回のメインだ。いっぱい入れてあげよう。
海苔入りの玉子焼きはなかなか上手く巻けたと思う。
ブロッコリーのごま和えと焼き厚揚げとひじきの煮物と、プチトマトも彩りとして入れよう。
あとはご飯をつめて梅干しを乗せて完成。
ちょっと詰め込みすぎたかな。でも十四松、これぐらいなら一瞬で食べちゃいそう。
いわゆる女子力高い盛り付けじゃないけど、肝心なのは味だよね。
まずくはないはず…おいしいと思ってもらえたらいいな。
あー、なんか緊張してきちゃった…!
青春ごっことはいえ、ご飯をおいしいと思ってもらえるかどうかってかなり重要かも。
ドキドキしながらお弁当箱をナプキンで包んで、水筒と一緒にリュックに入れた。
日焼け止めをしっかり塗って家を出る。
今日十四松が練習しているのは、少し遠い海沿いの公園だ。
グラウンドが広くて野球の練習に持ってこいらしい。
小さい子供たちがいるアスレチックゾーンを通り抜け遊歩道に出ると、木々の間から見下ろせる位置にグラウンドがあった。
丸いそのど真ん中に一人、太陽の光をいっぱいに受けた十四松が素振りをしていた。黄色いユニフォームが似合ってる。
こっちに背を向けていて、私が来たことには気付いていない。
しばらく眺めてよっと。
グラウンドの周りは全部石段の観客席になっているので、その一番上にリュックを下ろして腰かけた。
高校時代にも時々、三階の自分の教室から十四松が一人で素振りをしているのを、お昼ご飯を食べながら眺めてたりしたな。
あの時の十四松と全然変わらない。
疲れた様子がないけど、今何回目の素振りなんだろう。
持ってきた日傘を差してしばらく眺めていると、目標の回数に到達したのか十四松が素振りをやめた。

「松野くーん、頑張ってー」

そこへ上から声を張って呼びかけると、弾かれたようにこっちを向いた十四松が「杏里ちゃん!」と猛ダッシュで向かってきた。
あっという間に目の前に立たれた。階段を駆け上がって来たのに息が切れていないのがすごい。

「杏里ちゃん来てくれたんだ!」
「うん、応援しに来たよ」
「やったー!」
「十四松、水分補給した?今日暑いからちゃんと水飲んで」

リュックから水筒を取り出すと、「ありがとう」と受け取ってくれた。
ごくごくと勢いよく飲みだす十四松を見て、もう一本水筒を持ってくれば良かったと思った。もしなくなったら自販機で買ってこなきゃ。

「っはー!」
「お疲れ様」
「杏里ちゃん用意がいいねー!」
「そう?運動するなら飲み物は必須でしょ」
「あは、マネージャーみたい」

十四松が私の隣に腰を下ろした。

「ふふふ、青春っぽい?」
「せーしゅんっぽい!いいね!」
「いいね、部活の一コマだね」

日傘の中からそっと空を見上げる。
雲一つない青空だ。
部活っていうと放課後の夕焼け空のイメージがあるけど、こう突き抜けるような青い空も今の十四松には合ってる気がする。

「杏里ちゃん、荷物多いね」

十四松が私のリュックをしげしげと眺めている。

「実はね、今日お弁当作ってきたんだ」
「マジで!?杏里ちゃん手作り!?」
「そうだよ。あんまり自信はないけど、青春っぽいかと思って…食べる?」
「食べる食べる食べるー!!」

そう言うと十四松は、リュックに手を突っ込んでお弁当箱を取り出した。

「え、今から?」
「今から!だってすげー腹へったしすげー楽しみだし!」
「そ、そっか」

そんなにきらきらした瞳と声で言われると恐縮してしまう。
さっさと包みをほどいた十四松は、お弁当箱の蓋を開けて「うわー!!」と声を上げた。

「これ全部杏里ちゃんが作ったの!?」
「うん、頑張った」
「ぼくのために!?」
「そうだよ」

きらきらした顔のまま無言で私を見つめてきた。照れる。

「あ、ウェットティッシュ使って。お箸はこれね」

手を拭いた十四松に割り箸を手渡すと、一旦受け取ってぱきりと割った後、また私に返してきた。

「え?」
「…」

口を開けたまま何やら期待に満ちた目で見つめてきている。

「…あーんしろってこと?」

こくこくと頷かれた。
ご飯を食べるという状況において、あーんはやっぱり青春度高めの憧れシチュエーションなんだろうな。
女友達にもやったことなくてちょっと恥ずかしいけど、とりあえず玉子焼きを割って口へ持っていってあげた。

「はい、あーん」

十四松は思いっきり笑顔で玉子焼きを頬張っている。

「ど、どうかな。おいしい?」
「…め…っっっっ…ちゃうまいよ!!杏里ちゃん天才!!」
「えへへ、そう?良かったー」
「はい次!」

十四松がまた口を開けるので今度は厚揚げを入れてあげた。餌付けしてる気分だ。

「ん〜〜〜〜〜…めっちゃうま…」
「良かったよ喜んでもらえて」
「こんなの杏里ちゃんのこと好きになるなって方が無理だよねー!」

もぐもぐしながらさりげなく言われた一言に胸がドキリとした。
十四松を盗み見ると、何事もなかったようにプチトマトを食べている。
はぁ、そういう不意討ちはちょっと卑怯だと思うな。

「午後からもずっと練習?」
「そのつもりー。杏里ちゃんは?ずっと応援しててくれる?」
「暗くなる前までなら」
「暗くなる前には帰るよ!」

ご飯をかきこみたくなったのか、私の手からお箸をもらって自分でお弁当を食べ始めた。

「そう、じゃあもうちょっとマネージャーやってようかな」
「うん!」
「十四松は練習熱心だね」
「野球好きだから!」
「いつか私のこと甲子園に連れてってくれる?」

有名な青春野球漫画を思い出して言ってみたら、十四松は「もちろん!」と笑顔で言い放った。

「杏里ちゃんなら、どこだって連れていってあげるよ!」
「わあ、素敵なお返事…!」
「ほんとだよ」

十四松が事もなげに言って、少し照れたように笑った。

「だからね、杏里ちゃん。ぼくのことずっと見ててね」



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