標的10

よく晴れたとある春の日の早朝、四季は昨日の夜から仕込んで完成させた料理が詰まった重箱を風呂敷でつつみ、手に提げて歩いていた。隣には少し気落ちしたツナ、そして先程合流した獄寺、山本がいた。

「今日あたり満開だな。いい花見になりそうじゃねーか!」
「まだ早朝ですし、最高の場所をゲットできますよ!」
「う、うん。」

にこやかに話す山本、やる気に満ちた獄寺の言葉に頷いたツナを見る四季の目は酷く穏やかだった。
今日は家族揃ってお花見をする予定だったが、折角ならとツナの友人を誘って盛大に行われることとなった。ビアンキが自身の技でもあるポイズンクッキングで毒化させた弁当を作り、花見の場所取りに臨むところを目撃し止めたツナが代わりに行くことになったのだが、流石に朝早く、朝食も済ませていない状態のツナを心配した四季がちょうど作り終えたからと一緒に行くことにしたのだ。

「そういやぁ、四季は何持ってきたんだ?弁当か?」
「お弁当はお母さん達が作ってくれるから、口直しになればと思って、これを…」

山本に聞かれ、風呂敷を丁寧に解いて蓋を開けた四季は中身を見せる。覗き込むように見る3人はおお…!と感嘆の声を上げる。
重箱の中いっぱいに所狭しと敷き詰められたのは淡い桜色とパッキリとした濃い緑色。微かに鼻腔を擽るのはあまり嗅ぎ慣れない花の香り。

「桜餅…!?」
「すっげー!」
「作り過ぎだろ…」

3人の反応に穏やかに微笑むだけの四季はふふっと声を零す。
花見をすると聞いて、桜を思い浮かべた時、一番最初に思いついたのは髪色が好物の食べ過ぎで好物と同じになってしまった前世での友人。可愛らしい細い見た目とは裏腹に、パクパクと永遠とも言えるほど沢山食べる1つ上の女の子。お姉さんのような、それでも時折純粋な心で年頃の乙女のような素振りも見せる大切な人。彼女と会った時、自分はもう咀嚼する物は食べられなくて、せめてものもてなしとして彼女が好きだという桜餅を沢山作ったら、美味しい美味しいとニコニコしながら言ってくれたのを昨日の事のように思い出せる。
それが懐かしくなって、作ろうと思ったのだ。しかし彼女基準でしか作ったことがなかったので、なるべく少なくと考えて作ったものの、これでも多かったようだ。獄寺の言葉を聞いて心の内で反省する。

「お。」
「!」

そうしている間に目的地となる並盛中央公園に到着した一行は、満開の桜が咲き誇る中、誰もいない公園を目にして喜んだ。四季は早速場所取りの為にと持ってきていたレジャーシートを広げつつ、良さそうな場所を探していると、少し離れたところで何やら揉めているような声が聞こえてきた。目を向ければ、バレンタインの時に会った学ランを羽織った男子生徒とツナ達が話しており、なんだ、お友達と話しているのか、と納得した四季は広げたレジャーシートの上に重石として重箱を置いた。
風対策を終えた四季は、そろそろツナ達を呼ぼうと見れば、何故かツナが上半身裸で学ランの男子生徒が膝をついていた。何が起きたのか理解できないままに、男子生徒はフラフラとどこかへ歩いていく。その彼を気にしつつ、一番気にしているツナの方へ向かい、自身が羽織っていた上着をかける。

「!四季!」
「暖かくなったとは言っても、風邪を引いてしまうよ。あのお友達はいいの?」

驚いて声を上げたツナはお友達?と首を傾げる。

「ヒバリのことか?」
「うん。さっきも仲良く話していたでしょう?」
「い゛っ!?あの人群れるの嫌いだからー!」

ツナの言葉にそうなの?と今度は四季が首を傾げる。そんな四季に近づく影が。

「四季ちゃん久しぶりー!」
「ああ、これは先生。お久しぶりです。また弟がお世話になったようで、ありがとうございます。」
「ちょっ!何してんだお前!離れろ!」

ワインを飲んでへべれけ状態になっていたシャマルが四季に抱きつき、さらに口付けようと唇を突き出した。全く動揺しない四季に代わり、シャマルを引き離したのは獄寺だ。なんだよ隼人と面倒臭そうにするシャマルにギャーギャー叫ぶ獄寺に、いつの間に横に来たのか山本が元気だな!と笑っている。そんな山本に何があったのか聞けば、どうやらヒバリが最初に見ていた場所を賭けてツナ達が勝負をし、ヒバリが色々あって負けたからと譲ってくれたらしい。
事情を聞いた四季はそうだったのかと納得し、ヒバリが去っていった方を見る。しかし目に映るのは桜ばかりでヒバリの姿は見当たらない。自分たちよりも早く来て、花見をするほど楽しみにしていただろうに、譲ってくれたとは、なんと優しい人なのだろうか。感動を覚え、同時に申し訳なくも思う。どうせなら皆で花見が出来ればと思ったが、ヒバリが大人数は苦手と聞いたので、それも難しいだろう。
ならば。

