全身傷だらけの長髪の大男、呪いのデーボと呼ばれているその男は、館の扉を開け、聞こえてきた高い声を聞いた瞬間顔をしかめた。帰りたいとさえ思ったが、今日は雇い主に呼ばれてここに来た。帰るわけにはいかない。溜め息を吐き、その声が聞こえるダイニングへと仕方なく入る。

「お、デーボ先輩じゃねぇか」

中にいたのはオールバックの長髪の男。軽薄そうな顔をしている自称ハンサム。この男はまだ良い。ウザいことには変わりはないが、まだマシだ。問題は、その男の膝の上に座っている女だった。デーボの1番嫌いなタイプの女だ。名前はハート。ラバーソールのことを唯一ハンサムだと認める女。顔は良いのに男を見る目がなさ過ぎる。

「ホントだー!デーボパイセンこんにちはー。あ、今夜だった、こんばんはー」

それと頭のできはあまり良くない。間延びした高い声に、既に頭が痛くなってきたデーボはこの館では比較的常識のある執事の姿を探すが、見当たらない。

「おい、あの執事はどこだ」
「えー?知らなーい。ダーリン知ってる?」
「しらねーなー。流石のハンサムもお手上げだぜ」
「キャー!困った顔のダーリンも素敵!どうしてそんなにハンサムなの?」

コイツらも呼ばれてきて、取り敢えずここで待機している、と言うことだろうか。話が通じない。だから嫌なのだ。帰りたい。と切に願うデーボだったが、下っ端である自分が勝手にDIOの自室まで行くわけにもいかず、待つしかなかった。取り敢えずハートは眼科にでも行けば良い。

「ねえねえダーリン」
「んー?どしたー?」
「テレンス君いつ戻ってくるのかなあ。ハート早くダーリンと美味しいご飯食べに行きたいなー」
「そうだな。ま、俺はハートと一緒なら何でも良いけどな」
「んもー!ダーリンったらー!ハートも同じ事思ってた!やっぱり私達ってお似合いね!」

ギューッとラバーソールの首に抱き付くハートに、ハイハイ確かにお似合いだぜ馬鹿同士な。と内心ツッコミを入れながら、デーボはただただ頭の悪い会話を聞き流して耐えていた。そして、しばらく経った後、ラバーソールが席を立った。テレンスはまだ来ない。

「わりーなハート。ちょっと便所行ってくる」
「はーい。ダーリン行ってらっしゃい!このお屋敷暗いから気を付けてね!」
「おう!」

それまで騒がしかった人間が急に黙ると、何故だか落ち着かない。今まで何度か会ったことはあるが、ラバーソールがいないなんて事はなかった。デーボは気まずさを一切態度に出さず、ラバーソールの出て行った扉を黙って見つめているハートを見る。黙っていれば賢そうにも見えるのに。残念な美女、と言うのはこう言うヤツのことだろうか。ここにいる女は大抵残念な気もするが。そんなことを考えていると、不意にハートがこちらを振り返った。

「デーボさんって、ハートのこと嫌いですよねー」

唐突にそう言われ、内心驚く。気付かれていたという事実よりも、ラバーソールを前にした時との違いにだ。

「まあ、別に、ダーリンにさえ嫌われなければハートは良いんですけど。ただ、五月蝿いの嫌いそうな顔してるから、五月蝿かったらゴメンナサイって言おうと思っただけで」
「……分かっているならもう少し大人しくしたらどうなんだ」

今みたいに。と言外に滲ませて言うと、伝わったのかハートは苦く笑って首を振った。

「それはできないんですよねー」
「何故だ」
「だってダーリンがはしゃいでるハートの方が好きだから」
「あの男の何処にそんなに惹かれたんだ」
「やだー恋バナ?デーボさんそんなナリして意外とそう言う話好きなんですかー?」
「単純な興味だ」
「へー。ほんと、意外。人になんて興味なさそうなのに」

