砂の大国

 
「ばっはっは!会長に変わってワシが指令を出すこととなった!よろしくなユニ!」
(……なんでお前が)
「ん!?今ハンサムって!?」
「言ってませんよ局長」

時間はギガホースと遭遇する前、IGOを出発する前まで遡る。
ユニの仕事が多岐に渡ることは既に述べたが、それらの指令は全てIGO会長一龍から与えられる。だが現在一龍は人間界にいない。これから荒れるであろう世界の動乱に備え0ビオトープ職員を招集しグルメ界に向かったからである。本来ならば同じ職員の末端に座すユニも同行しなければならなかったが、一龍からストップを掛けられ人間界で待機並びに更なるレベルアップを言い渡された。既にグルメ界の環境に適応しているのにこれ以上どうしろというのだ、という言葉は無意識に飲み込む。IGOの雑務をこなせということなのだろうと勝手に解釈し、ユニはマンサム局長に呼び出された。
そして冒頭の会話になる。僅かに口が動いてしまうと明らかに文字数の合わない言葉に変換されいつもの茶番が始まった。

「相変わらずカビが生えそうな顔してるな!そんなお前に最適な地の仕事がきてるぞ」

無視して資料を受け取る。そこには目的地にサンドガーデンと示されており納得する。しけた顔に砂漠か。今回も生態・環境調査が主らしくサンドガーデン全域とグルメピラミッド内部の探索とある。グルメピラミッドは「グルメ七不思議」の一つで未だ世界中の考古学者が謎を解けていない未知の場所だ。
レイ局長に"気温"に適応しているかなどといくつか質問され、頷くとそれを了承として仕事の詳細を述べられる。どうやら今回は大きな仕事になるようだった。ビオトープの調査に続きマンサムらは飽きもせず仕事を持ってくる。よっぽど自分は使い勝手がいいのだろうとユニは思った。


◇◇◇


豪華客馬の背に揺られ丸二日。
頃合いを見計らったユニはギガホースの背から飛び降り久方ぶりの地面を踏みしめた。乾燥地域特有の栗色の土壌が爪先で抉れる。周辺にはステップと呼ばれる背の低い草原が広がっており、かなりサンドガーデンに近づいたことが見てとれた。ギガホースはサンドガーデンを経由しないためここからは徒歩での移動となる。ユニは太陽の位置を確認すると西へと向かっていった。

本来ならばIGO本部から真西に位置するサンドガーデンまで単身で向かうはずが、期せずして移動手段を手に入れたため体力にも時間にも余裕がある。それでも"美食屋の墓場"と呼ばれるグルメピラミッドでどれほど消耗するか分からない。そして長期間になるは確実だ。ユニの推測ではグルメピラミッドを完全攻略するには一ヶ月──いや、慣れたビオトープのようにはいかないためさらに掛かるだろう。
適度に休息を取りながら体力を調整して進むことさらに二日。平面的な風景は徐々に変化していく。時折チェルノーゼムやプレーリー土と呼ばれる肥沃を土壌を通り過ぎることもあったが、徐々に土壌は水分を失っていき、固くひび割れた栗色土は細粒化し砂漠土へ。心もとない短草草原も次第に姿を消していき、熱波と乾燥した風に顔を上げた頃には砂漠気候へと突入していた。
そしてようやく第一関門であるリフトハウスへと辿りついた。

「い、いらっしゃいませ。リフトハウスをご利用ですか?」

寂れた建物には若い砂漠の男だけのようで緊張気味に声をかけられた。それに頷くと硬い動作でカウンターに案内され説明と共に様々あるタイプのリフトハウスを紹介された。正直ユニに説明は不必要だったため適当に流し聞きし、勧められるままに一人には多少広すぎる小奇麗なペンションタイプを選ぶ。リフトハウスの料金は利用料に加えハウスの家賃一ヶ月分を払うため、ユニはポケットに無造作に入れていたカードで一括で支払った。

「そ、それではご案内します」
「いや必要ない」
「へ?」

カウンターからぎこちなく出てきた青年は案内しようとしたが、ユニはそれを制しリフトハウスが搬入されるゲートから跳躍しリフトハウスの屋根へ上った。青年はぎょっと目を剥いて駆け寄る。

