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それからしばらく経ち、私はイヤミさんに呼び出された。
時刻は夕暮れ時。新しいお仕事の紹介なのかと考えながら呼び出された場所へ行く。
そこは人気のない暗い倉庫だった。豆電球の明かりの下、ホコリの積もった床や機械、錆びた金具や変色した紙が散らばっているのが見える。
イヤミさんはそこにあった小さなイスに私を座らせた。なぜかロープでイスごと、体を軽くぐるぐる巻きにされる。

「いや待ってください、何ですかこれ?どうするんですか?」
「今日はあの六つ子がちゃんと社会復帰できたかどうかの確認ざんす」
「ああ!今日がそうなんですか」
「そうざんす。チミは人質ざんしょ」
「まだその設定も続いてたんですね」
「こうした方が一目で人質と分かりやすいざんすからねぇ」
「ここにおそ松くんたちが来るんですか?」
「そうざんす。あいつらが立派な社会人になったところ、見たいざんしょ?」
「それは見てみたいかもしれません。でも縛るまでしなくても…」
「リアリティがあった方がいいざんす。それに、これも更生の仕事のうちざんすよ」
「そんなものなんでしょうか…」

私よりイヤミさんの方がこの仕事に詳しいみたいだし、ここは素直に従っておこう。
やがて静かな倉庫の中に足音が聞こえ、同じ顔が六つ現れた。
全員スーツ姿だ。デートしてた時とは見違えるくらい、全身に自信がみなぎっている。
きっとみんな仕事を始めて変わったに違いない。そんな期待を胸に、私もみんなを見つめ返した。

「来たざんすね、六つ子ちゃん達」
「…ああ。約束通り持ってきたぜ。十四松」
「あい」

十四松くんが持っていた大きいスーツケースの中身を私たちに見せるようにして開く。
そこにはぎっしりと札束が詰められていた。本物?

「こ、このお金は…?」
「ふふ…俺たち働いたんだよ杏里ちゃん!」
「えええ…!?この短期間でこんなに…!?」

家具を売るくらい困ってたのに!?
これだけの札束、現実で見たことない。
まさかおそ松くんたちの「働いた」って、私と同じようなきわどいレンタル商法とかじゃないよね。真面目に働いたんだよね…?
あっけに取られた私とは別に、六人は得意げな顔をしている。

「これも全部杏里ちゃんのためだからね!」
「俺たち杏里ちゃんにエロ…んんっ、イヤミの魔の手から救うために頑張ったよ!」
「私のため!?しなくていいよって言ったのに!」
「俺達がそうしたいって思ったんだ。杏里ちゃんは気にしなくていいよ」
「納得済みだから、安心して」
「イヤミさん!おそ松くんたちまだ誤解してますよね!?」
「金が本物かどうか確認するざんす」

そう言って指でよこせと合図したイヤミさんへ、十四松くんがスーツケースを滑らせる。
ダン、と足で受け止めたイヤミさんは私もそっちのけでお金を調べ始めた。
その間におそ松くんたちが私の側に来て、ゆるゆるだったロープをほどいてくれた。

「杏里ちゃん大丈夫?」
「変なことされてない?」
「何かあったらあいつ虎に食わせるけど」
「虎…?う、ううん大丈夫。あの…本当によかったの?あんなお金簡単に…」
「杏里ちゃん、これは僕らのスキームでもあるんだ。ステークホルダーにはここでイニシアチブを取っておいた方が、僕らのビジョンにアドバンテージだからね」
「えっと…ごめんよくわからなかったけど、みんなありがとう!働き始めたんだよね、すごいよみんな!」
「えへへ…」
「ま、僕たちだって本気になればこれぐらいはね〜?」
「ああでも安心して!今日でそれも終わりだし、また前みたいに一緒にいられるから!」
「ん?…終わりって?」

気になる発言をさらに聞き返そうとした時、イヤミさんが「確かに頂いたざんす」とスーツケースを閉めた。

「それじゃ、チミとの契約もこれで終わりざんす」
「あ、ありがとうございました」

私のレンタル彼女、もとい更正プログラムのお仕事もこれで終了らしい。変わったやり方だったけど、やりがいのあるお仕事だった。
今日からはまた新しいバイトを探さないと。
意気込む私に、イヤミさんが折りたたんだ紙を差しだす。

「契約終了だからここにハンコをもらえるざんす?」

イヤミさんが示したのは、私のサインの隣だった。レンタル彼女として雇われた時に書いた契約書だろう。

「すみません、ハンコは今持ってなくて…」
「じゃ拇印でいいざんす」

イヤミさんが持っていた朱肉に親指を押しつけて、サインの横に赤い印をつける。
その契約書はなぜかイヤミさんの懐ではなく、おそ松くんの手に渡された。

「それじゃ、勝手にリア充ライフを送ってろざんす〜」

満足そうに笑うイヤミさんが、スーツケースを引きながら倉庫から出ていった。

「じゃ、俺らも帰ろっか、杏里ちゃん」
「うん、そうだね」

倉庫を出るともう日が暮れて暗くなっていた。
おそ松くんたちがちゃんとした社会人になったから、仕事終わりのこの時間になったのかな。
さて、これからは人の心配じゃなく自分の仕事の心配をしないと。
それにしてもこうして六人と並んで歩くなんて初めてだ。私もちゃんと仕事が見つかったら、今度は友達として会ってくれたりするかな。

「杏里ちゃん、今日何食べたい?」

十四松くんが私の前に回って、顔を覗きこむように聞いてきた。

「そうだなぁ…久しぶりにパスタ食べたい気分」
「パスタ?いいね〜!」
「さすが杏里ちゃん、言うことがお洒落…」
「ただ俺たちもうあんまり金残ってないから、家にあるもんでいい?」
「え?待って待って、おそ松くんたちにタカる気ないよ?」

