砂漠の雪催い

07

鳩羽色のヒカリ(6/8)

『実は話さなくちゃいけないことがあるのですが、ここでもいいですかね?』


 ナズナ様と外を眺めながら今後の件について話題を切り出して、全てを話し終えた。

 私達と離れることに対して声と表情は明るく努めても心では焦り、戸惑いや不安をあらわにしていた。


 特異な経歴と彼女の身体に潜んでいるもの。課題は多いのかもしれない。

 しっかりしているからどこかで心配ないと、受け止めて乗り越えてくれるはずだと信じていたがナズナ様はまだ幼い。
 変わっていく環境の変化に慣れるまで心の速度に合わせられたらどれほど良かったかと後悔がつのった。


 ──……わがままだって分かってますけど私、夜叉丸さんと家族になりたかった。


 複雑な事情からか我愛羅様とナズナ様は家族に憧れを抱いている。


 いつかなれる日が来るのではないかと我愛羅様の幼いながらも抱いた微笑ましい願いを知っているからこそ、ぼんやりとした幸せを思い描きながら(なだ)めると「私との結婚」を望むような予想に反した言葉が返ってくる。

 焦りと寂しさから恥ずかしいことをこぼす癖があるのは知っていたが応えるには困難を極めた。

 子供ながらの可愛い憧れなようなものは感じられずどこか本気な様子で、我愛羅様の事を想うと私のことは1つも心に遺してほしくなかった。


 もし大人になってもナズナ様の心が私の元にあるのなら、その時が向き合う時だと判断してわざと話題を逸らした。

 彼女を暗に試すと裏の真意に気づく聡明さは年相応ではない危うい無防備さで溢れてる。


『ずるい』とおっしゃるナズナ様から、どこか安心感を覚えるのは捻くれた部分ですら認めた上でそれでも傍にいてくれると言っているように聞こえた。


『あれ、我愛羅……?』


 ご自分のことで手一杯なはずなのにも関わらず我愛羅様を見つけた瞬間、他人を優先させる余裕だってある。

 ナズナ様は相手の状況と感情をを察して思いやることをごく自然と当たり前におこなえて、身についている子だと感じられた。

 幼さゆえに知識は乏しいのに人との関わりで大切なことには熟考できるから経験が少ないわけではない。

 この歳の女の子はこうであったかと悩んでも、比較対象がテマリ様だからうまくいかない。
 テマリ様も母親との早すぎる離別でどこか大人びてしまっている。……どちらにせよ不思議が尽きないお方だ。


 ──我愛羅の傍に行ってあげてください。


 状況が状況だからナズナ様の厚意に甘え我愛羅様の元に向かうと、どうやら先日あった騒動の件で責められていた。


 被害にあった方々はすべて頭に入っている。ほぼ無関係に近いその人物は恐れからの排除と自分が気に入らないからとただ悪態をつきたくて被害者ぶっていた。


 本当に差別や中傷を投げてくる人が絶えないな……。


 強く言っても反発が大きくなるだけで穏やかに仲裁しつつも指摘をして懇切丁寧に向き合うとばつが悪そうにそそくさと去っていった。


『夜叉丸、ありがとう……』


 不安定だ……なんとか落ち着かせることができないか悩んで我愛羅様が喜ぶような話題を探した。


『いいえ大丈夫ですよ。我愛羅様、見えますか? あそこにナズナ様がいらっしゃいますよ』

『あ、……本当だ、ナズナがいる……』


 我愛羅様の瞳に光が戻って嬉しそうに微笑んだ。

 ナズナ様は我愛羅様にいつもと変わらない、優しい表情で微笑み手を振っていた。
 先ほど私と一緒にいたときの強張った表情が消えてる、いや……取り繕って我愛羅様を元気づけようとしている。


