砂漠の雪催い

07

鳩羽色のヒカリ(4/8)

 不信感が芽生えてからひとりでは消せなくなってしまった。


 先日選んだ贈り物はあの騒動で綺麗な包装が台無しになってしまったけど中身は無事だった。

 我愛羅様は悲しみ、それと同時にナズナ様から拒絶されるのをどこか怖がっている様子でなかなか踏み込めないでいた。

 完璧じゃなくていい。

 銷魂(しょうこん)する我愛羅様に気持ちが大切ですから大丈夫だと(なだ)めて、ナズナ様も我愛羅様と会いたがっていたと伝えると勇気が出たのか『ボク、行ってくる』と見送った。



『里内で見つかった例の子供の件はどうなっている』

『その点においてはお憂慮(ゆうりょ)には及びませんよ』


 報告で風影邸に足を運ぶと想定内の詰問を受け、穏やかに流して『状態も安定して最低限の質疑応答もできるようになりました』と話をすすめていく。


 これで最後になるのかもしれない。

 先に今の現状と今後どうしたら最善なのかをナズナ様に伝えようかと迷いながら部屋に戻ると安心して眠っている我愛羅様をみて静かな衝撃を受ける。

 ふたりきりの安寧の空間。ナズナ様の隣は我愛羅様にとって大切な心の寄りどころになっているのだと察するには十分だった。


 我愛羅様を撫でる仕草や眼差しの温もりが姉さんの面影と重なってしまった。
 ナズナ様が我愛羅様に抱いてる思慕は同じものではないかと錯覚するほどに。


 本当はどうすべきか分かっている。

 ナズナ様に贈り物を渡したら会わせるのを控えておくべきことも。
 その旨を我愛羅様に伝えるべきだということも。


 ナズナ様が我愛羅様に友好的なのは、たまたま我愛羅様の知られたくない部分を知らなかっただけにすぎない。

 このまま知らないでいてほしい、もし知ってしまったら、やはり恐れを抱いて逃げて嫌っていくのだろうか。

 寝ている我愛羅様が起きて、お二人の傷に思わず触れてしまった今、話すのは酷だろうと判断してその日は何も告げることができず後にしたのだった。






 ──我愛羅のこと聞いても大丈夫ですか?


 次の日にナズナ様は打って変わってどこか陰りのある表情が一変して子供のようでも今のナズナ様には毅然(きぜん)たる軸のような意志が垣間見えた。


 距離を縮めて向かい合おうとする姿勢を見せるナズナ様をみているといずれ知ることになるのだから私から話しても問題のではないか? と気持ちが揺れる。


 全てをお伝えしてもなお我愛羅様自身を見て心から想ってくれる存在になってくださったら……、そうなったらこれ以上の幸福はないのかもしれない。


 言葉を交わしてくうちに確信する。ナズナ様には受け止めて背負えるだけの精神が伴っていることに。

 それに気づくと同時にはっとする、私はきっとナズナ様のことを心から信じたかったのだと。


 何とかしてナズナ様を救おうとしているのは我愛羅様の希求(ききゅう)に応えたかったのもあるかもしれないけどそれ以上に我愛羅様を受け入れてくれる唯一の存在となってくれるのではないかという淡い期待を抱いていたからだと。


 何かを(たて)にして自分の本心すらも隠してナズナ様の本心がどこにあるのか真意を探ろうとしたら気づかされてしまう。

 ただただ、嬉しかった。我愛羅様のありのままを受けとめて、今と変わらない思慕をむけながら寄り添っていこうとしてくれている真っ直ぐな気持ちが。

 たとえ傷ついても、傷つけ合ったとしてもその苦痛でさえもナズナ様はふたりで一緒ならにいるために必要なことだと想って大切にするのだろう。


 ナズナ様が何かを隠しているのは発見時の複雑な境遇がそうさせてしまっているのだろうか。

 そしてナズナ様が我愛羅様のことを受け入れることができたのは、もしかしたら特殊な経歴がそうさせているのだと容易に判断できた。

 ナズナ様が本心を隠そうとする理由や存在にどこか危ぶんでもナズナ様自身の心は空のように澄んでいて里に害を与えるような存在ではないことは確かだ。


 ──夜叉丸さんが我愛羅のことを大切に想うように私も大切に想ってますよ。


 私が我愛羅様を大切に想う気持ちごと大切に想って下さる、この子のことを疑わず、信じてみよう。

 隠していることには目を瞑ってどこか姉さんとにた面影があるこの子のことを。


 華美な髪飾りが嬉しかったんじゃない。我愛羅様がナズナ様のために込めてくれた心をしっかり受け取ってくださったナズナ様の心を信じてみたくなった。


 姉さんが私のことを見守り、我愛羅様を託すことで信じてくれたように自分もそうしよう、と。想えたのだった。


 まだ時間がある、ナズナ様に気をつけてほしいことを逐一伝えて何とかして、いい方向へと繋ぐことはできないだろうか。

 引き離すことはやめて、お二人のために互いを想ってできることを一緒に過ごしていけるように模索していきたい。


 ナズナ様の処置や身の回りの事が終わって、我愛羅様が過ごしている邸宅へ行った。


 我愛羅様は自室で窓の外を眺めている。
 その遠い視線の先に向けられていたのはナズナ様がいらっしゃる建物に届けられていた。

 背中に声をかけると振り返って微笑んで『夜叉丸』と近寄ってくるから視線を合わせるため屈んだ。


『我愛羅様、今日もナズナ様は我愛羅様と会いたがっていましたよ、いかがなさいます?』

『ボク、ナズナに会いたい……!』

『それでは行きましょうか』


 手を繋いで外に出ると『あのね夜叉丸……』と、声を潜めるように話し出す。

 どうやら守鶴が落ち着いて安定したのか力の制御がうまくできているみたいだ。


『ナズナに今度見せてあげたいんだ、だめかな?』

『うーん、ですか室内では……』


 返答を濁すと『約束したから……』と寂しそうに呟くから『そうですね。怪我が治って外に出る機会があると思いますので、その時に見せてあげましょうか』と頑張ったことをナズナ様に見てもらいたいのだろうと理解して、聞き入れてしまう。


『我愛羅様、ナズナ様はまだ完全に怪我は治ったわけではないので、無理はさせないようにして下さいね』

『うん』


 そうしてナズナ様が待っている部屋へと入っていく。


『あっ、つけてる……!』


 我愛羅様の弾んだ声を扉越しに聞いて、瞳の奥できっとお二人は穏やかに笑い合っているのだろうと想うと胸があたたかくなる。


 彼女の髪を彩る我愛羅様からの贈り物は確か……待宵の華……ですか。


 そして自然と気持ちが芽生えて願わずにはいられなくなったのだ。


 いつか来るはずの恋人……。


 両親も喪い、何か抱えているであろうナズナ様の傷や寂しさを、やさしく想い包みこんでくれる人に、……この子を愛してくれる人と出逢えますように、と。



鳩羽色のヒカリ・the first volume
2021.12.06
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