エルザ | ナノ


▼ 46

「ディオ……」

お前実はどっかの物陰から見てただろ。
と、思わず言いたくなるようなタイミングで出てきたディオは強引に貴族野郎(まあ私も一応貴族だが)と私の間に割り込んだ。視界がディオの背中で一杯になる。端から見たらどんな修羅場に見えていることだろうか。やめて!私の為に争わないで!とは面倒くさいから言わないが、それにしても……ああ嫌だ、せめてもう少し人通りの少ないところでやってくれ。だがしかし残念ながら誰も私の願いには気付いてはくれなかった。現実は非情である。

「失礼。私の婚約者に何かご用でしょうか?」

貴族野郎の手を私から引っ剥がし、そのまま握っていたディオが穏やかに聞くと、貴族野郎はその手を振り払いながら鼻で笑った。表情が見えなくても見下していることが分かるほどのお手本のような嘲笑だった。まあディオも多分声だけは穏やかに聞こえるものの、目は1oも笑っていないだろうことぐらい簡単に想像できる。お互い喧嘩腰だ。

「臭いと思ったら貴様が貧民街からの成り上がりか。外面ばかり取り繕っても無駄だぞ。貴様の卑しい本質は見れば分かる」

おお?意外と言ってることは的外れじゃあない気もする。場違いなのは分かっているので、笑いそうになるのを必死で堪えていると、ディオから感じるピリピリとした空気が強まった気がした。ご立腹でいらっしゃるようだ。

「それで?それがどうかしたのですか?出自はどうあれ、正式に家同士で認められた婚約です。それを分かった上で手を出そうとは、貴方の行動からは品性が感じられない。他人に何か言う前にまずご自身の行動を省みられた方がよろしいのでは?」

口調こそ丁寧だが、随分イライラしているのか、それが声に滲み出ている。そんなディオをまた鼻で笑った貴族野郎は、言われたことに対して全く何とも思っていない様子だ。おいおい負けてるぞディオ。流石に両者共の顔が見られないのは何だか惜しい気がして、少しディオの背中から顔を覗かせる。

「そもそも、俺はその女が婚約指輪もしていないから、今回の話を嘘を吐いて断ったんじゃあないかと声を掛けたんだ。嘘だった方がよっぽどマシだったがな。自分の女に声を掛けられて醜く嫉妬するぐらいなら指輪でもさせておけ。ああ、貧民街にはそんな習慣がないのか?いや、金がないのかな?」
「なんだと?」

ああ、指輪か。そう言えば確かに婚約指輪とかしてないな。すっかり忘れてた。反論しようとディオが口を開く前に、貴族野郎が口を開く。何故かバッチリと目が合った。今度は私が標的か?

「それとも、指輪を外して街に出て、男でも漁りにきたのか?この男じゃあ満足できなかったのかな?」

は?
若干2人の言い合いを他人事のように面白がって聞いていたが、その罰が当たったのか、一番私が個人的に言われたくないことを言われた。別にそれが事実とかそう言う事じゃあなく、ただただ私が男を漁るような浅ましい、はしたない女だと言外に言われた事に対して殺意が湧いた。
突然だが、ほんの少しだけ昔の話をする。昔の友人で『お前なんだか、トランプとか武器にして戦いそうな顔だよな(笑)』と言われてブチ切れた野郎がいた。他人からしたら、まあイラッとはくるかもしれないが、そこまで(言った相手を血みどろにするほど)キレるレベルの発言ではないはずだ。でも彼にとっては一番言われたくない一言だったのだ。
私にとっては、はしたないとか、尻軽とかビッチだとか、とにかくそう言う類いのことを言われるのが、それに当たる。端的に言うと、地雷だ。
私が無表情で固まっているのを見て、貴族野郎は相変わらず見下したように嗤っているし、ディオは心配と、私がキレたんじゃあないかという不安の交じったような表情でこちらを見ていた。

「どうした?まさか図星か?お似合いじゃあないか、ビッチと、貧民街の成り上がり。婚約しなくて正解だったようだな。何故御父様もこんな相手を選ぼうとしていたのか」

ああ、コイツまた地雷踏みやがった。言うに事欠いてこのエルザちゃんに向かってビッチとは……絶対に許してやるものか。生きていることを、いや、産まれてきたことを後悔させてやろう。そうしよう。そう心に決めたのだが、残念ながら私のターンは来なかった。何故だかディオが先に怒り出してしまったのだ。

