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今日はカラ松さんとのデートだ。
直前に送られてきたイヤミさんからの指示メールには、『とにかくかっこいいと褒めて持ち上げること』『イタい思いをしたらすぐに料金を請求すること』とあった。
痛い思いをしたらって、自分がケガしても相手にお金を要求できるものなんだろうか、レンタル彼女って…
イヤミさんからレンタル彼女の仕事について一度レクチャーは受けたけど、まだ手探りの部分も多い。
ほんとはもっと男心を研究して、相手の望む通りの彼女を演じなきゃいけないのかもしれない。
でもチョロ松くんやトッティとやったような、普通な感じのデートでも大丈夫だったしそれでいいよね。なんて思いながら待ち合わせ場所に着いた。
公園の橋の上に、カラ松さんらしい人が一人たたずんでいる。
黒の革ジャンにサングラスをかけていて、一昔前のロッカーのようなファッションだ。
人の趣味に対して言えた立場じゃないけど、あれはちょっとキメすぎ…隣に並ぶのハードル高いな。
イヤミさんから聞いた話では、やっぱりこの兄弟には彼女がいたことがないらしい。カラ松さんが普段からこういうファッションだったら、確かに女の子は敬遠しちゃうかも。
でも今回はあくまでお仕事なんだから、笑顔笑顔。

「カラ松さんですか?私杏里って言います」

側に近寄り声をかける。
ちらりと私に顔を向けたカラ松さんはサングラスを外し、「待ってたぜ、カラ松ガール…」と言った。
独特な口説き文句だ。チョロ松くんやトッティとはまたタイプが違う。女の子は確実に戸惑いそう。
こういう人ってどういう風に接すれば喜んでくれるんだろう…あ、そっか、とにかくかっこいいって褒めることって言われてたっけ。
手をひらりと振って応える。

「うん、カラ松ガールが来たよ」
「っ…!フッ、俺は罪な男だ…出会ってすぐのレイディーを虜にしちまうとは、な……」
「ふふ…今日は一日、かっこいいカラ松くんの隣に並んで歩けるんだね。嬉しいな」
「グハァァッ…!!」
「えっ、大丈夫…?」

急に胸を押さえて苦しみだしたカラ松くんに手を伸ばしかけると、カラ松くんはそれより早く上の服を両手で引き裂いた。

「…え…!?」
「回りだしたぜ…恋の歯車!」

上半身裸で私をびしっと指さすカラ松くん。
ビリビリになった服が足元に落ちている。よく見ると壊れたバックルも…
カラ松くんの力すごすぎるんだけど!?もしかしてすぐ破ける素材だったとか?
でもよかった周りに人がいなくて。変質者に間違われていたかもしれない。

「か、カラ松くん、とりあえず服着よう?」
「フ…見とれても、いいんだぜ?」
「風邪引きそうで心配だよ。服、着てほしいな」
「ああ、君にそんな顔はさせたくないな…しかしこれでは…」

カラ松くんが悲しそうに服の切れ端を拾う。
私は着ていたシャツコートを脱いでカラ松くんに羽織らせた。

「な…!?」
「ごめんね、とりあえずこれで我慢して?」
「い、いいのか?君が薄着になってしまう…」
「ううん、いいの。そうだ!良かったら今日のデートはまずショッピングに行かない?せっかくだからカラ松くんの服、私が選んでみたいなって思ったんだけど」
「君が?」
「私のセンスじゃだめかな…?」

腕にすり寄るようにしてそろりと上目遣いで見上げると、カラ松くんはごくりと息を飲んだ後「大丈夫です…」とか細い声で言った。
思わぬハプニングのおかげでキメまくりファッションを抜け出せそうだ。計算高くてごめんなさい、カラ松くん。
シャツコートのボタンを留めてポケットに手を突っ込んだカラ松くんはなかなか様になっている。トッティもカジュアルファッション似合ってたし、この路線でいけばいいと思うんだけどな。
そんなカラ松くんに腕を絡ませてショップまで来た私は、さっそくマネキンが着ていたシンプルな黒の長袖シャツに目を留めた。
あれなら一枚でも着れそうだし、出費も抑えられそう。ショッピングはなるべく高い物をねだれ、という決まりだけど、これはカラ松くんのための買い物だから高価な物を買っても意味がないし。

