豪華客馬での邂逅

 Scene:125 komatsu! 


IGOに所属するユニの仕事は多岐に渡る。
年間の多くはビオトープガーデン全域の環境と生態を調査し、新種の生命が生まれていないかまたは絶えていないかを報告。特に広大な第一ビオトープは一周に三ヵ月かかり全ビオトープを調査するには丸一年を要す。その合間にもニトロの目撃情報があれば防衛局長レイの指示で捜索に向かい、依頼があれば美食屋の真似事も行う。そして、今回のように極々稀に調教師としての依頼を請け負うこともあった。

「IGOの方がいらして幸運でした!ただいま専属の調教師が不在でして!」
「……鎮めればいいの?」

体長1000メートル、体高800メートルもある馬を仰ぎ見る。
ユニは仕事の目的地へ向かう途中だったが、道すがら馬の嘶きと破壊音が気になりルートを外れてみると豪華客船を運搬する有名な二頭のギガホースが暴走していた。特殊合金の柵のおかげで被害は少なそうだが振動と爆風によって崩れた荷物から職員を守ると、何を勘違いしたのかギガホースを宥めてくれと依頼を受けることとなった。

「ヒィ!接続まで後30分です!それまでにお願いしますー!」

爆風の被害を受けぬよう影から様子を見ている管理者が叫び、ユニは呆れたように双方を見た。ギガホースは荒々しく蹄を鳴らしているがストレスによって暴れているのは明らかだった。恐らく調教師の不在で長いこと柵から出されなかったのだろう。長く拘束されていたストレスと馬具を用意され外へ行けると思った興奮から暴れ出したのではないか。全く勝手な事だと嘆息する。手に余る猛獣など飼わなければいいし猛獣も蟻のような人間に飼い慣らされる必要などない。生き物は全てあるべき場所にあるべき姿でいるというのがユニの考えだ。今この瞬間に柵を開け放てばギガホースは人間なぞ簡単に振り切り自然へと帰れるのだろう。

(……だがこれも仕事だ)

仕事、依頼という言葉の後ろには必ずあの男の存在がある。IGOの名を出してしまったのなら尚更。全てに応えなければならない。もし反抗したと知られれば──兄の命はない。
ユニは深く息を吐きだし罪もないギガホースを仰ぎ見た。

「ギガホース 少し言う事を聞いてもらおう」


◇◇◇


時間は少し進み、2年間グルメの旅へと出発したグルメ馬車。
その中で四天王トリコ、ココ、サニーと料理人の小松はオープンテラスでくつろいでいた。四人の目的は観光ではなく目的地への足代わりではあるが、乗船時の切り立った岩山から一面の大海原へと景色が変わると自然と視線は外へ、足は開けた場所へと向かっていた。オープンテラスにはビーチチェアが並び壁面には巨大なスクリーンが埋め込まれ常時映像を流している。景色を楽しむ者、シアターを見る者、歓談する者。四天王も短い期間だがせっかくの豪華客馬を楽しむべきだろうと各々の時間を過ごしている。
だが、船内アナウンスがグリルコート(気軽に利用できる軽食場)のオープンを知らせるとそれぞれが顔を上げた。

「お、やっとか!食いに行こうぜ!」
「焦らなくてもご飯は逃げないよ」
「逃げはしなくてもなくなりはするだろ!」

トリコは意気揚々とベンチから立ち上がりグリルコートへ向かう。ちなみに船内にはグリル以外にも格式高いレストランやビストロ、ビュッフェ、バーなど食事をする場所には事欠かないのだが、トリコは全て制覇するつもりらしい。
ココとサニーもやれやれといった様子で腰を上げ、テラスを囲う柵から景色を眺めていた小松も待ってくださいよぉと叫ぶ。足を止めないトリコはすぐ姿が見えなくなってしまうが、追ってこない小松に二人は立ち止まった。なにやら小松は外の景色を気にするようでしきりに視線を行き来している。
ココとサニーは顔を見合わせると小松の元まで足を戻した。言葉にはせずともトリコは放っておけという判断が下る。

「どうしたんだい小松くん」
「いえ、何だかあそこにいる人が気になってしまって…」
「ん?どいつだ」

小松のもとに集まった二人は指をさされた場所を見る。
最上階にあるオープンテラスからは周りの景色やファンネル(煙突)だけでなく見下ろせばアーチ状のバルコニーやこのグルメ馬車を動かすギガホースの背中を見ることが出来る。小松が指す先はギガホースの背中であり、よくよく目を凝らせば大きな背中の上にポツンと白い人影があった。大抵の者はギガホースの白い背と同化して見落とすだろうが、視力10.0のココにはその人物が女性で白い髪と白いマントをはためかせていることまで確認出来た。
もちろん小松はそこまでは見えていないが、実は搭乗の際からその人物が背にいることに気付きずっとそこから動かない事を気にかけていた。

「あそこで何してるんでしょう?」
「ギガホースの調教師じゃね?」
「出発前に暴れていたようだから様子を見ているのかも」

こんな時間まで?グルメ馬車が出発したのは正午頃で、その間に自分たちは昼食と間食を取り、日が暮れてきた今からは夕食の時間だ。
一度気になってしまっては止められず、小松は握っていた柵を放して「先にトリコさんの所に行っててください!」と叫んでいた。二人の声を聞き流してオープンテラスから階段を選び下へ下へと駆ける。乗客は大抵エレベーターを利用しているため階段は人気がなく忙しない足音を立てても誰も気にしない。船の最上階からいくつも階を下り、一度外に出て位置を確かめるとちょうど張り出している船首に近いデッキに出ていた。

