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今日の待ち合わせは一松さんと。
いつも彼らを待たせていたから今回は早めに待ち合わせ場所に着いたけれど、もう一松さんはそこにいた。
紫色のツナギのポケットに両手を突っ込んでじっとしている。
立ったまま死んで…ないよね。それぐらい動かない。

「ごめんなさい、お待たせしました!一松さんですか?」

側に駆けよって声をかけると、肩をびくりと揺らしてゆっくりと私を見た。

「……うん」
「レンタル彼女のご利用ありがとうございます。杏里って言います、今日はよろしくね」
「………よろしく」

そう言って目をそらされた。
今までとは違って無口な人だ。無表情だし、感情も読めない。
六つ子っていってもずいぶんタイプがばらばらなんだな。

「一松くんって呼んでもいい?」
「…うん」
「私のことは好きに呼んでね」
「………」

無言の後、一松くんは口を一度開き、また閉じて「うん」とだけ言った。
私をどう呼ぼうか迷ったんだろうか。

「今日のデート、どこ行こっか」
「………」

一松くんはポケットから手を出して無言で右を指した。

「こっちに何かあるの?」
「……カフェ」
「カフェ?素敵!行こう行こう!」

一人で歩きだしそうな一松くんの隣にあわててくっつき、しっかりと閉じられた腕と体の間に何とか手を潜りこませる。腕は必ず組め、という指示だ。
嫌がられたらどうしようと心配したけど、一松くんは私の手に気づくと腕を組みやすいようにすき間を空けてくれた。
ついた先はおしゃれなオープンカフェ。
すかさずイヤミさんから『カフェに一緒に入る料』という請求メールが来た。
請求メール、タイミング良く来る時があるけどどこで見てるんだろう。
基本的に料金設定は私に任されるようになったので、こっちとしても行動はしやすくなったけど。
一松くんにメールを見せるとちょっと顔が強ばった。うん、カフェ入るだけなのに高いよね…
それでも可愛いがま口のお財布を出して、中身を気にしながら払ってくれる。
案内されたテラス席につく前に、一松くんは近くのメニューを取ってさっと広げた。
そして店員さんを呼び止める。

「これと…これで」
「かしこまりました」

普通のジュースと、もう一つ何かを指さしたみたいだ。一松くんのおすすめを頼んでくれたのかな。
席につこうとすると、なぜか一松くんは二つも離れたテーブルに向かおうとしている。

「一松くん、どこ行くの?」
「…え…」

なぜか一松くんの方がびっくりしたような顔で振り向いた。

「こっちの方が景色いいよ」
「…でも、もうそんなに金残ってないし…ストローの長さ考えたら…」
「ストロー?」

どういうことだろう。

「一松くんがそっちの席がいいなら、私もそっちに行こうかな」
「えっ、でも…」
「…私が近くにいるの、嫌だったりする?」

一松くんにとって私は苦手なタイプなのかもと思って聞いてみたら、急いで首を横に振られた。

「そ、そうじゃ…!」
「じゃあこっちに来て?一松くんが側にいないと寂しいな。せっかく彼女になれたのに」
「………」

一松くんはしばらく完全に停止した後、私のところまで来てくれた。
いつも自分でも媚び売りすぎなセリフ言ってると思うけど、私の正面に座った一松くんの耳は赤くなっていたので、いい方向に効果はあったみたいだ。

「お待たせいたしました。オレンジジュースとオプションのカップルストローでございます」

ちょうど一松くんの注文した物が運ばれてきた。ハート型に絡み合ったストローがオレンジジュースに刺さっている。
なるほど、これを二人で飲みたかったのか。

「じゃあ一松くん、一緒に飲もう」

ストローに口をつけようとすると、一松くんから焦ったような声が聞こえた。

「え、このまま…?」
「うん…他に何かするの?」
「…じゃなくて、こんなストロー短くていいの」
「これが普通の長さじゃないかな」
「……五メートルからじゃないの?」
「え、それ長すぎない?そんなストローあるの…?」
「一センチ短くするのに千円払うんじゃ…」
「し、しないよそんなの!」

今までどんな女の子に捕まったんだろう、この兄弟…!
すごくかわいそうになってきた。
一センチで千円なんてぼったくりにも程がある。犯罪スレスレじゃない?