「ね、カラ松くんにあれ着てみてほしいな」
「あの漆黒のシャツか?ちょっと地味なような…」
「カラ松くんが着たら絶対かっこいいと思うの。見てみたいなぁ」
「よし買おう」
「待って、一回試着してみて!あ、あとこっちのハットも」

近くにあった黒の中折れ帽を渡して試着室に入ってもらう。
しばらくしてカラ松くんは袖を腕まくりしながら出てきた。
うん、黒でまとめてるってだけでちょっと芸術肌っぽい感じになったかも。胸元にかけられたサングラスもあまり違和感がなくなった。

「カラ松くんすごい!似合うよ!」
「そ、そうか?」
「うん、すっごくかっこいい!」
「ヘイそこのスタッフ!着たままで会計を頼むぜ!」

服を着たまま支払いを終えたカラ松くんは、「おっと、忘れるところだった」とシャツコートを私の肩に紳士的にかけてくれた。

「ありがとう」
「フッ…やはりこれは、お前に一番似合う」
「嬉しい!カラ松くんも今の服似合ってるよ」
「…あまりこういう服は着ないから、少し落ち着かない気もするが…」
「こういうシンプルな服の方が、カラ松くんの内面のかっこよさが際立ちそうな気がしていいかなって思ったんだ」
「そ、そうか…」
「うん」
「……」

カラ松くんが黙ってしまった。
『かっこいい』を多用しすぎて気を悪くしてるんじゃ…と思い恐る恐る隣を見上げると、カラ松くんは太い眉を困ったように下げて赤い顔になっていた。
カラ松くんも照れたりするんだ。可愛いとこあるな。
意外な一面を見た気になってちょっと嬉しくなった。
店を出てさりげなく元通り腕を組む。ここまででデートのオプション料金はまだ腕組み代しかかかっていない。

「次はどこ行こっか」
「え?あ、ああそうだな…」
「カラ松くんの行きたいところがいいな。これから何したい?」
「…フッ…」

カラ松くんが前髪をかき上げる。調子が戻ってきたみたいだ。

「海……」
「海?いいね、行きたいな!」

そう言うとカラ松くんは私と組んでいた腕を離し、代わりに肩を抱きよせた。

「フッ…海まで愛の逃避行といこうじゃないか……今夜はお前を、離さないぜ…?」

申し込みの時点では夕方前までの料金プランだった気がするけど、聞き流した方がいいセリフかな。

「そうだね、ずっと一緒にいれたらいいな」
「ハニー…!」
「でも、海までってちょっと遠いよ?」
「心配するな、俺にはアイツがいる…ちょっと待っててくれ」
「えっ、あの」

私を置いてどこかへ行ったと思ったら、カラ松くんはものすごい音と一緒に帰ってきた。
すごくいかついバイクに乗っている。こんなの持ってたんだ…

「さあハニー、乗ってくれ」
「えっ、うん」

渡されたヘルメットをかぶって言われるままに後ろにまたがる。
バイクの後ろに乗るなんて初めてでちょっと怖い。カラ松くんの背中にぎゅっとしがみついた。

「用意はいいか?」
「だ、大丈夫!」
「行くぜ…しっかり掴まってな」

轟音と共に走りだすバイク。
さすがにバイクは早い。景色がみるみるうちに変わっていきあっという間に海まで着いた。
ヘルメットを取ると潮の香りがした。水平線に近い太陽の光が水面に反射してまぶしい。
ヒールの靴で来てしまったから砂浜は歩きにくかったけど、カラ松くんが手を差しのべてくれて波打ち際まで来ることができた。優しい人だ。

