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六つ子相手のレンタル彼女の仕事は四巡目に入った。
日替わりで六人の相手をしているので、みんなの“彼女”になってからもう一ヶ月ぐらいになる。
相変わらずデート代はオプションを含めて高い。
イヤミさんは容赦なく高額なオプション代を請求してくるので、私の方はなるべく何かがしたいとかほしいとかは言わないように気をつけている。うっかり言ってしまうと無理してでも貢がれてしまうから。
レンタル彼女の仕事としてはそれでいいはずなんだけど、何だか複雑な心境だ。
ただ、最初の頃こそみんなお金を気にしつつ支払ってくれていたけれど、どうやらお金が次第に底をついてきたらしく、オプションをつけることも少なくなってきた。なので最近はちょっと安心している。
それでもおかげで普通にアルバイトをするよりは稼げてるけど。
というかそろそろ疑問なんだけど、毎回これだけのお金どうやって用意してるんだろう。
私とのデートを通して女の子に慣れてもらえれば、なんて厚かましくも願っていたけれど、むしろ貢ぎ癖を強力にしているような気がしてきた。
イヤミさんもだんだん細かいところにまで値段を付けるようになってきてるし。
みんなまだニートなんだよね。大丈夫かな。
それに今さらだけど、みんなが過去に出会った女の子とやってること変わらないような気もするし、私の心も痛い。
雇ってもらったイヤミさんに恩はあるけど、辞めた方がいいかも、この仕事。
そんなことを考えていた、四回目のおそ松くんとのデート。
相変わらず本物の彼女になってほしいというアプローチをかわしつつ、公園のベンチに座ってお喋りをしている。
おそ松くんがお気に入りらしいハグは今日はまだしていない。
みんなとデートをするたびにハグ代がつり上がっていき、今では七桁の額になってしまっているので、これからはハグはもう無理だと思う。

「杏里ちゃん、どしたの?」
「え?あ、ごめん…何でもないよ」
「そ?ならいいけど…ねえ杏里ちゃん、またハグしてくんない?」

照れながらもストレートに自分のやりたいことを伝えてくれるおそ松くん。
レンタル彼女なんか使わなくても普通に彼女できそうなのに。だからレンタル彼女を卒業したらどうかなぁ。
なんてことは私が今“彼女”なわけだから言えない。

「えっと…また料金が高くなっちゃったんだけど…」

本物の彼女はこんなこと言わないんだけどね。

「どんくらい?」
「ちょっとびっくりしちゃうかも…」

言いつつ請求メールを見せたら固まっていた。

「あ…私はおそ松くんとお喋りしてるだけで楽しいよ!」
「ええ〜っ…でもー、俺杏里ちゃんにもっと触ったりしたいし」
「そ、そっか」

そうだよね、このデートはおそ松くんが楽しいかどうかが大事なんだから。

「…しょーがない。杏里ちゃん、ちょっと一緒に来てくんない?」
「いいけど、どこ行くの?」

ベンチから立ち上がりおそ松くんについていくと、着いたのは一軒の家の前だった。
イヤミさんに連れて来られたこともある、おそ松くんたちの家だ。

「杏里ちゃん軽トラとか持って…ないか。どうしよっかな」
「軽トラって何…?」
「ま、いいや。ちょっと待ってて!」

そう言うとおそ松くんは家の中に入っていってしまった。
何だろう。
家の前にあるベンチに座らせてもらって待っていると、しばらくして家の中からガタガタと音が聞こえ始めた。
扉が開いて何か大きな物が家から出てくる。
和ダンスだ。

「…何これ?」
「あー杏里ちゃん危ないから!ちょっと下がってて」

おそ松くんが和ダンスを家の外に押し出したかと思うと、次は手の形をした椅子を持ってきた。
引っ越し?このタイミングで?
状況がよくわからない私がぽかんとしている間にも、家具がどんどん運び出されていく。
すると、積まれた家具たちの前にどこからか軽トラが来て止まった。

「換金したいのはこれざん…これですかぁ〜?」
「い…イヤミさん!?」

軽トラから出てきたのは、地味な色のツナギを着て業者に変装しているイヤミさんだった。
どうしてここに?換金って?

「しっ!黙ってるざんす」

イヤミさんは素早く私の口をふさいで小声で話しかけてきた。
おそ松くんは家具を運び出すのに集中していて、こっちには気づいてないみたい。

「何やってるんですか?換金って?」
「あのバカが家財一式売りたいらしいから来てやったざんす」
「……えっもしかしてハグ代のために!?」
「すいませーん!これでお願いしまぁす」

なんていい笑顔で呼ぶのおそ松くん…!
イヤミさんはすっ飛んでいって「これじゃ足りない」などと注文をつけている。

「ちょ、ちょっと待っておそ松くん!これって家に必要な物なんじゃないの?勝手に売っちゃっていいの…?」
「だって、こうしないと杏里ちゃんにハグしてもらえないでしょ?」
「そんな純粋な目しないで考え直して!家族の人も困っちゃうよこんなに売られちゃったら!」
「え、何…?何してんのこれ?」
「わ、チョロ松くんたちが…!」

