砂漠の雪催い

04

空の果実(2/3)

 はぐれないように手を繋いで砂隠れのことを我愛羅から教えてほらいながら独特な建物や風景を堪能していた。


「たくさん歩かせてごめんね、大丈夫?」

「うん! ボク、ナズナと一緒にいると楽しいよ」


 隣を離れずくっついて、一緒につきあってくれる我愛羅を微笑ましく眺めてた。


「あのさ、ちょっといいかな?」


 その声を背後で受け止めて振り向くと、黄檗色(きはだいろ)の髪の女の子と涅色(くりいろ)の髪の男の子が二人立っていた。


「話したいことがあるんだ、こっちに来てくれないかな」


 私の目を真っ直ぐみて唇を結ぶ。どうやら私にだけ用があるらしい。


「えっと……我愛羅大丈夫? すぐ戻って来るからね」


 我愛羅は小さく声を漏らして(うつむ)いてしまうから、ただ心配になる。ひとりにさせたくない。


「あのごめんなさい、やっぱり……」

「いいから、はやく」


 断ろうとした私の声を聞かないで促されるままに二人に従って我愛羅の傍から離れる。

 途中で振り返るとただ我愛羅は無言で立ち尽くして、どこにもいかないで、と縋るような瞳で見つめてそっと私に手を伸ばしているだけだった。


 あ、私は我愛羅にわがまま一つ言わせてあげることもできなかったんだと理解して、自分が情けなくなる。どこか聞き分けのいい様子が切なくさせる。


 少し離れたところで女の子が口を開く。


「ここらじゃ見ない子だよな、我愛羅にはあまり近づかないほうがいいよ」

「オレたちも止められてるんだ」

「止められてるって、どうして……?」


 二人は顔を見合わせて口を(つぐ)む。


「それは……落ち着いてるかもしれないけどまたいつ不安定になるか分からないし、それに……」


 女の子は傷ついた表情で、男の子は奥歯を噛みしめるように言い淀んでる。陰りのある空気で寂寥感(せきりょうかん)に包まれて自分自身も苦しみながら語っているんだろうと悟る。


「私達だって本当は、」

「テマリ、カンクロウ」


 遠くから呼ぶ声で遮られ、二人は短く「はい」と返事をして「それじゃあ……」と納得行かない様子で踵を返し、声がした元へ消えていった。

 二人に「もう戻っていろ」と指示をした赤紅色の髪色をした男性は、私に近寄って値踏みするように視線を這わせてくるから居心地悪かった。


「ああ、そうか……例の子供か」


 そんな素振りはないのであろうけど滲み出る威圧感に戦慄く。

 私のことを知っているのかな?

 無言でいるのが不安で失礼にも思えて、短く挨拶をするけどその声が届いたのか分からない。


「生かそうと躍起になっているが、本当に価値があるかどうかはオレが決める」

「価値……?」

「お前の価値だ、オレに示してみせろ」


 纏っている有無を言わさない面持ちが強烈で無言で頷く。
 それからは私に視線一つもよこさず「向こうにいるあいつを連れていく」と、後方に控えさせている部下の方々を首で指図をして離れていった。

 一人になってしばらく固まってたあと、我愛羅の元に戻ろうと思い至ってその場をあとにした。


 さっきのは何だったんだろう。私の価値っていったい……?


