グルメ界での邂逅

 Scene:112 Toriko! 


普段一龍の指示を受けているユニはIGO本部に在籍しているが、暇が出来ると必ず姿を消していた。人との関わりを億劫に思う彼女が向かう先は捕獲レベル100オーバーの猛獣が闊歩する未開の土地 グルメ界。人間界より濃い深緑の森に紛れユニは巨木の枝の上で寝転んでいた。深い緑の空気を胸いっぱいに吸い込み日光浴をするのが日々IGOの激務に追われているユニの唯一の癒しだ。先日舞い込んだ予定外の捜索の疲れも溶かしていると不意にバングル型の通信機が音を立てる。
相手はあの憎たらしい男…ではなく昔世話になった馴染みの人だった。しばらく逡巡した後、応答することにした。

「はい、」
「おぉ出てくれて助かったわ。元気にしとったか?」
「普通です」

通信機から発せられるしわがれた、そして酒焼けした声。通信の相手はノッキングマスター次郎だった。ただ普段よりも若々しい声と風を切る音から次郎がノッキングを施し高速で移動しているのが分かる。

「時にユニちゃん 今どこにおる?」
「エリア7ですが」
「丁度いい。助けてやって欲しい奴がおるんじゃ」

はあ、と話を聞くととある美食屋が腕試しのためザーベル島命の滝壺から飛び込みアングラの森に落ちたらしい。次郎は美食屋のコンビから救援の依頼を受けたが、現在グルメ界にいる私の方が近いため先に急行してほしいという。確かに慣れない者には1分1秒が生死を左右する。
話を聞きながらすでにユニは西へ向かっていた。断る理由は特にない。あの男ならともかく、ノッキングマスター次郎の頼みなら。


トリコという美食屋の特徴を聞き、連絡から程なくユニはアングラの森に降り立った。アングラ、アンダーグラウンド。名前に相応しく人間界から海抜2万メートルも下に位置する森に降下したため自重が数倍となっているが、ユニには大した問題はない。素早く周辺の森を見渡し「青い髪の大男」とやらを探す。

アングラの森はよく知った場所のためビギナーが死にやすそうな箇所は分かるが、猛獣に食われたのなら手助けの仕様がない。こんなグルメ界入り口で死んでるなよと思いながらいくつかのポイントを駆け抜ける。猛獣の巣、 底なし地割れの隙間、ミサイルサボテン群生地帯、ヒートプラネット、フォールツリー…。
フォールツリーの範囲に入ると滝のような雨が全身を打ち付け、雨筋と地面を叩く反射で一気に視界が悪くなる。それでも注意深く辺りを探ると視界の端に激流に押し潰され地面を這いつくばる人間の姿があった。あれか。まだ何とか生きて──安堵した瞬間、嫌な予感が首筋をかすめ駆け出した。大男が向かう先、雨から抜け出そうと這いずるその先は駄目だ!



「─そっちは駄目だ!」

全身が粉々になりそうな雨の中でトリコはそんな声を聞いた気がする。
だが呼吸すらままならないスコールにもがき、ようやく片手がスコールから逃れたトリコは振り返ることなく酸素を求めて体を雨の中から出してしまった。上半身が圧から解放され胸いっぱいに呼吸をしてから気付く。目の前にいる体長5mはあるだろう鋭い嘴を持つ怪鳥。次々と訪れる災厄に四天王と呼ばれるトリコも限界だった。

「(これがグルメ界…さすがに厳しい洗礼だぜ…)」

飛びかかってくる怪鳥に死を覚悟すると、視界が銀色で翳り一人の女性がトリコと怪鳥の間に割り込んだ。
驚きの声を上げる間もなく女の脚がブレて見えたかと思うと怪鳥は後方に蹴り飛ばされ、次にシュコンーとノッキング特有の音がなる。地面に転がった怪鳥は痙攣しているが生きているようだ。いや、それよりも、今目の前にいる二人にトリコは目を見開いた。

「あ、あんた達は…!」
「ノッキングしたつもりですけど」
「おしいおしい 神経だけでなく声帯もやらんといかんよ。のぉトリコくん?」

リーゼントの男は世界屈指の実力者ノッキングマスター次郎。そしてこちらを振り向いた銀色は以前グルメコロシアムで見かけた女だった。
女はいつまでも雨の中に体をはめたままのトリコを持ち上げると地面に立たせ「よく見ておくといい」と呟く。ん?と女が指さした方向を見るとさきほど倒した怪鳥と同種の生き物が数百羽単位で飛びかかってきていた。

「おわぁ!?」
「こいつはマミュー。集団で行動し危険が迫ると尋常じゃない数の仲間を呼ぶんじゃ。どれ二人は下がっていなさい」

女が下がったのに習ってトリコも雨の側まで下がると次郎は難易度の高い針を飛ばすタイプのノッキングライフルでマミューを仕留めていった。上下左右背後にも、空中であろうとも何十羽と囲まれても一度も外すことなく的確にノッキングを与えていく。さらに森から出てきた40mはある猛獣を威嚇だけで追い払ってしまうレベルの差にトリコは笑うしかなかった。