最悪のタイミングでおそ松くん以外の兄弟が登場してしまった。
六人そろったところを見るのは初めてでちょっと感動したけどそんな場合じゃない。
不思議そうに家具の山を眺めている五人の元へ行く。

「ねえみんなお願い、おそ松くんを止めてあげて!」
「あ〜!杏里ちゃん!」
「デートの日じゃないのに会えるなんて幸せすぎる…!」
「フッ…おそ松じゃあ満足しなかったか?ハニー」
「てめぇはお呼びじゃねえんだよクソ松殺すぞ…」
「杏里ちゃんアイス食べる!?アイス!!」
「聞いてー!」

思わず叫んでしまった。六人そろうと迫力がすごい。

「あ、お前らいいとこに!家具運び出すの手伝ってくんない?」
「おそ松くん、一旦考え直して?ね?」
「は?何で家具なんか…」
「オプション料金また上がったみたいでさー、杏里ちゃんにハグしてほしーからちょこっと売ろうかなって」
「はぁあ!?何言ってんの!?」

チョロ松くんがキレてる。他の四人もいい顔してない。当然だよおそ松くん…!

「お前がこんなに売っちゃったら僕達の売る分が無くなるだろ!」
「えっ」
「てかこないだ決めたよね!?この椅子は僕がいざという時に売るやつ!」
「おそ松?話が違うじゃないか、んん?」
「だーってこれ今売らないと杏里ちゃんにハグしてもらえなくなんだもん!」
「ふっざけんな!だったら僕も僕の分今から売るからな!杏里ちゃんにハグしてもらう!」
「はぁ!?入ってくんじゃねーよチョロシコスキー!今日は俺が杏里ちゃんとデートしてんだよ!」
「すいませんこれ売ります」
「いちまぁぁつ!?お前それ俺のギター!いつ持ってきた!?」
「ねーこれは!?昭和から使ってるから超レアだよ!」
「ちょっ、テレビ持ってくんのずるいよ十四松兄さん!」

六つ子はやいやい言い合いながら家の中に入っていってしまった。
すぐさま中から全ての物を引っくり返していくような音がする。

「……い、イヤミさん、これどうすれば…」
「果たしてそんなに金になるざんすかねぇ…」
「そういう問題じゃないですって!放っといたらみんな、家ごと売りに出しかねないですよ!?」
「そんなのミーには関係ないざんす。この家の物をどうしようとそれはあいつらの勝手ざんす」
「ええ…!?」

レンタル彼女のせいで一家崩壊…
そんな言葉が頭に浮かんだ。
その原因の一端は間違いなく私にある。
これはだめだ。仕事の辞め時だ。

「…イヤミさん、突然で申し訳ないですけど、このお仕事辞めさせてください」
「急に何を言い出すざんす!?チミがいなきゃ成り立たないざんすよ!」
「だからです!もうおそ松くんたちが転落していく様を見たくないんですよ!みんなニートなのに、こんなことまでしちゃって…」
「それはあいつらがどうしようもなくバカだからざんす」
「…それでも、私も原因の一つになってるというか…とにかくもう終わりにしてもらえませんか」
「そう言われても、チミにここで辞められちゃ…」

イヤミさんのセリフの途中で、家から大量の家具がなだれだしてきた。

「すいませーん!買い取りお願いしまーす!」

家具の影から六人が出てくる。
一仕事終えたかのようないい笑顔だ。

「はいはーい今行きまぁすー」
「ちょっとイヤミさん!話がまだ…」
「は?イヤミ?」
「シェッ…!?」

イヤミさんがギクリと立ち止まった。
あれ、おそ松くんたちもイヤミさんのこと知ってるのかな。

「イヤミって……はっ!?お前イヤミ!?」
「…気付くのが遅いざんすよ…やっぱりこいつらバカざんす」
「は?ちょっと待てよ、何でお前が杏里ちゃんといんだよ!」
「…まさか…杏里ちゃんがやってるレンタル彼女って…」
「……」
「う…」

六人から今までにない疑惑の目を向けられた。
この様子だとみんなイヤミさんをよく思ってなかったみたい。私も悪い仲間だと思われてるよね、当然。

「あの、みんなごめ…」
「ふん!お察しの通りミーはこの子と組んでるざんす!チミ達が勝手に騙されただけざんしょ?何か文句あるざんす?」

私の肩に手を置いて、イヤミさんが開き直り始めた。
六人とも信じられないような顔してる。そんなにショックだったんだな、私がイヤミさんと組んでること。
後味の良くない終わりを迎えそうだ。こうなる前に仕事を辞めてればよかったんだよね…

「嘘だろ…」

おそ松くんのつぶやきに良心が痛む。

「本当にごめんね、おそ松くん…」
「杏里ちゃんが…杏里ちゃんがイヤミに脅されてたなんて…!」
「…え?」

脅されてた?