 悶々と考えながら戻ってみると我愛羅がいなかった。そんな遠くには行ってないはずだからと周囲を捜索始めた。







 散策をしながら通った道や、我愛羅に教えてもらったブランコがある場所を探し回っても見つからなかった。子供の行動範囲を甘くみていたと自責の念に苛まれる。

 またひとりで耐えてるのかな、ただ(うつむ)いて何も言えず受け入れているんだろうと思うと苦しくて切なくて、早く見つけてあげたかった。


 うろうろとしていると薄暗くて人けが少ない狭い路地裏のようなところに迷い込んでしまった。
 突然、腕が引っ張られて身体ごと引き寄せられて痛みで顔をしかめる。


「なん、ですか……」

「キミ迷子かな〜? ここあたりは危ないよバケモノがよく遊んでいるんだ」


 男性のねっとりとした口調に肌が粟立つと同時にぞっとした寒気が全身に通って息を呑む。え、そんな、まさか。


「あ、なたの、ほうが……っ」


 我愛羅はそんな子じゃない、と恐怖で喉が張りついて声は続かなかった。


 みんな当たり前のように非難する。不快感と悲しみでぐちゃぐちゃになるその片隅で鷲掴(わしづか)みされた腕を男性は離す様子がなくて頭が真っ白になる。

 どうしよう。声を叫んで助けを呼びたくても恐ろしさのあまり出せなかった。



「やめなよ」


 私と男性の間を割って入るかのように男性の腕が掴まれる。静止にかかったその声を聞くまで気配に気づかなかった。

 横を見ると少し歳上で、幼くも淀んでいるけどまっすぐで鋭い敵意をあらわにした金髪で琥珀色の目の男の子がそこにいた。


「んだよ、このガキ……!」


 苛立ったように舌打ちをして拳を振り上げてくる。

 危ないと思ったら男の子はたやすく受けかわして、蹴りを入れ尻餅をつかせる。


 その反動で腕の束縛が解かれたところで直ぐに離れる。


「ぐっぅ……!」と男性は(うめ)きながら壁にもたれかかったかと思うとすぐさま、顔の横にクナイが打ち込まれた。

 壁に弾かれて金属音と共に地面に転がった刃物は射し込む光で鈍く煌めいていた。


「……はずしたか、よかったね。僕苦手なんだ、クナイも手裏剣も」


 落ちたクナイを拾いつつ放たれた言葉は当てるつもりだったのかどちらともとれない、脅しとして十分な静かな声だった。


「毒を塗ってある……解毒薬はないよ僕には必要ないから。当たったらしばらく動けなくなる、次は外さな」

「走ろう」

「え、えぇ!? ちょっ」


 一瞬の出来事と雰囲気に気圧されて放心していたけどハッとして金髪の男の子の手を取って走って逃げた。

 とにかく遠くに、人が賑わっているところまで。走って走って、息を整える。人の中に身を隠してやり過ごそうと考えたのだ。


「急にごめんね」

「いや……いいよ、きみ大丈夫?」

「う、ん」


 ふいにその子に抱きしめられて動けなくなる。嫌悪感はなくて、ただきつく縛られた腕から緊張が伝わってきて細かく震えてるから怯えているのだと分かる。

 私もつられて抱き返すと強張った身体が安心で溶けていく。膝から震え落ちそうなところをその子にしがみつく事でなんとか耐えた。


 全身に響くように激しく鼓動していた心臓が鎮まっていく。

 怖かった、何事もなくて良かった。

 そして私以上にこの子も怖かったのかもしれない。


「怖かったよね、気づいて助けてくれてありがとう。大丈夫だよ」

「ン……いいよ」


 腕の力が緩んで体が離される。離された腕を見たときに細かい切り傷がついてて熱感を帯びているのが目に入って眉をひそめる。武器の扱いが苦手なのは本当らしい。


「努力の痕だ……」


 思わず「ねぇ、あなたも忍びなの?」と訊いてみると「いや、まだ忍者学校(アカデミー)生だから……」と返される。

 そういえば、忍びの育成機関があるんだと思い出す。


 我愛羅もそうだけど、年齢もそんなに違わないはずなのにこんなに小さい時から志して頑張っている。決して平和とはいえないそんな過酷な中で逞しい姿に切なくも尊敬の念を抱く。


「すごい頑張っているんだね……でもどうして私が危ないってわかったの?」


 やっぱり忍びだからなのだろうか。


「その髪色や容姿は砂では見ないから遠目から見てて気になって見てたんだ……」


 私の髪を一束摘んで梳かされる。「へぇ、すごいね」と好奇な目で一言掛けられる。


「それにほら、よそ者は……嫌われるから」

「好きでよそ者になったわけじゃないのにね……」


 少し驚いた様子で私を見つめる琥珀の瞳が一瞬潤んで「ごめん……そうだね」と優しい表情になって相槌を返す。
 やっぱり、どことなく普通ではないんだと疎外感を感じて寂しくさせる。


「でも悲観してないよ、分かり合うことができたらきっと案外よそ者でも大丈夫だと思うから……」


 いつかその時がくるのかな……分かり合うこと。私や、我愛羅だって同じだ。

 そして胸の奥でもやもやしている感情の正体が分かった、我愛羅が責められていることにどうしたら良いのか分からなくて、省みて分かってほしくてもその方法が見いだせず歯痒かったんだと。


「お願いがあるの。実は帰り道がわからなくてよければ教えてくれないかな?」

「えっ、道がわからない?」

「だって外に出たのが初めてで……大きな砂場があるところわかる?」

「ふーん、変な子……」


 どこか機嫌が良さそうに柔和に笑って手を差し伸べてくる。


「一人じゃ怖いよね。ついてきて、案内するから」

「あと赤毛の男の子みてない? 背丈がこれくらいの」


 何となく名前を伏せた。また我愛羅のことをバケモノだと言わせてしまったら悲しいから。


「ううん、見てないけど……それって、もしかして」

「見てなかったら大丈夫ありがとう。人待たせてるかもしれないから案内お願いね?」


 追求されるのが怖くて半ば強引に話をすすめる。その子の手を握って案内についていった。



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