「少し席を外すけれど、すぐ戻るから、綱吉に聞かれたら伝えておいて。」
「えっ?あ!おい!」

山本が呼び止める声に振り返ることなく、四季は矢継ぎ早に言うとヒバリが去っていったであろう方に向かって駆けていった。


公園を出て暫く行くと、少しふらつき、偶に民家の塀によりかかりそうになりながら歩くヒバリの後ろ姿を見つけた。声をかけようと口を開くがそれより先に、ヒバリの体が傾いた。

「!………………何のつもり。」
「フラついていたので、大丈夫ですか?」

心配そうな顔で聞けばいらないと跳ね除けられた。そのままスタスタと歩くヒバリにもう一度声をかけるが、彼は振り返ることなく進んでいく。

「あのっ。」
「……………。」

仕方ないと前に回り込めば酷く不機嫌な顔をしたヒバリに睨まれる。しかし四季は怯むことなく微笑んで、どうぞと手を差し出した。

「……………。」

ヒバリは無言で眉間の皺を深める。それに伴い機嫌も悪くなり、纏う空気も冷たくなる。四季は気づいているのかいないのか、手引くことなく桜餅ですと掌にちょこんと乗せたお菓子を見せる。その様子にヒバリは何か察したのか無言で四季の横を通り過ぎる。が、四季はめげることなく追いかけてきた。

「甘い物はお嫌いですか?」
「………………。」
「自分で言うのもとは思うのですが、桜餅が好きな友人にはいつも美味しいと好評をいただいていたので、味の方は問題ないかと思うのですが…」
「………………。」
「あ、安心してください。お茶も用意していますよ。」
「いらない…!」

無視をしてもついてきて喋る四季に苛立ったヒバリは思い切り四季を睨みつけ、トンファーを振り下ろす。以前と同じようにひらりと躱した四季は一瞬首を傾げ、そこからピンと来たのかもしかして、と口を開く。

「粒あんではなく、こしあんの方がよかったですか?すみません。時間の都合上粒あんしか用意できなくて…」

しゅんとして言う四季を見て、ビキリとヒバリの顔に青筋が立つ。そのまま立て続けにトンファーで攻撃を繰り出すが、全て避け、時には受け流す。
暫く続けているとヒバリも少し落ち着いてきたのか、どういうつもりかと聞いてくる。四季は動きながらだって、と答える。

「折角なら、桜を少しでも楽しんでほしいじゃないですか。貴方だって、桜が好きだからお花見に来たんでしょう?」

その言葉にピタリと動きを止めたヒバリは少し考えるようにして黙り込み、トンファーをしまった。ヒバリに近づいた四季がもう一度桜餅を差し出すとひょいと掴まれ、そのまま四季の横を通り過ぎる。すれ違いざまの好きじゃないという言葉にくすりと笑い、今度は追いかけることなく頭を深く下げた。


ヒバリとのちょっとした攻防の後、再び公園に戻ってきた四季はわいわいと賑やかな中一際騒がしい集団に向かう。ランボの泣き声が聞こえ、獄寺の怒鳴り声はどういう訳か悲鳴に変わり、ツナが慌てている。それをにこやかに見ている山本や己の母親、ツナと同じクラスの女子生徒である京子、そして驚いた様子の他校の女子生徒のハル。

「!」

その中に、初めて見る人がいることに気づいた。手に包帯を巻いて、顔に絆創膏を貼っているその人は拳を高々と突き上げ極限!と叫んでいて、その声はよく聞こえてくる。

「あ!四季!」
「戻りました。遅くなってすみません。」

自分に気づいた安心したようにツナが声を上げ、気づいた皆が口々に遅いやら何やら言ってくる。それに返した四季は初めて見る人物に目を向ける。

「あ!四季ちゃんは初めて会うんだっけ。私のお兄ちゃん。」
「笹川了平だ!座右の銘は極限!よろしくな!」
「兄…」

気づいた京子の紹介に静かに呟き、目を見開く。
思い返すのは、柱合裁判で妹を守る為に主張する己の弟弟子、そして、己の一等大切な人。

「四季ちゃん?」

京子の呼び掛けにハッと我に返り、首を軽く振った四季は了平を見る。

「申し訳ありません。少し、知り合いに似ていたので。私は沢田四季といいます。弟の綱吉がお世話になっているそうで、いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします。」
「ちょっ、四季何言ってんのー!?」
「ああ!任せろ!ところで沢田姉、ボクシングに興味はないか?」
「もう!お兄ちゃん!」

妹に注意されている了平に今のところないと伝えた四季は、眩しいものを見るように目を細めた。


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