『ねぇ、この前言ったことナズナ見てもらいたいんだ。いい、かな?』


 砂の力をお見せしたいのか。
 いつか我愛羅様の持っている力に関してナズナ様は向き合わなくてはいけない。

 自分も一緒にいるほうが好都合だ、もし何か起こっても自分が止めることができる。

 ナズナ様に私が我愛羅様を想う心は伝えてきたからあとは覚悟が必要なのかもしれない。

 今までの平穏を失ってしまうかもしれないけど、それでも得たいものがある。


『そうですね……私も見てますから少しくらいなら……』

『うん……!』


 それから慎重に砂を操ってうまく制御している様子だった。
『ナズナ頑張って追いかけてる』と、ふたりが微笑んでじゃれ合っている。

 離れていてもお互いの心が近くに感じられて私までも嬉しくなってしまう。

 しばらくすると気が緩んでしまったのか我愛羅様の砂がナズナ様を襲った。


『夜叉丸、どうしよう……』


 泣き出しそうな顔で不安に陥る我愛羅様を宥め、ナズナ様の様子を確認するとすべて理解を示している表情のナズナ様には、柔らかな情愛に満ちていた。

 大丈夫ですね。


『我愛羅様、大丈夫ですよ。謝りましょう? ナズナ様はちゃんと向き合ってくれますよ』

『でも……』

『恐ろしさで逃げ出してしまうのは楽かもしれませんが今、ナズナ様が我愛羅様に向けられているものを無視をしてしまうときっといつか辛くなってしまいますよ、大丈夫ですよ、私も傍にいますから』


 ナズナ様と我愛羅様のやりとりを見守りながら確信する。

 やはりこの子は心と感情に寄り添って優しさで物事を選ぶお方だと。
 ひとしきり落ち着くと元気づけるためかまたじゃれ始めて笑い合う、乾い風と陽射しがきつい砂隠れの里、ふたりの間にはなぜか陽だまりのような温かい空気が流れていた。







 後日、我愛羅様とナズナ様の希望通り外で遊ぶことになった。
 大きな砂場は我愛羅様も遊び慣れた場所だ。

 ナズナ様を襲いかけたが、ちゃんと向き合い受け入れられて許された。

 その経験が我愛羅様にとって大きな安心感に繋がったのか不安定だったのが霧散して強さに変わった。

 信じてくれる人がいる事実が心強く支えとなっている、これまで以上に安定している。


 私は安心してその場に置いて、また迎えに訪れるとお伝えしてその場を離れた。


 風影邸での定例会議にチヨバア様とエビゾウ様が出席される。
 その後ナズナ様を養子として迎え入れるための対面と詳細について話すため時間をあけてもらっていた。


 会議は相変わらずの平行線で問題の解決を風影様に任せて責任逃れと上役の小言、辟易(へきえき)する会議も終わったかと思うと風影様は暗部を引き連れてどこかへ向かった。

 変則的な生活を強いられる風影様は時間がゆるす限りこうして我愛羅様を人柱力として育て上げるため心血(しんけつ)を注いでいた。里のため、それは巡り巡って我愛羅様のため。


 複数人相手の訓練か……連れている部下からは全身の硬直、気配と身振り手振りで恐れを押しとどめているのがみてとれる。

 悪態をついて指をさす人たちと重なってしまう、何もなければいいと静かに祈るだけだった。


『本日はよろしくお願いしますね』とチヨバア様とエビゾウ様に挨拶をすると『分かっておるわ』としぶしぶと行った様子でも取り合ってくれた。


『少し準備をしてきますのでお待ちになってください、すぐにお連れしますので』とナズナ様を迎えに行くとすでに我愛羅様とは別れたあとでナズナ様は思ってみない偏見と猥雑な目に遭われて傷ついていた。

 ナズナ様のため言葉を選んで想い尽くした。

 苦しさと心の傷を抱えながらも我愛羅様を想う気持ちは依然とあって、これからも一緒にいられるように成長しながらその答えを見つけ出すために焦らなくていいと諭した。

 まるで逆に私がナズナ様に縋るように。周りの人間に感化されずに我愛羅様の傍にいてほしいと願うように。


 ナズナ様の件でチヨバア様とエビゾウ様と話しに一段落がついて帰る頃になった。


 我愛羅様を庇うようにチヨバア様とエビゾウ様と会話をしている光景に違和感を覚える。

 どうして我愛羅様が……?

