砂漠の雪催い

04

空の果実(1/3)

「こことか良さそうですね」


 我愛羅と遊ぶため約束通り夜叉丸さんが一緒に外に連れ出してくれた。連れてきてもらったところは大きな砂場で、我愛羅もたまに遊んでいる場所らしい。


 移動中は目新しいものばかりでつい視線が色んな所に捕らわれていった。燦々と輝く太陽の熱、全身に絡みつく熱気でさえも私の心を駆り立てる。


 自分の足で歩くからこそ我愛羅や夜叉丸さんが過ごして積み重ねてきた時間や、どんなふうに生きてきたのか、何を感じながらここにいるのか、より一層近づけたような気がして嬉しく思う。

 それと同時にどんどん前の世界が遠くなっていくようで一層恋しくなってしまう。


「私は用事がありますので、しばらくしたらまたお迎えにまいりますね」


 お弁当を手渡され「夜叉丸さんが作ったんですか?」と興味本位で訊ねると隣から我愛羅が「夜叉丸が作ってくれるご飯はいつもおいしいんだよ」と夜叉丸さんの手料理だと教えてくれる。


「料理ができる男性、素敵です」

「……ありがとうございます」


 少し含みを込めて褒めてみても涼しい顔でさらりと流されてしまう。


「ボクもごちそう、作れるよ……!」

「えっ! そうなの? 素敵だね」


 我愛羅が身振り手振りでこたえた。その歳で料理ができるのかと感心しつつ頭を撫でながら褒める。


「砂で、なんですけどね」


 その様子を微笑ましく眺めてた夜叉丸さんがかけた一言を聞いて思わず笑ってしまった。


 夜叉丸さんがその場を立ち去り二人だけになった。


「砂遊びしよっか、なにかつくる?」

「うん……!」


 砂に足先が沈みとられながらも何か適当につくっていると、我愛羅が隣に座ってきて顔を覗き込んでくる。


「ナズナ、なにそれ?」

「雪だるま。でも砂で出来てるから砂だるまかな?」

「雪ってなに?」

「寒いところに降るものだよ。白くて冷たくて、雲みたいにふわふわしてるの。あったかくなると溶けちゃうんだよ」

「寒いところ? 夜すごく寒いからみれるかな?」


 確かに夜の砂漠は寒い。


「うーん、もっと寒いところじゃないと降らないかも……?」

「そうなんだ……」


 残念そうな声色になるもんだから「いつか雪見てみたいね、その時は雪だるま作ろうね」と微笑んでみたら我愛羅の頬がほころんでいって話しながら同じものを一緒につくって遊んだ。

 完成すると横に並べる、仲がよさそうな砂だるまが二つ、我愛羅がつくったのは大きくて形が綺麗だ。


 流石に夢中になれるほど童心には還れなくて懐かしさに浸った後は途中で飽きて、我愛羅に付き合うことにした。


「そういえばナズナが好きな花、つくれるよ」


 我愛羅は記憶と砂を手繰り寄せて花を(かたど)っていく。

 我愛羅は砂で何でもできた、図鑑でみた花は作れるか聞いてみると「いいよ」と微笑んで砂を動かしていく。


 私がずっと「我愛羅はすごいね、あれも作れる?」とはやし立ててしまったせいか砂の花が一面に咲いて感動に染まる。視界を阻む埃っぽくて乾燥した細かい砂がその時だけ太陽の光を反射して輝いてみえた。


「大丈夫無理してない?」

「うん! ナズナ、手ひろげて」


 言われた通りに胸の前に手を広げるとその上に小さく砂の花をつくってもらって心が弾んでいてもたってもいられなくなる。


「我愛羅、ありがとう。すごく嬉しい。これ持って帰れるかな?」

「え? もってかえるの?」


 ちょっと動くと振動でさらさらと砂の花が指の隙間から落ちていくから、あたふたしていたら変な動きが面白かったのか我愛羅は楽しそうに笑ってくれた。








 正午になる頃には日陰があるところに移って夜叉丸さんから頂いたお弁当を広げる。舌に馴染む味つけから療養中のご飯も夜叉丸さんが作ってくれたものだと気づく。


「我愛羅ついてるよ」


 我愛羅は食べることに一生懸命で口いっぱいに頬張り、食べ物の欠片を頬につけてたから微笑みながら拭いてあげる。


 ついでに「お水も飲んで」と手渡したら両手でうけとって「んむ」と飲んだ。あああ、口の端から水が溢れてしまったからそれも苦笑しながらも拭ってあげる。


 どれも仕草が精一杯な感じがあどけなく、初々しくて可愛かった。


 まだ食器の持ち方が拙い。今日くらいいいかな、と食べにくそうにしてたから細かく分けて食べやすい大きさにして我愛羅の口の前に運ぶ。


「……自分で食べれるよ」


 拗ねられるけど「今日だけ、だからお口開けてね」とあーんと食べさせてあげたら満更でもない様子で嬉しそうにしてるからこっちも心が満たされる。

 いつもあの閑散とした空間で夜叉丸さんが持ってきてくれた食事を一人で食べてただろうか。


「我愛羅と一緒に食べてるからかな? いつもより美味しく感じる」

「ほんとうに?」

「あ、食べ物を口に入れたまま、おしゃべりはダメだよ」


 誰かと食事をするのはいいな、家族で食卓を囲むのが当たり前でささやかな幸せだったんだと、忘れかけてたけど思い出させてくれた。


「一緒にご飯を気持ちよく楽しむために、ちゃんとかんで呑み込んでからね」


 我愛羅は食べてる物を喉に通したあと無邪気に笑う。

 
「ボクもいつもよりおいしい……!」 


 我愛羅は家族とはどうすごしているんだろう。何となくこの子は寂しい食卓を囲んでるのではないかと頭の片隅で考え、勝手に想像するのはやめて顔が緩んだままの我愛羅と楽しく食事をすることに努めた。


 ……全部食べ終わって会話が少し途切れたその時に、こそこそとした話し声の中に気味が悪い、バケモノと言葉が聞こえて無意識のうちに我愛羅の耳を塞いだ。


「ねぇ、我愛羅ちょっといいかな?」

「ナズナ、どうしたの?」


 私の声だけが聞こえるように耳打ちをして気づかれないようにじゃれあってる素振りする。聞かせたくない声を隠して、その最中(さなか)我愛羅を楽しませつつも周囲に注意を向ける。

 遠くからだけど心ない探るような視線が向けられて思わず身構えてしまう。冷たい囁き声に、視線に、心まで(ひしゃ)げてしまう。


「え、なに?」


 突然、砂が浮かび上がり私達を包みこんだ。地面に石が落ちる乾いた音と同時に砂は跡かたもなく消えていった。

 まさか、石を投げられたの……?

 冷たく心臓が鼓動していてもたってもいられなかった。

 我愛羅が砂で守ってくれた?

 そうだとしても我愛羅に聞くのも様子をうかがう余裕もなくなる。


「食べ終わったし、ちょっとだけ散歩にいかない? 色んなところ見てみたいの」


 バケモノ。呪いの子。耳に入って来た声に胸の奥がもやもやする。私は今、あの喧騒の中で負った我愛羅の気持ちや普通を体感している。


 ただ長居をしたくなかったから我愛羅を誘って場所を変えた。



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