「悪いが家は使わない。上のルートを通らせてもらう」
「上!?しか、しかしお客様!」
「迷惑料が必要ならIGOに請求してくれ」

時間を無駄にしたくない、とユニは今回の装備として唯一加えた無骨なゴーグルを装着してリフトハウスを支えるロープの上へ登った。本来ならばリフトハウスは砂嵐が起きる砂塵の谷を安全に回避するための移動手段なのだが、ユニは一ヶ月も時間を無駄にしたくないため多少危険でも早い方を選んだ。下方では従業員がわぁわぁと何か言っているが無視してロープの上を歩む。途端強烈な風と砂塵が吹き荒れ体中に細かな砂がぶつかり、態勢が崩れぬよう屈む。砂嵐のせいで視界も悪いが進めないことはない。ロープは安定して走れる程度には太く、リフトハウスを動かす車輪は遅いため簡単に飛び越すことができる。呼吸を確保するためマントで目下を覆い、今度こそユニはサンドガーデンへと向かった。



「サンドガーデン」は総面積3900万平方キロメートルある人間界でも最大の砂漠地帯だ。食べられる砂でできた”グルメ砂漠”や鉱石の欠片でできた”資源砂漠”や貴金属の粒でできた”ジュエル砂漠”など様々な種類の砂漠が存在し――その全てが今回の調査対象でもある。
一ヶ月優雅に渡れるリフトハウスを蹴り、砂嵐にもまれながら駆け抜けること五日。無事対岸であるサンドガーデン入口の街へと降り立ったユニは少し体を休めると再び砂漠へ歩き出した。風は凪いでいるが強い日差しにマントをターバンのように頭と首筋に巻き付ける。気休め程度の対処だが、数日間高気温にさらされたユニの身体は既に変化を始めており、上皮組織のグルメ細胞は断熱性に優れた分厚い皮膚を構成していた。上皮組織というのは体の表面だけでなく管腔臓器(口腔や鼻腔)の内面を覆う細胞層であり、これらの強化によって空気熱による体温の上昇を防いだ。

「まずは、資源砂漠地帯か…」

砂漠の色が変化したことでユニは砂をすくい上げる。砂というには多少粒が大きい黒色の礫ないし粗石は石炭の欠片だ。細かな欠片となっているのは乾燥と高温によるものかと推測する。
ユニは一部を密閉瓶に収集し、ポケットからハンドサイズの記録媒体を確認した。中のデータはIGOのものだ。サンドガーデンの資源砂漠のデータを引き出し、その古さに嘆息する。恐らく数十年は更新されていない内容に今回で大幅な書き換えが必要となるだろう。改めてユニは周囲の砂漠を見渡した。

(気温や湿度、地理座標はこれで計測できる。面積は座標とある程度目測でなんとかしよう)

降水量は一度の調査で観測出来るか、となかった事にして足早に調査を再開した。石炭砂漠、レアアース砂漠、ボーキサイト砂漠。グルメ砂漠に移動して米砂漠、黒糖砂漠、ペッパー砂漠。ジュエル砂漠地帯に移動してダイヤ砂漠、砂金砂漠、プラチナ砂漠、その他諸々。広大なサンドガーデンを数日で駆け抜け、網羅したユニはようやく赤い砂漠の迷宮と呼ばれる「デザートラビリンス」へと踏み込んだ。

「流石に此処は暑いな」

流砂を難なく避けながら呟く。サンドガーデンの日中の気温は60度。対してデザートラビリンスは80度であり、中央に向かうほど照り返しによる体感温度は上り優に90度を超える。上皮組織の強化に加えゆっくりと気温に慣らした身体は体温を50度までに引き上げ、外気との差を少なくする。それに伴い水分の排出も極力減らすことに成功した。
そして運がいいらしい。見上げると太陽は徐々に西の地平に沈もうとしており時間と共に空気が冷えていくのを肌で感じる。日没の恩恵は気温だけでない。このデザートラビリンス最大の障害は視界を惑わす蜃気楼だが、強力なソナーを持たないユニには対処しようがない。しかし空間を歪める光の乱反射も、太陽光がなくなれば途端に勢いをなくしていった。

「そろそろか、」

やがて太陽は地平線に沈み、現在気温は氷点下20度まで低下。蜃気楼が完全に消えることはないが、それでも冷やされた空気の密度は下がり、蜃気楼は足元を僅かに歪める程度になった。砂漠の夜に光はないが夜目が効くユニに問題はない。絶好の機会にユニは夜の砂漠を最短ルートで駆け抜けていく。おかげで走り出してからほんの数時間で眼前には巨大な建造物が立ちはだかった。高さ500Mまで積み上げられた石造りの建造物──「グルメピラミッド」。
ようやく今回の仕事のメインに辿りついたユニは高く見上げ、そして見下げて深く息を吐きだした。

「ここからが本番だな」

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