 声がどこか強ばって、切迫感も詰まっていて雰囲気が妙だ。

 すぐさまに落ち着ける場所に案内をして思案に耽る。


 ナズナ様に夕方頃に会わせるとの約束したのは確かだ。
 本当なら鍛錬が終わるタイミングを見計らい、ナズナ様の件についての報告兼ねて風影邸に寄りつつ我愛羅様をお迎えする予定だった。


 何かあったのではないかと不安が押し寄せる中、ナズナ様からは静かな決意を感じて、ただ頷いて彼女に任せることにした。


 その場を離れるとご姉弟を見送る帰り際、思い出したかのようにチヨバア様がポツリと呟いた。


『もしあの一族の血継限界が使えると里にとっても都合がよかろうの』

『失礼ながらお伺いしますが、どんな血継限界なんでしょうか……?』

『大気を使って氷を作り出しての……』


 どうやら大気を氷に変えて捕縛や防御、攻撃にも長けた一族のようだった。


『チャクラコントロールを誤ってしまえば自分が氷漬けじゃのぉ』

『確かに……空気なんて自分の周りにいくらでもありますからね』

『相手を氷中に取り込むこともできれば反対に自分の術でそうなるの』


 神妙な表情になって顔を合わせたままチヨバア様は言った。


『それと……お前がみていると聞いて何かしら接点があるだろうと思って懸念しておったが、やはりうまく手懐けておるの……』

『あの、それは一体?』


 お二人の仲を気にしているそんな口ぶりだった。


『やはり、昔守鶴を捕らえ茶釜に封印した一番の功労者とも言われておったからか……その術を使い尾獣を抑制することができる』

『そんな一族だったんですか……』


 守鶴と(ゆかり)のある一族だったのか。だから我愛羅様は落ち着いていられるのだろうか。
いや血継限界は関係ないだろう。

 ナズナ様自身が持つお心や思いやりによる包容力がもたらすものだ。
 お二人をよく見ているからこそ断言ができる。


 チヨバア様は何を気にしているのか訊けないまま別れ修行中での我愛羅様の様子とナズナ様に関して報告も兼ねて風影邸へと向かっていった。


 風影邸はざわついていた。風影室に向かう途中で『あれは失敗だ……』『いなくなってしまったほうが里のため……──』と非難の声。


 報告を終えて風影様に切り出してみた。


『つかぬことをお聞きしますが、この騒ぎは一体……何が……?』

『例の件ではご苦労だった。それと……お前にも知らせないとな』


 何か嫌な予感はしていたが今日、我愛羅様の鍛錬中に部下の一人が訓練なのにも関わらず恐れから混乱に陥って不安と恐怖心に感化された我愛羅様は感情の高ぶりと自衛するため、様々な要因が重なって半守鶴化してしまった。

 風影様が傍にいたから大事にはならなかったが暴走と言っても過言ではなかった。

『この程度の力、抑えられなくてどうする』見捨てるような発言と叱責を重ねたらしい。だから様子がおかしかったのかと合点がいった。


『そんな、過度に刺激をしなくとも……』

『少し追い詰めたぐらいでコントロールを失ってしまうのであれば人柱力としてやっていけない』


 確かに仰っしゃる通りだ。

 口を噤むと風影様は目に黒い隈が浮かび上がらせて、片目を抑え術を発動している。

 視神経を繋げて何を見ているのだろうか。


『夜叉丸、いい拾い物をしたようだな。よく注視して見ておけ、と言いたいところだったがうまく懐柔している』

『ええ……あの子供はきっと、この里にとっていい忍びとなりますよ……』

『そうか』


 いいようのない不安に襲われて急いで我愛羅様の元に戻るとなんともない様子で我愛羅様は落ち着いていてほっと息をついた。

 ナズナ様から大まかな事情をうかがって『今夜、我愛羅と一緒にいたらだめですか?』と頼まれて少し迷ったけど一緒にいたほうがいいだろうと判断してその日は二人でゆっくり過ごす時間を作って朝日を一緒に迎えた。

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