「最初から普通の長さでいいよ」
「…ほんとに、いいの?俺そんなに金ないから…」
「いいよ!全然いいよ!このジュースの料金だけで大丈夫だから!」
「………神よ………」
「一松くん、ジュースぬるくなっちゃうから飲もう?」

ストローに口づけると、一松くんもやっとストローをくわえてくれた。
でも私の口にジュースが入る前に、グラスの中は空になっていた。
さっきよりも赤い顔をした一松くんの喉がごくりと動く。

「…一松くん、飲むの早いね」
「………も、もう一回」
「うん」

運ばれてきた同じジュース。
結果は同じだった。
これだけの量を一気に飲んじゃってお腹壊さないかな…
でも一松くん、飲んだ量と同じくらい汗かいてるからいいのかな。
三つ目のオレンジジュースが到着したところで、一松くんがストローをくわえる前にテーブルの上で固く握られている両手に触れた。
緊張している指をほどくように柔らかく指を絡ませる。

「は…っ!?」
「ね、一松くん落ち着いて。同じペースでジュース飲んでみようよ。せっかくデートできたんだから、一松くんと一緒に楽しみたいな」
「………」
「ね?」
「………うん」
「じゃあ、せーのでストローくわえよう。飲まないでそのままね?せーのっ」

お互いの顔が近づく。
ストローをくわえたまま至近距離で一松くんを見つめると、今までの誰よりも顔が赤くなった。そして絶対視線を合わせてくれない。
分かった、一松くんってすごくシャイなんだ。だから無口だったり表情が硬かったりしたんだ。
一松くんが可愛く見えてきて、握っていた手を離してほっぺたをふにふにとつまむ。ジュースがゴボゴボと音を立てた。

「〜〜〜っ!?」
「ふふふ、まだ飲んじゃだめ。ね」
「………!!」
「まず私から」

三つ目にして初めてジュースを飲めた。冷たくておいしい。

「はい、一松くんの番。ゆっくり吸ってみて」

ほっぺたをつつきながらうながすと、時間をかけて普通に一口飲んでくれた。

「ふふっ、よくできました。そのペースだよ」

素直に言うことを聞いてくれる姿が可愛くて頭をなでる。一松くんは目を閉じてされるがままになっていた。

「次は今のペースで一緒に飲んでみよっか」

作戦は成功だ。一松くんは落ち着いて飲んでくれるようになった。

「その調子だよ一松くん!偉い偉い」

うまくいったのが嬉しくてまた頭をなでていたら請求メールが来た。
私からいっぱい触っちゃったからとんでもない金額になってるかもしれない。ごめん、一松くん。もう頭なでるのやめよう。
手を離すと一松くんは「あ…」と名残惜しそうに私を見た。

「えーっと、この後どうする?まだ時間あるけど…」
「…ジュース飲みたい」
「ふふ、了解!私次はグレープジュースがいいなぁ」

この調子だと今日はジュースを飲んで終わるだろうな。
こうなったらとことん付き合ってあげよう。これも仕事だ。
それに今まで、一センチ千円の世界しか知らなかったんだもんね。私が相手でいいなら思う存分ジュースを楽しんでほしい。

「あ、私お腹空いたからこのワッフル頼んでもいい?」
「うん」

ただし小休止は挟ませてほしい。ワッフルは自腹でいいから。
ジュースは結局あと二杯も飲んだけど、適当に頼んだワッフルはうまく水気を吸ってくれてとても役に立った。
小さく切ったワッフルを一松くんに食べさせてあげたりして、平和に時間が過ぎていく。
一度テーブルの側を通った野良猫に一松くんがちらちら目線を送っていたので、「猫好きなの?」と聞いたらこくりとうなずいた。