「すみませーん!」

デッキの柵ぎりぎりに立ち声を張り上げる。波は静かだが海風と馬の蹄の音に掻き消されているのか白い人物は振り向かない。

「すみませーん!白いマントの方ー!」

何度か呼びかけても気付かれず、あまつさえ周囲からはひそひそと小声と視線を感じる。豪華客馬の名に恥じぬ格式の高さから乗客は品のいい老夫婦や資産家や有名人が多く、場を濁す小松の行動が不快のようだった。階下から見上げるご婦人も「まぁ品のない」と呟き、聞こえた小松は心が挫けかけた。これだとスタッフが飛んでくるのも時間の問題である。

「ギガホースの上にいる方ー!!!」

それでも!と全力で声を張り上げ…て、止まる。
枯れ始めた喉を押さえて目を凝らすといつの間にか振り向いていた白い人物はギガホースの上を悠然と歩き出していた。聞こえた、のかな?と小松は目を丸める。
呆然としていると白い人は跳躍でギガホースから船に飛び乗り(!?)、その後も段々になっているデッキやテラスをジャンプで飛び乗って近付いてくる。簡単にジャンプというが5Mは飛び上がっている脚力に階下のマダム達は悲鳴をあげていた。そして白い人物は小松の目の前に降り立つ。

「わぁっ!」
「お前か呼んだの」

遠目で見るのとは違い同じ地に並び立つとわかる身長差に軽く悲鳴を上げた。小松は周りと比べ小柄なのを自覚しているが、それでも目の前の女性とかなり差がある。恐らくリンやメルクよりも高い170cmはあるだろう高身長と迫力から若干腰が引ける。
そして遠目でも分かっていたがなんて白いのだろう。腰まである長い銀髪を高い位置で結び、見下ろす眼球は金色。短めの白いマントの下は白いシャツと白いショートパンツでモデルの様にすらりと伸びた手足も色白だった。とにかく全体的に白く、また迫力のある美人で近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
…とずっと喋らない小松に眉を潜めて少し腰をかがめた。

「何か用があるのか?」
「あ!すすすみません!ずっとあそこにいるのが気になって!朝からいますけどお腹空いていませんか?」
「?」
「これから夕食なんです。良ければ一緒に食事しませんか?」

恐らく朝から何も食べていない彼女を誘うと僅かに驚き動きを止めたが、しかしすぐに「そんな事か」と呆れた表情になる。慌てて小松はナンパ目的ではないことやここの料理の美味しさを教えるが彼女には響かなかったようで首を縦に振ることはなかった。

「私には必要ない」
「そうですか…で、でもあの上は寒くないですか?せめてこっちに」
「残念だが報酬の搭乗券は馬上だけだからな」
「報酬…?」

なんの報酬?と小松は首を傾げると背後から「お客様!」と声が掛けられた。さっきの大声を出していたことだろうと謝りながら振り向くと3名いたスタッフは何故か小松ではなく女性の方を注視していた。肩を強張らせ緊張した面持ちであまり客に向けるべきでない視線を向けている。
彼らの視線を辿って思わず見上げると女は肩をすくめている。

「そのような格好で歩かれては困ります」
「失礼ですがクルーズカードはお持ちですか?ご提示をお願いします」
「……カードはない。こんな格好も悪かったな」

格好?クルーズカード?小松は疑問に思うが少なくとも格好の方は理解出来る。ここグルメ馬車はドレスコードがありロビーを歩くだけでもスマートカジュアル以上の服装が定められている。小松もこの日に合わせて新しいジャケットをおろしドレスコードに合わせてきたが、女性はマントにショートパンツで足をむき出しにしているため注意されて当然の装いだった。

そして身元を証明し船内の清算も行えるクルーズカードも、もちろん持っていない。今回ユニが乗船(いや乗馬か)を許されたのはギガホースを宥めた謝礼としてであり、目的地へ着くまでの二日間ギガホースの「背中に」乗ることを許可されたのだ。流石に飛び入りで客室を用意されるほどグルメ馬車も安くないということでユニも了承している。
…どうやらこれ以上ロビーに立つことさえ許されないようでユニは溜め息混じりに後ろに跳躍すると器用にフェンスの上に足先を乗せた。

「……もう戻るよ」

そう告げると申し立てに来たスタッフは安堵の表情を浮かべ、ユニを呼んだ男は酷く申し訳なさそうに謝っていた。ユニは謝られる意味が分からない。実直な態度も誠実そうな目も、全く普通ではないからだ。普通というのは先ほどのスタッフ達のようなことをいう。
デッキから離れ、あるべき場所に戻り、海風を浴びても疑問の答えは一向に出なかった。日が沈み月明かりに照らされ朝日が昇っても分からなかった。どうしてだとユニは首を捻る。

(何故あの男はあんなおかしな態度をとっていたのだろう)

理解できない、と呟いた言葉は風にさらわれた。

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