砂漠の雪催い

07

鳩羽色のヒカリ(3/8)

『我愛羅様、どれになさいます?』

『夜叉丸、これはどうかな?』

『うーん……そうですね……悪くないと、思います』


 どうして疑問に思ってしまうのか不思議な感覚を覚える。
 何というか……我愛羅様は贈り物を選ぶ感性がないような……気がしなくもない。


 身の回り品や武具、雑貨など幅広く扱っているよろず屋でこれはどうかあれはどうかと談義を重ねていくなかで、我愛羅様が勧めてくるものは子供らしく目を引く目立つような派手な装飾品か一昔前に流行ったもので今や野暮ったい印象を受ける物ばかりで……なんか微妙だ。


 贈り物に大切な事はそこに込められた想いだ。

 どんなものでも構わないと思いつつもナズナ様のような少し大人びた子はあまり派手に飾りついたものより控えめのものにしたらどうかと提案しても『えー……』と歯切れの悪い返事をされる。


 我愛羅様と一緒にナズナ様のために物色しているとある装飾品を見つけてしまう。
 高い位置の棚に展示されている装飾品には一つ一つ職人が作品に誇りと愛着を持っているのか題名がつけられている。


 緋色を基調に淡い藍色と独特な色合いの首飾りの『夕光(ゆうかげ)の雨音』。
 小さくても硝子できた透明感のある凛とした花が美しく、品を感じる髪飾りの『待宵(まつよい)の華』。


 待宵(まつよい)……くるはずの恋人を待つ夜、それは二つで一つの髪飾りだった。
 思わず強く惹かれて展示してあるものに目を奪われていたら我愛羅様も気になって背伸びをして覗き込もうとするから抱きかかえて見せてあげる。


 我愛羅様も食い入るように眺めて『あ、花だ……夜叉丸、これなんて読むの?』と訊いてくるから二品の題名を教えてあげると『夜叉丸、まつよいって何?』と首を傾げる。


『待宵にはくるはずの好きな人を待つ夜、という意味が込められています』


 小さな声でぽつりと『好きな……ひと』と呟いた我愛羅様の顔をうかがうと『夜叉丸……これにする』と照れあらわにしつつもはっきりと気持ちを示すのだった。







 それから会計を済ませて外に出ると綺麗に包装された贈り物を自分で持ちたいと言い張るから落としたり転ばないように気をつけて、と手に渡す。


『あ、ボクもあれできるようになったよ』


 隣を歩いている我愛羅様が見つめている方向には修行中なのだろうか、数人の子供が懸命に崖を駆けのぼって降りてを繰り返していた。どれだけ高くまで登れるか競っているようだった。


『壁登りの術を……もう』


 我愛羅様の成長に喜びを隠せない、隠す必要を感じてないのは私だけだろう。

 素直に感心して褒め言葉を吐くと『まだまだだけど』と嬉しさを滲ませても表情には陰りがあった。

 ふいにナズナ様と我愛羅様とのやり取りを思い出して『私も我愛羅様の頑張りをちゃんと知ってますからね、大丈夫ですよ我愛羅様ならこれからもっと上達します』と一言添えると喜びを噛みしめるようにして頷くのだった。


