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松野家の六つ子と青春クラブを発足させてからしばらく経った。
ろくな青春を送ってこなかった私たちが、大人になった今、キラキラした青春っぽいことをやって少しでも青春時代を取り戻してみようという会。
恐らく生粋のリア充たちには一生無縁のクラブ活動だ。
でも私はそれなりに楽しくやっていた。シチュエーションを思い付いた時に誰かを誘ってやればいいだけの気楽な活動だから。
ただ最近、私はとある問題に気付いてしまった。
今まで青春とは無縁の生活を送ってきたせいか、私の中の青春っぽいシチュエーションの引き出しが早々と底を尽いてしまったのだ。
青春気分を味わいたいのに、何をすれば青春になるのか分からないようでは意味がない。
一応私が言い出したことだし、どうにかしなければ。



というわけで今日は図書館にやってきた。
ここの図書館は大きくて、雑誌や小説の他にたくさんの漫画も置かれている。
そこで、色々な漫画から青春シチュエーションを学ぼう!というのが私の目的だ。
青春が何か分からないから勉強するっていかにも非リアっぽいな…
ちょっと悲しくなってきたけど、青春を取り戻すためだ。図書館に一歩足を踏み入れた。
少し効きすぎている気もするクーラーの冷たい風が私を迎えてくれる。
入ってすぐの左手にカウンターがあり、その奥には階段とエレベーターがある。
右手には児童書のコーナーが広がっていて、入り口からまっすぐ入った奥には雑誌や新聞のコーナー。
二階と三階が小説や専門書、二階の一角が漫画のコーナーになっている。
平日だからか、広い館内に人は少ない。静かでいい感じ。
階段を上って小説コーナーを通り抜け、漫画コーナーに向かった。
一週間通い詰めても全部は読みきれないんじゃないの?ってぐらいには、なかなか広いスペースが取られてる。
どれも七段まである本棚には、懐かしい作品から最近のものまでずらっと漫画が並んでいて、さすがこの辺りで一番の所蔵数を誇る図書館。
さて、何を見ようかな。少女漫画とか?
とりあえず目の前の棚にあった少女漫画を手に取る。
読んだことはないけど、確か逆ハーレムっぽい学園物だったはず。
えっと…超セレブ学園に入ったヒロインが、学園一のイケメン集団にモテるっていうストーリーだったかな?
私みたいな庶民にもできるシチュエーションはあるんだろうか。
立ったままページをめくる。
最初は学園内でイケメン集団の一人とヒロインとがぶつかって出会うシーンからだった。
うん、これは青春っぽい。というかお約束だよね。運命の出会いから恋が始まる的な…
それからヒロインは、別のイケメン集団の一人(明るくてちょっと天然っぽいキャラだ)に抱き付かれそうになったりしている。
いるいる、こういうスキンシップ過多なキャラクター。
あ、スキンシップを多めにとれるっていうの、青春の特権かもしれないな。
そういえば高校時代、あの六つ子はおろか、他の友達ともそんなにスキンシップとったことない気がするし。参考にしよう。
よしよし、着実に青春の勉強ができてる。
なんて一人悦に入ったのもつかの間、ストーリーは思わぬ方向に進んだ。
イケメンの一人が、なぜか学園の建物内で車にひかれそうになる子犬を助けだしたところから、少し怪しいなとは思っていた。
でも、イケメン同士が絡んだ時にヒロインが鼻血を吹き出したり、イケメンの一人が急に四頭身ほどのゆるキャラみたいになったり、挙げ句の果てにイケメンたちがヒーローに変身して突如襲撃してきた巨人と戦い始めたりしたところで青春シチュエーションどころではなくなった。
あれ?これギャグ漫画だった…?
カオスを極めた展開になったこの漫画からは、もう青春の手がかりは得られそうにない。
私は本を閉じて本棚に戻した。
別のを参考にしよう。何かいいのないかな…

本棚の間をしばらくうろうろしていると、自分が小学生の頃に読んでいた懐かしい漫画を発見した。
一番下の棚にあったので、思わずかがんで読み始める。
学園ホラー物なんだよね。好きだったなぁ。
懐かしさでページをめくる手が止まらず、この棚にある巻を全部読んでしまった。
隣の棚の一番上には、その続きの巻が並んでいる。立ち上がって手を伸ばした。
うっ、届かない。
踏み台がないかその辺を見回したけど、誰かが使ってるのか見当たらない。
うーんどうしよう…せっかく見つけたんだから続き読みたいな、あと五巻だし…!
思いっきり爪先立ちをして腕を伸ばす。
背表紙に指がわずかにかすって、滑り下りた。
うう…あとちょっとだったのに……!
落胆する私の後ろから、急に手が伸びてきた。
私が手を伸ばしていた巻がいともたやすく棚から抜き取られる。
そして。

「はい、杏里ちゃん」

横から渡されたその漫画を見るより早く、後ろを振り返った。

「チョロ松か…!びっくりした」

私のすぐ背後に立っていたのは、緑のチェックのポロシャツを着た六つ子の一人だった。
思っていたより至近距離に顔があってそれもちょっとびっくりしたけど、チョロ松は気にならないのか小声で笑う。

「あはは、ごめん。杏里ちゃん取れなさそうだったから」
「うん、苦労してた。ありがと」
「あー懐かしいねこれ。昔流行ったよね」
「チョロ松も読んでた?面白かったよね」
「うん、特にアニメでやってた…っと、わ、ごめん、近っ…!」
「今さら?」

私の肩がチョロ松の胸に触れたことで初めて気付いたらしい。慌てぶりが面白くて笑った。
チョロ松がうう、と言葉に詰まる。

「チョロ松は何で図書館に?」
「えっ、あ、えーと、何でだっけ…」
「落ち着いて」
「っと…ああそう、雑誌を見ようと思って」
「にゃーちゃん?」
「当たり。杏里ちゃんはこれ読みに来たの?」
「ううん、青春っぽいシチュエーションを調べに来た」
「ああ、青春クラブの」
「そう。青春っぽいことって何だっけ?って、分からなくなってきちゃって…」
「僕らほんと無縁だったからねぇ…」

遠い目をしたチョロ松を見ていて、はっと気付いた。

「あ、今、今の青春っぽくなかった!?」
「え、どれ?」
「チョロ松が手届かない私の代わりに漫画取ってくれたじゃん、これって青春映画とかにありそうじゃない?」
「言われてみれば確かに」
「すごいよチョロ松、無意識に青春できちゃうなんて!もうほぼリア充だよチョロ松は」
「いやいや、何言ってんの」

ちょっと照れたように笑ったチョロ松は、ふと表情を引き締めて「…でも」と呟いた。

「今のが青春として成り立つためには条件がいるんじゃないかな」
「条件?」

何かあったかな?
考える私の目の前に、漫画がかざされた。

「…さっきのシチュエーションってさ、最終的にくっつく二人がするお約束フラグみたいなとこあるでしょ?」

漫画に阻まれて、チョロ松の動く口だけが見える。

「だから杏里ちゃんも……」

そこで言葉を途切れさせたチョロ松は、何も言わないまま私に漫画を押し付けた。
と同時にチョロ松がふいと横を向く。

「……やっぱり何でもない。忘れて」
「え、気になるんだけど」
「忘れて」
「ええー」
「図書館では静かに」
「何その逃げ方」

結局チョロ松が何を言いたかったのか教えてはもらえなかった。
けど、青春ごっこは一応できたので良しとしよう。



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