「そうなんだ。可愛い」
「うん、猫、可愛い」
「今の一松くんのこと言ったんだけどな」
「え……俺…?」
「うん。あ、一松くんってちょっと猫っぽいね」
「…よく言われる」
「あは、やっぱり。あとね、猫に好かれそうな顔してる」
「そ、そう…?」
「うん」
「…猫好き?」
「うん好き!見てるだけで癒されるよー」
「分かる」
「側に来てなでさせてくれたらもっと癒されるんだけど、街中の猫は警戒心強いよね…でもそこも可愛かったりして」
「分かる」

すごく微妙にだけど、一松くんの表情が和らいでいく。
好きな猫の話をする作戦も成功かな。
ちょっとは緊張ほぐれてきてよかった。もうデート終わっちゃうけど…あ、アラーム鳴った。
ジュースやオプションの料金だけじゃなく、私のワッフルの代金まで払ってくれた一松くん。お金は足りたみたいで私もほっとした。

「残念だな。もうお別れかぁ」

今日の売り上げを財布にしまいながら言うセリフじゃないけど、一松くんが黙っているので場を繋げる。

「今日はすごく楽しかった!良かったらまたデートしようね」
「…あ……あの」

ツナギのポケットをごそごそしていると思ったら、小さくて丸っこい何かを手渡された。

「わ…可愛い…!」

布製の猫のぬいぐるみが付いたストラップだった。すっごく愛らしい顔してる。

「この猫、もらっていいの?」
「うん……あの、記念に…俺が作った」
「え、作ったの!?すごーい!可愛いー!」

思わぬプレゼントに本気で喜んでしまった。
一松くん可愛いことするなぁ。しかも手作りって女子力高い。

「いらなかったら、捨ててくれていいけど」
「ううん、大事にするよ!初デートの記念だもんね。今日は本当にありがとう、一松くん」
「俺も、ありがと……杏里、ちゃん」

最後にちょっと笑って名前を呼んでくれた。
最初はどうコミュニケーション取ったらいいか不安でもあったけど、何とか最後までに笑った顔が見れてよかったな。
しかもこういうのくれたってことはデートに満足してくれたってことだよね、たぶん。
売り上げを渡しに行ったイヤミさんからは「そんな金にならないもんもらってどうするざんす」なんて言われたけど。

「でもわざわざ作ってきてくれた物ですし」
「いいざんすか?ミー達にとって奴らはカモ、それ以外にないざんす。深入りするとチミが足元すくわれるざんすよ」
「うーん…そういうものなんでしょうか」

確かに連日同じ顔と過ごしていて慣れたのか、仕事というより友達感覚で接してしまっている部分も出てきてる。
ちゃんと仕事は仕事って割り切らないとね。
あっちも私にはレンタル彼女としてのサービスを求めてるんだから、そこは一線引いておかないと。気をつけよう。







「あ、お帰り一松」
「どうだった一松兄さん?杏里ちゃん最高だったでしょ?」
「あ?俺の彼女気安く呼んでんじゃねぇ」
「怖いとか言ってたのに杏里ちゃんにドハマりしてやがる…」
「ていうか一回デートしただけで彼女呼びしていいんだったら、僕の方が先に杏里ちゃんの彼氏になってる計算なんだけど〜」
「…俺杏里ちゃんとお揃いの物持ってるし」
「え?まさかその手作り感溢れる…えっと…ゴミ袋?」
「猫ですけど」
「それと同じの杏里ちゃんに渡したってこと?」
「その手があったか…くっ、さすがブラザー」
「いや初対面で手作り人形とか重いから。第一杏里ちゃんだって仕方なく受け取ってくれただけだろ?」
「僻まないでいいよチョロ松兄さん」
「僻んでねーよ!」
「一松兄さんがそんなこと言う日が来るとは…」
「明日はぼく!!!!明日はぼくー!!!!」
「ねー何で俺一番最後なの!?早くー!もういい加減待ーてーなーいー!」



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