 その瞬間、子供達の悲鳴が響き渡り、全身総毛立った。

 何があったのか声のする方に視線を向けると壁登りの術で無理をして高所まで登ったはいいものチャクラコントロールを誤ったのか子供が落ちていた。

 間に合う間に合わない、そんなことを考えるよりも先に身体が動いた。


 私よりも一瞬早く我愛羅様の砂がその子を受け止めてゆっくりと地面へと降ろしていく。

 大事に至らなくてほっと胸を撫で下ろしたのも束の間だった。


『バケモノッ! はなしてっ、はなしてっ! だれかたすけてっ!!』


 その言葉に怯んでしまって砂の動きが乱れ、その子は何とか逃れるも一定の高さから落ちて(うつぶ)せに倒れながら(すす)り泣きながら逃げだしてしまう。


 そしてつられるように『砂のガアラだっ……!』『逃げろ』とあっという間に──わぁああっと膨れ上がった恐怖で沸いた叫び声を聞いた人達が集まってきてしまう。


 我愛羅様は『違う……、まって……ボクは、』と戸惑っても遠目から一瞥(いちべつ)だけの冷たい視線と罵詈(ばり)の言葉を浴びせる声で染まってしまう。

 私はすぐさま傍に駆け寄り、我愛羅様を守るように自分の身体で遮って隠した。

『我愛羅様、大丈夫ですよ。落ち着いて下さい』と優しく言い聞かせても動揺して耳に届かない様子だった。


 手に持っていた贈り物がこぼれ落ちて、我愛羅様は何かに耐えるように頭を抑えてその場でしゃがみ込んでしまう。

 砂はまるでその感情に呼応して周りの声を拒絶するように舞い上がってく。


 制御を失いかけてる。本能的に危ないと察してより一層呼びかけてみるけど砂が刃のように周囲の人々に襲い掛かったのだ。


 それからは最悪だった。瞬く間に悲鳴と混乱に呑まれ、落ち着いて鎮まる頃にはただ掻き乱されて傷ついた残骸と寂寞で埋もれてしまっていた。


 守鶴がしばらくの間、落ち着いてたのも相まって油断していた。機会を窺って嘲笑うかのように牙を向いたのだった。






 一連の騒動はすぐに上層部に知れ渡って会議ではどうなっているんだ、これまでのやり方がぬるかったのではないかと糾弾と指摘をされ、子供を助けるためだった、余計な刺激をしなければ騒ぎにならなかっただろうと弁明してみても無駄だった。

 幸い怪我人が出ても死者が一人も出なかったがそれでも危険な状況だった。

 ただ人柱力として未熟であり暴走の兆しではないか失敗作ではないかとざわつく中、風影様がまだ判断を下すのは早いと一蹴して場を収めたのだった。


 そうしてあの一件から我愛羅様は不安定でより一層守鶴の力を抑えるための鍛錬や締めつけが厳しいものになり、人柱力として求められている圧力が我愛羅様の負荷となってのしかかっていた。

 安定するまでは我愛羅様とナズナ様は会えない日が続いている中、お二人とも会えない間も互いを想って寂しそうにしていた。

 あの日をきっかけにナズナ様と一緒に過ごしている時間は本を交え色んなことを教える。
 想定より吸収がいい、試すようにあえて数冊難しい本を選んでみても全てを理解してしまう。


 我愛羅様と少しでも会える時間を作れたらと思いつつ、胸に抱いた違和感を拭えずにいるうちに、ナズナ様自身の知能は子供とは思えないものであっても天才と称するより、精神的に成熟している賢さからくるものではないかと気づくのに時間はかからなかった。


 そして予め報告していた特徴的な容姿や発見時の状況を元に身元を調査の末、この里の子供でないことだけは明白となった。

 本来ならば孤児として砂隠れの子として保護されるのだろう。


 しかし、もしかしたら砂の里を抜けた忍びの一族かもしれないと判明して以前との状況が一変としたのだった。

 上役の一部は今すぐにでもナズナ様から情報を聞き出して調査をしたい様子だった。


 だからこそ日々を重ねていくうちにナズナ様のことに関して不信感を抱いてしまう。


 ナズナ様には何があるのか、ナズナ様の複雑な境遇、我愛羅様が不安定だからこそお二人の今後の関係にも憂いが生まれた。

 いつか互いにどうしようもなく傷つけ合ってしまうのではないだろうか、と。


 そうなる前に、本来ならば引き離すべきだと思案しても我愛羅様がナズナ様のために選んだ贈り物を渡すまでと大人達の思惑から良い方向にナズナ様をどうにか救えないか確実な判断材料がほしかったからなんとか時間を稼いだ。


 この子が生きていくため、生かすための。


 意識は戻ったが精神的外傷と記憶の混濁が見られる、質疑応答ができるように安定するまでもう少し掛かりそうだと報告を重ね、不信感を抱きながらも幼子を見捨てられない良心が働いていることと何とかして救おうとしている自分の感情が不明瞭で落ち着かなかった。



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