「は?何を言ってるざんす?」
「そうとしか考えられねーだろ!てめーの悪だくみに杏里ちゃんを巻き込みやがって!」
「意味が分からないざんす」
「そうだ!杏里ちゃんは天使で女神なんだぞ!そんな子をよくも汚い手にかけやがって…!」
「鬼!悪魔!腐れ外道!てめーの母ちゃんの息子出っ歯!」
「最後のは別に悪口じゃないざんすね」
「杏里ちゃんを解放しろー!」

みんな何か勘違いしてるみたいだ。
一致団結して抗議しだした六つ子たちはイヤミさんに詰めよりかけている。

「ちょ…ちょっと待ってみんな、私は…」
「それ以上近付くとこの子がどうなっても知らないざんすよ!」
「わっ」

イヤミさんに肩を勢いよくつかまれ盾にされた。人質みたいだ。

「え?え?」
「てめっ、杏里ちゃんを離せ!」
「だめざんす、この子は人質ざんす!返してほしくばこの金額を支払うざんす」

イヤミさんが丸めた紙をおそ松くんたちへ投げつけた。

「…一、十、百、千、万、十万、百万、千万、……いい度胸してんじゃねーかイヤミ…!」
「さっさと耳揃えて払うざんす」
「ちょ、ちょっと待ってよ!ねえ聞いてみんな…!」

何でこんな展開になったのかいまいちわからないけど、私が新たな火種になろうとしてる。食い止めなきゃ。

「私脅されたりしてないから!だからみんな、私のためにお金なんて用意しなくていいからね!」
「ちょっ、チミは黙るざんす」
「家具も家の中に戻そう?お金払わなくてもいなくなったりしないし大丈夫だからね!」
「んー?チミさっきレンタル彼女の仕事を辞めるとか言ってなかったざんす?それで国に帰るとか」
「いやそこまでは言ってな…」
「ええっ杏里ちゃんいなくなっちゃうのぉ!?」
「帰るとかんなのやだやだやだー!」
「生きていけない…」
「この世の終わりだ…!ジ・エンド…!」
「何で!?何で!?」
「ぼ、僕達何が駄目だったのかなぁ!」
「違うよ、確かに辞めたいって言ったけどそうじゃ…」
「そんなのお前達の金払いが良くないからに決まってるざんしょ!この子を手に入れたくば金ざんす!金を持ってくるざんす!」
「もうイヤミさんは黙っててくださいってばー!」

イヤミさん、この状況を利用してもっとお金を手に入れる気だ。

「安心して杏里ちゃん、俺達必ず杏里ちゃんを助けるから!」
「ねえみんな話聞いて?とりあえず聞いて?」
「っしゃあお前ら!杏里ちゃんを過酷な運命から救うぞ!」
「「「「「おー!」」」」」
「聞いてー!」

デート中はあんなに素直だったみんなが全然話を聞いてくれない。どうなってるの本当。
私がいくら止めても無駄だった。みんなは家具を放ったらかしでどこかに行ってしまった。
もう全く意味のわからない展開だ。何でこうなってしまったのか。

「イヤミさん…」

ちょっとにらんで見たけどイヤミさんは何も気にしてなさそうにヒゲをつまんでなでていた。

「何を心配することがあるざんす?これで良かったざんすよ」
「ええ…?よくないですよ、もしおそ松くんたちがヤミ金とかに手出したら…」
「ナンセンスざんす」

ありえないとでも言うみたいにイヤミさんが手を振る。

「前にも一度同じことがあったざんすが、その時奴らはどうしたと思うざんす?」
「あったんですか同じことが…」
「なんと!奴らは働き始めたざんす!」
「えっ…!?」

びっくりした。おそ松くんたちに働いてた時期があったなんて。

「チミはニート共が金を搾取される一方なのが嫌なんざんしょ?しかァし!これは実は、奴らの社会復帰のための通過儀礼だったざんす!」
「そうだったんですか!?」
「そうざんす!レンタル彼女とは仮の姿、本当はああいう社会の底辺のための更正プログラムだったざんすよ!」
「そうだったんだ…!あっ、ということは、みんなは仕事を探しに行ったってことですか?」
「その通りざんす。今みたいに危機感を煽ってやって働く方向に仕向けるのが、あいつらにぴったりの方法ざんす。ミー達は非常に世の中に役立つ、社会に貢献する誇り高き仕事をしていたというわけざんすよ。お分かりざんす?」
「わ、分かりました!」

じゃあこれは予定通りの展開だったのか。安心のため息が出る。

「みんな、お仕事に就けるといいですね!」
「あーそうざんすねー」

社会復帰すれば、みんなが望んでいた真のリア充になれるはず。そうすれば本当の彼女もできるよね。

「頑張って…!」

みんなが向かっていった方角へ手を振った。



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