意外とはこっちのセリフだ。もはや誰と話しているのか分からなくなる程のハートの変わりようにデーボは困惑していた。顔には出さないが。そしてハートはポツポツとラバーソールとの出会いを話し始めた。よくある話だ。自身のピンチをたまたまラバーソールに救われただけだった。異常なのは、ハート自身。惚れやすい上、1度好きになったらとことん尽くす。自分でもおかしいと解っている面もあったが、どうしようもできなかった。今まではその性質のせいで、男に酷い扱いを受けたこともあった。

「そんな時にダーリンに出会ったの。ダーリンはね、ハートを受け入れてくれた。今までの人みたいに乱暴もしないし、優しくしてくれる。キスしてくれる。ハートがどんなに愛しても、怖がらずに俺も好きって言ってくれたの」

怖がられるほど愛するとはどういうことか聞きたかったが、明らかに地雷な気がしたので、賢いデーボはスルーした。そして認識を改める。この女はバカではない。おかしいのだと。

「だから、ハートはダーリンの好きなように合わせるの。ホントのハートなんてきっと付き合っても面白くないから」
「……そうかよ」
「分かってくれた?」
「勝手にしろ」

いつの間にかタメ口になっているがどうでも良い。これ以上関わるとろくな事にならない。そう判断してもう会話を切り上げることにした。そして丁度その頃にラバーソールが戻ってきた。飛びつくハートは普段通りの様子に戻っている。

「お帰りダーリン!」
「おー。帰ったぜハート」
「今度はハートが御手洗に行ってきてもいーい?」
「おう。行ってこい。気ーつけろよー」

はーい!と良い返事をして出て行ったハートを見送り、ドカリと椅子に腰掛けたラバーソールはふう。と一息ついた。

「なあデーボさんよ、ハート、さっき何か言ってたか?」
「お前の話しかしていない」
「どんなこと言ってた?」
「何故好きかとか馴れ初めを一方的に聞かされた」

嘘は言っていない。何故そんな事を聞くのかと聞き返すと、ラバーソールはハートとよく似た苦笑いを浮かべた。

「いや、なーんかアイツ。変なんだよな」
「……」
「たまーに1人んときに、こう、マジで<無>見たいな顔してる時があってよ、声掛けたら戻んだけど……聞いてもはぐらかすし。デーボパイセン−。どうすりゃあ良いと思う?」
「取り敢えずお前もハートもパイセンと呼ぶな」

苦々しくそう返しつつも、デーボは男の評価も改めることにした。ちゃんと、ハートの事を見ていたのだ。少なくとも何も考えていないバカではないらしい。それに免じて、さっきハートから聞いた話をラバーソールに教えてやることにした。ハートの想いを知って、驚いているラバーソールのもとに、ハートが帰ってくる前に、散々待ち焦がれていた執事がやって来た。

「おや、もう来ていたんですか。お待たせしてすみませんね。ハートがいないようですが、先にデーボの方からDIO様の元に行きますか?」
「あーそうだな。ハートも直に帰ってくるだろうし先にデーボパイセンどーぞ」
「だからパイセンは辞めろ殺すぞ」
「おー怖い怖い」

テレンスはそのやり取りを見てこの2人は仲が良かっただろうか、と内心首を傾げたが、まあ待っている間に何か話したのだろうと結論付けて、デーボを連れ出した。そして途中で、恋人の元へ早く戻ろうと慣れない暗い廊下を、転ばないよう慎重かつ迅速に進もうとしているハートに出会った。

「あ!テレンス君!もー!遅いよ!待ってたんだよ!この後ダーリンと晩御飯食べに行くのに!お店閉まっちゃうじゃん!!」
「ああ、それはすみません。もし閉まっていたらお詫びに私が作りますよ」
「え!?ホント?やったー!じゃあお店閉まってたらまた来るね!」
「ええ、どうぞ」
「やったー!あ、デーボパイセンDIO様んとこ行くの?」
「パイセンは辞めろ」
「えへー。ゴメンナサーイ。じゃあまたねー!行ってらっしゃーい」

笑顔でダイニングへと戻っていくハートの背中を見送って、DIOの私室へと向かう。きっと次にあのバカップルに会うときには、もう以前のように不快に思うことはないだろう。人の印象とは簡単に変わってしまうものだ。デーボはそんな事を考えつつ、「あれで私より年上か……」と呟くテレンスの数歩後ろで少し笑った。
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