戸惑う私を見て、おそ松くんたちはきょとんとした顔をしている。
まだ私はレンタル彼女って認識なのかな。もう私にお金使う必要はないし、普通に友達関係になれたらと思ってたんだけど。

「え?いやいや…だって今日からは他人じゃないんだから、遠慮しなくていーよ?」

人懐っこい笑顔のおそ松くんの言葉で、私は余計意味がわからなくなる。

「他人じゃないって…え、どういうこと?」
「え〜それ言わせる〜?」
「わ、わかんない…ごめん、ほんとに意味が…」
「ハニー…俺達をそうやって焦らしてるんだな?」
「そんなとこも可愛いけど」
「もしかして、杏里ちゃん不安?」
「あー…まあ、だよね〜。僕らニートに戻ったわけだし」
「ちょ、っと待って、あれ?就職したんじゃないの?」

トッティの言葉でさらに混乱する私に、おそ松くんが当然のように言葉を返す。

「や、俺たち就職なんかしてないよ」
「えっ!?」
「あの金は工事現場とか漁船とかごにょごにょとかそうやって稼いだ金だから」
「え?ごめんちょっと聞き取れなかった部分が…」
「とにかく、俺たちニートのままだから。その方が杏里ちゃんといっぱい一緒にいれるしー」
「ね〜」
「ねー!」
「「「「「「あはははは」」」」」」
「……」

楽しそうに盛り上がる六人とぽかんとしたままの私。
そんな私を見ておそ松くんが場を静める。

「あー…ってわけで、俺ら六人ともニートだけど、杏里ちゃんのことはちゃんと責任持って面倒見るから」
「そうだよ。僕達はどうとでもなるけど、杏里ちゃんに不自由はさせないからね」
「えっと、私みんなの手借りなくても大丈夫だよ?女一人でも何とか生きていけるし」

よくわからないけど、次の仕事が見つかるまで私の面倒を見てくれるってことかな。そこまでしてもらうのはさすがに悪い。
そう思っている私に、おそ松くんが紙を取り出した。
さっきの私の契約書?

「もー気にすんなって!ほら、ここにも書いてあるでしょ?俺たちの義務みたいなもんだからさ」
「え…………ええええ!?」

渡された紙は契約書じゃなかった。

『小山杏里譲渡証書』

紙の一番上にはそう書いてあった。
今日の日付の後に文章が続く。

『小山杏里の雇用主を甲、松野家六つ子を乙、小山杏里本人を丙とする。』
『乙が甲に対し甲の指定する金額を支払い、丙が本証書にサインおよび印をした時点において、丙は乙のものとなる。』
『上記の条件が満たされた場合、三者とも本証書の内容に同意したものと見なす。』

まとめればそんな内容が長々と書き連ねてあり、その下には私のサインと、確かに私の拇印が押されている。

「…ま、待って…え?これって…!?」

あ、このサインよく見たら直筆じゃなくてそれっぽく見せたコピーだ!
まさかレンタル彼女の契約書に書いた私のサインを、このおかしな証書に利用して…!?
慌てて倉庫を振り返る。
イヤミさんはどこにもいない。

「だ…っ、だまされた…!!」
「だよねー、ひどいよねイヤミの奴。杏里ちゃんを騙してレンタル彼女だなんてさぁ」
「しかしそのおかげで俺達は巡り会えた…だろ?」
「まあな…そこだけはイヤミに感謝」

おそ松くんたちの発言がやっと理解できた。
理解したくなかった現実が待ってた。
目の前がくらくらしてきた。
ちゃんと紙を確認しなかった私も悪いけど、悪いけど…!こういうやり方って…!

「わ、私ちょっとイヤミさんのとこ行ってくる!」

こんな書類が本当に有効になるかどうか確かめなきゃ…!
走りだそうとした私の腕は強い力でつかまれ引き戻された。

「イヤミのとこぉ!?何でー!?」
「杏里ちゃんは僕たちのものでしょ?どこにも行かないでよぉ〜!」
「そ、そんなの同意した覚えないもの…!」

何とか手を振り払おうとしても、六人分の力からは逃れられない。
それどころか倉庫とは反対の方へ紳士的に、かつ有無を言わさずどんどん引きずられていく。

「ね、みんなお願い、一旦離して?私イヤミさんに聞きたいことがあるだけだから…」
「何でそんなにイヤミにこだわるの?僕らじゃ頼りにならない?」
「そういうことじゃないけど、イヤミさんもいなきゃ話し合いが…」
「杏里ちゃん、イヤミのことは忘れな。あんな奴に関わったらろくなことになんないよ」
「これからはイヤミが何かしてきても僕らが守るからね?もうこんな目には遭わせないから」
「違うの!そうじゃなくて、とにかくイヤミさんと話をさせて?」
「はっ…まさか杏里ちゃん、イヤミに洗脳されてる…?」
「ふむ…この様子だとその線が濃厚だ、ブラザー」
「早く杏里ちゃんを連れて帰って、僕らの環境に慣れさせてあげないと」
「杏里ちゃん大丈夫!大丈夫だからね!」
「全然大丈夫じゃないよ!」

だめだ、どうあがいても離してくれない。証書もいつの間にか取り上げられてしまっている。

「あー楽しみ〜!これから杏里ちゃんと何しよっかなぁ」
「トッティ、それ言っちゃう?気早くない?」
「早いことないって。だって杏里ちゃんはもう俺らのだよ?」
「それもそっか!」
「「「「「「あははははは!」」」」」」
「ねえ、ちょっと…待って…みんな話を聞いてってば、ねえ…!」



六人の腕に引かれ、私は夜の闇に消えた。
それから私がどうなったかは、私と六つ子しか知らない。