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「#エロ」のBL小説を読む
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松野家にて私は台本を読んでいた。
カラ松が、昔演劇部でやったという脚本をどこかから見つけてきたのだ。
あの頃の輝きをもう一度とか言うので、当時の雰囲気を再現すべくこうして私も協力しているのである。
といってもこの脚本は中学時代の部活のものらしいから、劇の内容は初めて見る。
部員の子が書いたオリジナルの劇で、幽霊の男と少女が恋をするというストーリー。有名な映画に影響を受けて作られた設定らしい。
中学生が脚本書くってすごいなぁ。
そんなことを考えながら私が黙々と脚本を読んでいるのを、カラ松は隣で見ていた。
さすがというべきか、台詞は全部覚えているらしい。

「ごめん読むの遅くて」
「フッ…気にすることはない、本番は台本を見ながらでもいいからな」
「うん、でもラストだけでしょ?これぐらいだったらちゃんと覚えてやってみたいから」

カラ松がやりたいのはラストシーンらしいので、その短い場面の台詞だけを集中して覚える。
ラストまでのストーリーとこの女の子の心情を踏まえれば、流れで覚えられるような気はするんだけど…

「細かい言い回しがなぁ…」
「内容が繋がればいい。観客のいないドラマだから気負う必要はないさ…そう、観客のいないドラマ…」

気に入った言葉らしく一人でぶつぶつ繰り返している。余裕だなぁ。
さて、脚本に戻ろう。
ふとしたことから出会ってしまった二人は、毎夜少女の部屋の窓辺で逢瀬を重ねてお互いに惹かれ合う。
だけど人間と幽霊の恋は長くは続かない。
少女の体が弱りだし、幽霊の側にいる人間は生気を奪われて命が縮まってしまうことに男だけが気付く。
最後は窓際に佇む少女と幽霊の男の別れの場面。
男はもう少女の前に姿を現さないつもりだけど、少女はそれに気付かないでいつものように窓辺で男と語らう。
また明日も会えることを疑わずに男を送り出し、カーテンが閉められた後、少女は布越しに手を握られる。

「ねえねえ、幽霊って人に触れるの?」
「ああ…直接は無理だが、物を介してなら大丈夫という設定になっている。かなり労力を使うらしいがな」
「あ、なるほど。確かに幽霊って物移動させたりできるもんね。最後の力を振り絞って、ってわけかぁ…なんか泣けるね」
「だろう?俺も泣いた」
「演技中に?」
「読み合わせの時に」
「感受性豊かだね」
「フッ、まあな…どんな役に入り込むにも感受性は必要だからな」
「感受性か…」

手を握られる仕草に何かを感じた少女は急いでカーテンを開けるが、そこには既に男はいない…という演出になっている。
脚本には、この後の少女の演技への細かい指示が書き込まれてる。
カラ松、自分の役じゃないのに真面目だな。私としては助かるけど。
でもここで演じ方を間違えると、永遠の別れってことを感じさせないラストになっちゃうかもしれない。難しいな…
会話の流れを頭で繰り返しながら、台本を置いた。

「今さらだけど、私演技の心得とかないから下手かもよ」
「肝心なのはハートだ。お前がこの少女を演じたいと心から思えば、自ずと演技は後からついてくるさ…」
「それじゃカラ松の演技論を信じてやってみようか」

ベランダのある窓の側へ移動する。
部屋の中から外にいる男に向かって話しかける場面なので、私はカーテンの側に立った。
カラ松は腰の高さにあるベランダに上り出て、外からカーテンを閉めた。光を通さない、厚みのあるカーテンだ。
これを私が開けるところから演技が始まる。

「よし、最後にカーテンを閉めたら手はこの辺りでキープしておいてくれ」
「はーい」
「それじゃ行くぜ、よーい……スタァァツッ!」
「ちょっちょっと待ってそういう掛け声やめてよ吹くから…!」
「吹く?」

全力のカチンコに危うく台詞が全部飛ぶところだった。
今からわりとシリアスなシーンをやるのに、ムードに入り込めないじゃんか…!
カラ松はよく分かっていない顔をしていたけど仕切り直しだ。
ゆっくり呼吸をして、この悲しい恋の話を頭に思い描く。今は昼間だけど、静かな夜の気分に浸らなくては。

「よし、やろう」
「オーケー、それじゃ…お前のタイミングでいいぜ」
「うん」

ちょっと緊張するな…
たぶんカラ松が演劇部にいた時も、観客のいない練習はしてたんだろうけど…一人だけの練習と違って、相手がいる分失敗しちゃいけないって思ってプレッシャーがかかる。
でもそろそろ幕を上げなければ。
意を決してゆっくりとカーテンを開けた。
窓辺に力なく肘をつく。

「…今日の月は特別綺麗だわ。あなたもそう思わない?」
「そうだね、君がいるからかな」

窓の外から姿を現したカラ松が、ちゃんと声色を使い分けている。
いつものどこか台詞がかった、抑揚をきかせた口調じゃない。これが最後の夜なんだということを一人胸に秘めている感じが出てる。すごい。
これは負けていられない。謎の闘争心が湧いてきた。