「海なんて久しぶりに来たなぁ」
「寒くはないか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」

潮風は少し強いけど、カラ松くんがしっかり抱きよせてくれてるので暑いぐらいだ。
これもまた抱きよせ料とか言って請求するんだろうな。何円ぐらいになるんだろう…

「あ、カラ松くん見て!可愛い貝殻だよ」

ちょっぴり申し訳ない気持ちになって、カラ松くんの腕から抜け出て近くの白い巻き貝を拾った。内側が虹色に光っている。

「きれい。波の音聞こえるかな」
「海の囁き…か。ハニーはロマンチストだな」
「どう?カラ松くん聞こえる?」

カラ松くんの耳に貝を当てると、きりっとした目になって手首を優しく掴まれた。

「聞こえるぜ、海が俺達を祝福してくれている声がな。そして杏里…愛する者と眺める海は格別だと、教えてくれている…」
「ふふ、カラ松くんこそロマンチストだね」
「お前がそうさせているのさ……ん?ハニー、顔に星屑が落ちている」
「星屑?」

手首を掴んでいた手が離され、私の頬に当てられた。カラ松くんの顔が近づいてくる。
えっ、ちょっと待ってこれって…

「あ、あの」
「動かないで…」

レンタル彼女ってこういうのもありなの!?間違いなく高額だろうけどまだ心の準備が…!
抵抗してもいいものか迷っていると、足元にぱしゃりと波がかかり後ずさりしてしまった。ついでにキスもまぬがれた。

「わ、ぬれちゃった…!」
「大丈夫か!?」
「う、うん、ごめんね、急に水がかかったからびっくりしちゃった」
「波が高くなってきているな」

両足とも足首までしっかりぬれている。このまま砂浜を歩いて帰るとひどいことになりそうだ。

「まったく、悪戯な波だ…俺のハニーにちょっかいを出されないようにこうさせてもらうぜ」
「え、わ、カラ松くん…!」

抵抗する間もなくカラ松くんにお姫様抱っこをされた。

「わ、私重いよ!」
「俺の愛の重さに比べたら、こんなのどうってことない…!」

と言いつつカラ松くんの腕は少し震えている。
かなり大げさなアプローチをする人だけど、本当に優しい人だ。カラ松くんの首に両手を回した。

「えへへ、ありがとう。カラ松くんは優しい人だね」
「フッ…男なら、当然だ…」
「私、カラ松くんみたいな優しい人とデートできてよかった。いくらかっこよくたって、中身が優しくないと嫌だもん」
「ハニー…」
「これからも優しいままでいてね」

そうしたらきっと、カラ松くんの素の魅力に気づく女の子も現れるはずだ。
カラ松くんは私をバイクの後部座席に座らせるまでちゃんと抱えていてくれて、元の街まで送ってくれた。そこでデートの時間は終わりになった。
イヤミさんのところへ売り上げを持っていくと、「なぜイタい発言浴びせられ料を取らなかったざんす?」と聞かれた。

「あ、『イタい思い』ってそういう意味だったんですね」
「…チミも少し鈍感すぎるざんすねぇ」
「すみません」
「ま、次は上手くやるざんす。いいペースざんすよ」

そうか、カラ松くんのあの独特な発言は『イタい発言』だったんだ。
どっちにしろそんなのでお金取れるのかな…まあ、私基準でいいか。
今日はカラ松くんが優しかったから、おまけってことで。







「…なあ、帰ってきてからカラ松兄さんの様子がおかしいんだけど」
「あいつごついバイクもレンタルしてたから、金なくて何にもしてもらえなかったんじゃねーの?そんで珍しく落ち込んでるとか」
「つかクソ松の様子がおかしいのはいつものことだろ」
「いや、おかしいの方向性が何か違うんだよ…何て言うか、妙に気遣いが多い気がする」
「それは俺も思った!なんつーか、うっとうしいだけだけど」
「それいつも通りだろ」
「ねえちょっと!聞いてよ!カラ松兄さんが僕にファッションのアドバイス求めてきたんだけど!?どうしたのあの人!?デート中に頭打ったの!?」
「一体杏里ちゃんと何があったんだ…!」
「え…デートしたら人格変えられんの?怖いんだけど…」
「いや杏里ちゃんは全く怖くないから。女神だから。ていうかお前も早く杏里ちゃんと会って人格変えられてきなよ一松」
「…………」
「脱ぐなよ」
「早くぼくの番来ないかなー!!!」



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