花園に住まう君

指先でつながる

 侑が鬱陶しい。いつもは鬱陶しくないのかと言われると、常にまぁまぁウザいところのある片割れだが今日は特にひどい。

 週末の練習試合は予想通り稲荷崎の全勝で終えた。双子揃ってスタメン起用され、試合内容も上々だった。その結果調子に乗っているかというと、そう言うわけでは無い。侑が浮かれている原因は朝のバスで出会った女子校の可愛い子だ。名前ちゃん。侑が何度も口に出すので、俺まで覚えてしまった。一言二言話しただけだと言うのに、よくここまで喜べるものだ。
 体育館からの帰り道を角名と銀の4人で歩きながらも、侑は彼女に拾ってもらった生徒手帳を大事そうに取り出すとニヤニヤと口元を緩ませている。

「ええ加減にその締まりのない顔やめてくれん?」
「フッフ。今はサムに何言われてもどうでもええ」

 いつもより上機嫌の侑は口喧嘩にも乗ってこない。

「珍しいよね、侑が女の子気にいるなんて。基本暴言ばっかじゃん、ブスとかケバいとか」
「確かになぁ。侑が心入れ替えるほどの良い子やったんやな!」

 角名と銀も、侑の浮かれた様子に名前しか分からない彼女に興味を持ったようだ。いつも何かとスマホを触っている角名が、侑に幾つか質問をして何やら入力していく。
 
「芦女だよね。侑が可愛いって言うくらいだから知り合いたどってけばSNSで出てきそうだけど、どうかな」
「お前そういうのほんま得意やなぁ。俺は絶対に見つけられん」
「銀はそうだろうね」

 バス停であと数分で来るはずのバスを待ちながら、角名の触るスマホを男3人で覗き込む。側から見れば図体のでかい男ばかりで身を寄せ合う姿は、少し異様な図だったかもしれない。

「でもなぁ、なんかSNSとかで見つけてしもたら、それもそれでなんかちゃうって言うかなぁ」
「なんやねん……付き合いたいんと違うんか」
「付き合うとか以前に、あの天使ちゃんと俺は住む世界違うやん。今日会えただけでラッキーやった」

 なんだそれは。芸能人みたいな感じなのか、とよく分からない侑の言い分を聞いているうちに、今朝乗ったものと同じバスがやってきた。付き合うのは違う、などと宣いながらも角名のスマホが気になる侑は、オモチャに釣られる猫のように角名の隣に腰を下ろしていた。銀と目配せして二人の後ろの座席に座ると、脱色された侑の金髪と角名の少し癖のある黒髪の間からスマホの画面が見えた。その時角名が触るスマホを覗いていた侑が「あ!」と声をあげる。

「サム、これ、この子今朝の子とちゃうか」

 後ろを振り返った侑が指差した先の画像を角名が拡大すると、そこには今朝見かけた名前ちゃんとは別のもう一人の長身の女生徒らしき女子が写っていた。

「え、この美人さん? この子は侑みたいなお子ちゃま相手してくんなくない?」
「おい、どういう意味や」
「角名、名前ちゃんの連れがこの子やってん。まあ確かにこっちの子は、興味ゼロっぽい顔してたな」
「興味ゼロとか言うとるけどお前も同じ顔やからな!? お前もゼロや!!」
「侑うるさい」

 角名は大袈裟に侑から首をそらせながらも、スマホの画面をいじり続ける。何枚かある画像をスワイプしていると、次は銀が「あ!」と声をあげる。

「この子、女バレと違う?」
「なに、銀が女の子チェックしてたの意外すぎるんだけど」
「そんなんちゃうって。確か月刊バレーボールの特集に出てたと思う」

 そう言われてもう一度今朝の様子を思い浮かべる。すらりと高い身長と引き締まった体は何かスポーツをやっていてもおかしくはない。強豪のバレー部なら女子でもある程度噂話などを聞くことがあるし、実際空き時間に試合を観ることもある。だが女子校はなかなか知り合いもいないし、学校の応援も異色であるためあまり近寄ったことはない。だから県代表を争う実力のある芦谷女学院の選手を知らなくても仕方がないだろう。

「バレー部なら、こっちのお姉様にはまた会えるかもね。来週地区予選だし、女子も同じ会場でしょ」
「でも名前ちゃんはバレーするにはちょっと小柄やったし、細っこかったからなぁ」
「よく見てんじゃん、侑」
「そりゃ見るやろ、可愛い子おったら」