◇◇◇


猛獣の脅威が去った後、三人は森の中に移動し体を休めた。といっても疲れているのはトリコのみで、次郎は悠長に貝を焼き始め、女は少し離れた木に寄りかかり時折周囲を見回している。さっきの雨の中で「そっちに行くな」と言ったのはあいつだったのか。グルメコロシアムで一度目はあったが一言も話さなかった上にマンサム所長も口をつぐんだため、結局彼女は何者なのかトリコは知らなかった。

次郎に注意力が散漫であることと体が重い原因を明かされると、彼女を気にしすぎていたせいか次郎は女の方を見て「ユニちゃん」と呼び掛けた。

「先輩としてトリコ君に解説してあげたらどうじゃ?」
「……は?」

そういうのは得意じゃろう?と言われ眉を顰める。コロシアムでも見た表情ではあるが言葉を返す辺りマンサム所長より態度は軟化しているようだった。

「ユニだっけか。あんた美食屋なのか?」
「なんじゃ知り合いではないのか?ユニちゃんは一龍の娘じゃよ」
「なにっ!?」
「違う!」

思わず反応するが間髪入れず否定が入った。今まで無表情だったが途端怒りをむき出しにして次郎に詰め寄る。トリコはコロシアムでのマンサム所長への態度やノッキングマスター次郎との接点は「一龍の娘」だからかと納得しかけたが、それすら許さない形相にたじろいだ。

「あの男が勝手に言ってるだけだ。娘なんてどの口が言うのか。反吐がでる…!」
「そう言うでない。イチちゃんは家族のように思って」
「あの男が欲しいのは次世代の戦力だろう」
「ユニちゃん」

吐き捨てるような言葉を次郎が強く諫める。剣呑な雰囲気が数秒続くがいち早く殺気にも似た怒気を抑えたのはユニだった。依然機嫌は悪そうだが悪態をつく気はないようで次郎から目を逸らすと今度はトリコを睨む。今度は俺か?と身構えるが考えとは裏腹にで?となにかを促された。

「で、解説ってなに」
「え?あ、あぁ…そうだな。目から出血して手足が痺れる場所があったんだよ」

解説とは次郎がアングラの森と体が重くなった説明の続きで、グルメ界の先輩であるユニに分からない事があるなら解説してもらいなさい──の事である。随分と話が戻ったなとトリコは苦笑しながら疑問を問い、そしてユニはユニで律儀に頷いた。

「恐らくエアツリーに近づいた」
「エアツリー?」
「植物獣類「エアツリー」は細いしな垂れた枝の先に空気を生産する実をつける植物だ。空気中の気体をランダムに生産するため周囲の体積比が異なる。目の出血や手足は痺れは酸素中毒による。過酸素状態では中枢神経と目への影響が大きい」
「うむ。濃い酸素は体内組織を破壊するというからのう」

酸化的損傷とぼそりと付け足される。むしろ酸素で助かったってところか…とトリコは思ったが口には出さない。もう怒ってはいないのだが憮然とした態度に慎重になっていた。

「他に、ここにくるまでには触れるとトゲを発射する「ミサイルサボテン」の群生地帯があった。太陽のような形をしてるのは強い引力と熱波を発する「ヒートプラネット」で引力によってその場のみアングラの森特有の重力が無効化される。最後にハマってたのは巨木の葉から滝のような雨を降らす「フォールツリー」。獲物を雨で殺すと根から養分を摂取する」
「な、なるほど……」

すらすらと淀みなくグルメ界の植物が、トリコが翻弄された"災厄"が解明されていく。これがグルメ界。力だけでは到底攻略できないと言われる未開の土地。たとえアングラの森がグルメ界の入口にすぎないとしても一端をその身に味わえたことにトリコは打ち震えた。
対して、ユニはそれを静かに見つめ「戻る」と呟く。

「おう!色々ありがとうなユニ!」
「もう休みは終わりか?」
「……呼び出しだ。あの男の」

憮然とした表情で腕輪を見せるとイエローランプが点滅している。一龍からの招集信号を嫌そうに見下ろすがトリコに手を振られ、次郎に見送られ重い腰を持ち上げる。
少し歩いても次郎の威嚇の影響か近辺に猛獣の気配はなく、楽に森を抜けフォールツリーの横やミサイルサボテン群生地帯を通り、ユニは一度エアツリーの真下で足を止めた。

「……鬱陶しい」

いまだ点滅する信号は招集を呼び掛けるだけでなく通信を要求しているのだが、出ることはなく通信をオフにした。煩わしい点滅が消えたのを確認して最後にエアツリーの下で深く深く息を吸い込む。

そして、短い休暇を終えたとユニは人間界へ走り出した。

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