「…やけに気取った言い方するのね」
「僕だって素直になる時ぐらいあるさ」
「素直ですって」

ここで少し笑う。

「そうだよ。今日の君は綺麗だ」
「今日の?」
「…失礼、いつも、だね」
「そうね」

カラ松が姿勢を崩して窓辺に座り込んだ。

「…そうさ、君はいつでも美しい。なぜか分かるかい?」
「さあ。若いからかしら?」
「違うよ。君の命が燃え続けているからさ。僕はその炎を愛している」

幽霊であることに引け目を感じていることが察せられる、自重気味に放たれた台詞。
でも少女は気付かない。無邪気に笑って「ありがとう」と返す。

「私もあなたの透明なところが好き」
「へえ?」
「幽霊ってきっと、この世のしがらみから解き放たれて心が純粋になるのよ。だから透明になるんだわ」
「純粋な幽霊はこの世に存在しない。純粋じゃないからこうやって出てくるし、人に姿も見られるんだよ」
「じゃああなた、どちらかと言えば人間に近いってことね」
「そうだね、幽霊失格だ」
「幽霊に失格も何もないでしょ。幽霊になったからって幽霊であるべき、なんてことないと思うわ」

男はしばらく黙って「君の考え方にはいつも驚かされるよ、杏里」と呟く。
アドリブで本名入れてくるなんてずるい。次の台詞忘れそうになる。えっと…

「伊達にあなたと付き合ってきたわけじゃないものね」
「…僕が君の運命を変えてしまったのかな」
「最初からこうなる運命だったのよ」
「……そうか…そうかもしれない」

男が窓辺から離れて月を見上げる。正確には物干し竿だけど。

「君は運命を信じる?」
「ええ」
「願わくは、僕のことも信じていてほしい」

振り返ってこっちを見たカラ松の瞳は真剣だ。
なりきってるなぁ…と頭の片隅で感心しながら「もちろん」と台詞を返す。
私の目の前で、男は片膝をついた。

「僕は君を守る。僕のやり方で」

少女は幸せで胸がいっぱいになる。

「…私、幸せだわ」

男は微笑んで、何も言わない。

「それじゃあ、そろそろお休み。月の綺麗なうちに、月に見守られてお休み」
「あなたは?見守っていてくれないの?」
「僕は君を見守っているよ。純粋にね」
「あなたはいつでも純粋だわ」
「……お休み、杏里」
「お休みなさい。……カラ松」

アドリブで私も付け加えてやった。
さあ、台詞は全部言い終えた。後はカーテンを閉めるだけ。
弱い力でゆっくりとカーテンを閉める。
きっちりと光を遮ると、まだカーテンにかかったままの私の右手が外からそっと掴まれた。
この手を離されて三秒経ったら、何かに気付いたようにカーテンを開ける。そういう演技になっているけど…
なかなか手が離れない。私の胸の高さで掴まえられた手は、ゆっくりと外に引き寄せられた。
本番もこういうアドリブやってたんだろうか、と黙って待っていると、手の甲に何かが当たってすぐに手を離された。
えーと、ここから三秒…ベッドに戻りかけて、はっとした顔になり、たどたどしい足取りでもう一度窓辺に近付き、カーテンを開ける……
しゃら、と音を立てた先にカラ松はいなかった。
窓から首を出して辺りをうかがう。
ほんとにいない。徹底してるな。
本番ならここで音楽が流れて幕が下りるみたいだけど、これはどうやって終わったらいいんだろう。

「カラ松?」

呼びかけても返事がない。
心細くなってきた。

「…カラ松」

ベランダに出てみても、姿がどこにもない。

「嫌だよこれで永遠の別れは…」

呟きながら首を伸ばすと、屋根の向こうに座り込んでいるカラ松が見えた。良かった。
瓦に滑らないように気を付けながらカラ松の元へ行く。
カラ松はなぜか頭を抱えていた。

「ほんとに消えちゃったかと思っちゃったじゃん」
「…杏里…」
「ん?」
「違うんだ…感受性と言う名のファントムが暴れて…!」
「何言ってんの?」

よく分からないけど、役に浸りすぎて恥ずかしくなったんだろうか。そんなことあるのかなカラ松に限って…

「でもカラ松すごく良かったよ、役になりきってて。ちょっと別人みたいだった」
「…ほんとに?」
「うんほんとほんと」
「そ…そうか……いや、お前がいいならいいんだが…」

自信を取り戻したらしい。一つ咳払いをして髪を弄びだした。

「お前もなかなかだったぜ杏里…パーフェクトだ」
「そう?感受性出てた?」
「ああ」
「カラ松も感受性溢れてたね。すごいよ」
「……多分、感受性だけじゃない」
「あ、それはもちろん。ちゃんと部活で演技の基礎やってたんだなって思ったよ」
「あ、いや、そうじゃ…」
「え?」
「……何でもない。…フッ、次は演技じゃ済まさないぜ…」

演技から離れるととたんに何言ってるか分からなくなるな、と思いながらしばらく二人で日向ぼっこをした。
劇中の二人じゃこんなことできないよね。



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