 そこは同意だ。二人とも容姿が良かったから目をひいたのは確かだが、治はそれ以上の何かを感じなかった。しかし侑はどうやら違うらしい。そのくせそれ以上自分からアクションする気はないようなので、よく分からない。欲しいものは欲しい、自分たちは昔からそうではなかったか。我慢するとか、手を出さない、とか意味が分からない。侑だってそれは同じだったのに、今回に限っては何が違うというのだろう。

「うーん、この写真あげてる子から美人さんに飛べないかな。タグついてない、あ、ついてるかも」

 引き続き名前ちゃんを探しているらしい角名の指が迷いなく画面を滑る。何度かタップしたりスワイプしたりすると、侑の頭がどんどん角名の肩に引き寄せられていく。

「鍵垢だったら無理だけど、、あ、いけるね」
 
 この短時間で今朝の女子のアカウントに辿り着けたらしい。角名のSNS恐るべし。名前ちゃんの友人のアカウントのページにずらりと表示された写真の中で一番最新の写真を侑が指をさす。緑の人魚がプリントされたカップを持って仲良さげに映る二人の女子の顔にはどちらも見覚えがあった。今朝のバスに乗ってきた二人が頬を寄せ合ってこちらに笑いかけている。

「名前ちゃんや!」
「おお、マジで辿れちゃった」
「角名すごいなぁ!」

 角名の指先によって見つかった名前ちゃんに侑は分かりやすく目を輝かせる。SNSで見つけたりするのは違うとか言ってたのは誰だ、と思ったが面倒なので口には出さなかった。
 
「へぇ、可愛い。稲荷崎にはあんまりいないタイプかもね、うちの女子基本派手だし」
「そりゃ校則ゆるゆるやからな。髪も脱色し放題やし、制服もスカート短いし」
「それを見慣れてるからこういうお嬢様に惹かれちゃったの、侑」
「お嬢様っていうか、もう名前ちゃんだけ違うやん」
「え?」
「全然違う。他の女子と何もかも違う」

 ふざけているわけでもなく、そのまま事実を口にするように淡々と言い切る侑に角名も銀も驚いたように目を見開く。それはもう真剣に恋に落ちてるやつの言う台詞ではないか。普段の高圧的でお調子者の侑とは思えない口ぶりに、治まで黙り込んでしまった。

「ってなんやねん、お前ら! 俺の天使やからな! あんま見んな!」
「ちょっ! 侑のじゃないでしょ!?」
 
 急に静まり返った周りに気付いたのか、いつも通りの侑に戻って喚き出してしまった。角名の握るスマホに表示されたままの画像に手を伸ばして消そうとするも、そこはバレー部一の体幹を持つ角名だ。長い腕を伸ばして侑の手から逃れようとする二人の攻防に、慌てて銀と前の座席から距離を取る。

「あ」

 侑の整えられた指先が、スマホの画面を掠めると同時にピコン、とハートのマークが色づいた。

「「あーーー!」」

 角名と侑の絶叫が重なる。バスの中の乗客から何事かという視線が飛んできているが、二人は気付く余裕もないようでスマホの画面を食い入るように見つめている。

「ちょっと侑、これ俺のアカウントなんだけど!! なんでいいねしてんの!?」
「と、取り消す!」
「もう絶対通知いってるでしょ……最悪。誰この稲荷崎の人、みたいになってるよ……」
「はっ……このままやと角名が名前ちゃん好きみたいやん! そんなんあかん!」
「そこ? いやこれ名前ちゃんのお友達のアカウントだよ。ってか俺はその名前ちゃんと会ったことないからね?」

 赤くなったり青くなったりと表情のうるさい侑の横で角名はげんなりと顔を歪めている。隣に座らなくて良かった、と内心ほっとしていると、隣の席の銀がにこにこと楽しそうに笑い出した。

「侑、うまくいくとええな! 応援してんで!」

 この状況からうまくいく未来など想像も出来るはずもなく、青い顔をした侑は考え抜いたセットアップを完璧にブロックされた時のように顔を顰めて生徒手帳を握りしめていた。浮かれている侑も鬱陶しいが、こうなった侑も同じくらい面倒である。今夜は部屋に帰ってもずっと『名前ちゃん』の話だろうと、治はバスの背もたれに項垂れた。せめて今日の晩飯が好物であって欲しい。そんなことを思いながら、バスの揺れに任せて目を閉じた。

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