DIOの館には優秀な執事がいる。そのため、よく食事やらなにやらをたかりにくる連中がいるのだが、まれにそんな連中が外れと称する日が存在する。例えば今日のような。

「心!包丁で物を切るときは猫の手だといつも言っているでしょう!」
「はあ!?何よそれ、猫の手も借りたいってこと!?喧嘩売ってんのあんたふざけんじゃないわよ!にゃんころの手なんざ借りなくったってこんな野菜ぐらい切れるわ!!」
「何を言っているんですか!あんたんとこの諺なんじゃあないんですか?ってうわちょっと待て!」

館の玄関に入った瞬間、表で出会ったダンとラバーソールは、ああ、外れの日か……と理解した。心は、殺し屋としては優秀かもしれないが、館に常駐するメイドとしては不向きとしか言いようがなかった。全てが雑なのだ。取り敢えず今日の昼食は期待しない方が良いだろうとアイコンタクトをとった2人は、聞いているぶんには愉快な2人の言い合いを聞きつつ、少し待ってみることにした。もしかしたら後で優秀な方の執事が何か文句を言いながら作ってくれるかもしれない。

心はしれっとダイニングに入ってきた2人に気付くこともなく、テレンスが制止する間もなく包丁を振り下ろし野菜をドンっと切った。ほーら切れた。とドヤ顔をする心にテレンスは頭を抱える。胃も痛い気がしてきた。野菜は切れたものの、真っ二つになった片方は、衝撃に耐えきれず飛んでった。そして、まな板には深い傷がついた。テレンスの胃が悲鳴を上げている。

「ひいい!まな板に傷が!こういうところから雑菌が繁殖していくんですよ!」
「うっさいわね!男のくせにみみっちいこと言ってんじゃあないわよ!大体ねーそんなこと言って除菌殺菌ばっかしてるから菌への耐性がなくなって余計弱ってくのよ!退化してるの!た・い・か!」
「そんなわけ」

暴論にも程があるだろうと傍聴している2人は苦笑するが、当事者であるテレンスはたまったもんじゃあない。口を挟もうとするが、心の口撃はまだ続く。

「そもそも人の胃酸のPhは1〜2よ!?強酸性なの!ほっといたって菌は死ぬの!それに人の体なんてもとから常在菌まみれなんだから今更みみっちいこと言うのやめなさいよ」
「みみっちいとは何ですか!」
「そんままの意味よ!男ならもっと豪快にいきなさい!」
「はあ!?だったらあなたももう少し女性らしくしたらどうなんです?貴方の国では大和撫子とか言うんでしたっけ?」
「んな男の妄想押し付けんじゃあないわよ!」
「貴方だって男なら豪快にとか押し付けてるじゃあないですか!」

不毛な言い合いに発展してしまった2人。いつものことである。

「だいたいヤるときもねちっこいのよあんたは!」
「それ今関係ないでしょう!」
「あるわよ!この際だから全部言ってやるわよ!大和撫子が好きならそういう女と付き合えば良いでしょ!?」
「……心っ!」
「テレンスのバカ!もう知らない!料理上手の女でも適当にナンパしてまたダニエルに寝取られちゃえば良いのよ!」

言い合いの末、心は半泣きになりながら部屋から出て行ってしまった。残されたのは男3人。喧嘩の末仲直りを繰り返し、割と長い間交際を続けていた心とテレンスだが、そんなことは知らなかった他の男2人は衝撃のあまり空腹などもはや忘れてしまった。

「おまえらデキてたのかよ」
「え?ああ、ラバーソールですか。ええ、まあ結構前からですが……ところで、また食事をたかりに来たんですか?残念ながら今日はこの通りですよ」
「そりゃあ見れば分かるけどよ」
「追いかけなくて良いのか?」

ダンの言葉に苦い顔をするテレンス。

「言われなくても行きますよ。ただ……殺される覚悟をしておこうと思いまして」
「はあ?」
「流石にあんだけで殺さねえだろ」

心配しすぎだと笑う2人だったが、難しい顔をしたまま首を横に振られて真顔になる。

「心は何の躊躇いもなく簡単に人の命を奪うタイプですよ。特に男を殺すのが好きだそうです。恋人になった男を殺すその瞬間の男の絶望した顔が堪らないとか何とか嬉しそうに語ってくれました」
「今付き合ってるお前にか?」
「ええ、まあ、その時は今は殺すつもりなんてない。と言っていましたが……」
「何でそんな女と付き合ったんだよ。知らなかったのか?」
「いいえ、知っていましたよ。心が語ってくれる前から」
「じゃあなんで」
「私も極力近付かないようにしていたんですがね……何故でしょうか。人生とはままならないものですね」

2人は顔を見合わせる。これは追いかけさせない方が良いんじゃあないだろうか。2人とも金のためなら人の命を奪ったこともあるが、流石に知っている人間同士で殺し合われては寝覚めが悪い。テレンスはもう追いかける気でいるようだ。どうしようかと考えていると、扉がドコォッ!と尋常じゃあない音を立てて開かれた。いや、破壊された。スタンドを使わずに素手でこれなのだから心の馬鹿力がよく分かる。扉を破壊した心は涙ぐみながら怒鳴り声を上げた。

「ちょっと!何で追いかけて来ないのよ!」
「心!戻ってきてくれたんですね。今追いかけようとしていたんです」

ホッとした様子のテレンスに、一瞬戸惑うような顔をしたが、怒りが収まらなかったのか、そのままズカズカと距離を縮めて、掴み掛かり、睨みつけた。

「遅いわよ!さっさと追いかけなさいよバカ!嫌われたかと思っちゃったじゃあないの!」
「すみません。その、殺される覚悟を決めていたら遅くなってしまいました」
「はああ!!?何でそんな覚悟がいるのよ!」
「心は恋人を殺すのが趣味なんでしょう?」
「別に趣味じゃあないわよ!何その物騒な趣味!」
「おや、でも恋人を殺すときの絶望した顔が堪らないと仰っていませんでしたか?」
「そりゃ、まあ、そうだけど。別に趣味って程じゃあないわよ。というかもしかしてそれで自分も殺されると思ってたわけ?」

呆れて怒りが飛んでしまったのか、テレンスから手を離し、額を手で覆う。何とか穏便に済みそうになってきた流れを、男2人は見守ることしかできない。

「ええ、今まで上手くやれていたと思っていましたが、今日は少し言いすぎてしまいました」
「……殺されると思ってたのに追いかけようとしてくれてたの?」
「ええ、心になら殺されるのもありかもしれないと思いまして」
「バカじゃないの?」
「自分でもそう思います」

躊躇いなく言い切るテレンスに、心は唇を噛み締めて、俯く。そしてポスリとテレンスの胸に頭を預け、呟いた。

「殺すわけ、ないでしょ……私も、悪かったわよ」
「心……良かった。殺されても構いませんが、まだもう少し貴方を愛していたいんです」
「そう。じゃあもうちょっと生かしておいてあげる。私が殺すまで死ぬんじゃあないわよ」
「ええ、勿論」

抱き合う2人に思わず拍手しそうになった傍観者組は、何だか1つの劇を見せられたような気分になっていた。取り敢えず死人が出なかったことに安堵した途端、忘れていた空腹感が戻ってきて、腹鳴が響く。

「あら?あんた達いたの?」
「いや、気付いてなかったのかよ!」
「だってテレンスしか見えてなかったんだもの。しょうがないでしょう?」

肩に掛かる髪をサラリと流しながら当然でしょう?と言わんばかりにそう言った心にダンとラバーソールは顔をしかめるが、テレンスは心がデレた!と感動していた。

「まあ……いいわ、お腹空いたのね。私今とても機嫌が良いの、作ってあげるわ、感謝しなさい」

そう言ってキッチンに消えた彼女とその後を追いかけていったテレンス。しばらく本当に料理をしているのか疑わしいほどの破壊の音と、テレンスの悲鳴と、心の謎の高笑いが聞こえた後、出来上がった物は、一体何料理なのか、そもそも料理なのか?食べられるのだろうか。完璧よ!と腕を組み胸を張っている心の目はどうなっているのか、味見はしたのか?テレンスは何処へ行った……もしかして味見したのは……いや、これ以上考えるのは辞めるべきだろう。取り敢えず心が恐ろしい2人は、黙って口にソレを含み、思った。
今日はやはり外れの日だ。
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