「貴方はただ手に入りかけたものが他の男に取られて手に入らなくなったという事実が気に食わないのでしょう?だからわざとエルザを貶めるようなことを言って、自分の立場を保とうとしている。狐と葡萄と同じだ。負け惜しみに過ぎない」
「なっ……!」
「エルザは先ほど貴方が仰ったようなはしたない女性ではありません。教養もある素晴らしい女性だ。よく知りもせずに彼女を卑下するような発言はしないで頂きたい」

ずっと嗤っていた貴族野郎も、言い返せずに苦虫をかみつぶしたような顔をして、言葉を詰まらせている。その様子を見て今度はディオが鼻で笑った。ちょっとはストレスが解消されたようだ。それにしても素晴らしい女性だとはちょっぴり言いすぎじゃあないだろうか。まあこのエルザちゃんは確かに魅力的だと思うけれど、素晴らしいと言われるほど良い人間であるつもりはない。勝った!と言わんばかりの表情をしているディオを見上げながらそんな風に思っていると、手を取られた。ディオはこちらを見ていない。

「貴方ほどの家柄ならばエルザ以外にも良いご令嬢が見つかるのではありませんか?エルザを愛しているわけでもないのに、これ以上我々に関わるのはやめて頂きたい。では、これで失礼させて頂きます」

行くぞ、と手を引かれ、人通りの少ない脇道をすいすいと通っていく。流石に若干集まっていた野次馬を掻き分けてまで大通りを通る気にはならなかったらしい。背中から貴族野郎が何か言っているのが聞こえるが気にしない。言い逃げ万歳だ。しばらく歩いた後、大きな道に出ることもなくディオがふと足を止めた。

「どうした?」
「いや。そう言えば何をしに街に来ていたんだ?何も持っていないようだが、買い物をする前にアイツに絡まれたのか?」

言われてから初めて思い出したが、そう言えばディオと会うのが嫌で街に来たんだった。それなのに気が付いたら一緒にいるって……なんだこれ、呪いか何かだろうか。溜息しか出ない。

「あー……まあ、そうだけど。流石にこんな雰囲気の中で買い物したいなんて言うほど買い物好きじゃあないし、もう良いよ」
「それもそうだな」 

ディオの疑問も解決し、再び歩き始めるのかと思いきや、まだディオは動こうとしない。難しそうな顔をして路地の奥を見ている。何考えてるんだ?もしや、道が分からないんじゃあないだろうな。繋がれたままの手を少し引いてこちらを向かせる。

「まだ何か?もしかして道迷った?」
「いや……大丈夫だ」

そう言うと、やっと歩き出した。変わらず足取りに迷いはない。道はちゃんと分かっているらしい。
でも、

「大丈夫に見えないぜ?言いたいことがあるなら言ったらどう?」

一瞬ディオの肩が揺れ、止まりかけたが、そのまま私の一歩前を歩き続けている。何だ?もしかして何か怒ってる?いや、怒ってるならもうお説教されててもおかしくない。それにそんなにピリピリしているようには見えない。どちらかというと、悩んでいるとかそう言うような……

「悩み事か?このエルザちゃんにも言えないこと?」
「……」
「だんまりかよ。当ててやろっか」

振り返りすらしないディオの背中に、適当に言葉を投げつけ続ける。別に気になる訳じゃあない。暇だからだ。こんな裏路地会話でもなければ歩いていられない。コイツワザと路地ばっかり通ってるだろと言うほどさっきから大通りに出ない。その腹いせだ。精々うっとうしがるが良い。

「貧民街出身って今後も言われ続けること気にしてんのか?」

ピーチクパーチク一人で喋っていたうちの一つが、どうやら当たったらしい。意外だ。これはないだろうと思ってたけれど、言われ続けるとなるとやはり嫌なんだろうか。まあ良い思いはしないだろうけど。というか、そんなことより、私の言葉にやっと足を止めたディオが振り返った時の顔が面白くて、思わず吹き出してしまった。何でそんなに驚くんだ。

「うわっホントに当たった?」

クスクスと笑う私と反対にディオは苦々しげにやたらとぽってりとした唇を噛んだ。

「笑うな……」
「ごめんごめん。いやあ意外だったからさ」
「出自はどう努力しても変わらない。あんな貴族様よりはよっぽど優秀な自信は勿論あるが、それとこれとは別だ」
「へー」
「どうでも良さそうだな」

不機嫌そうにディオに睨まれるがちっとも怖くはない。なんたって若干ディオ本人が落ち込み気味だからだ。お説教されてるときの方がよっぽど怖い。放って置いても良いけど、流石にちょっと調子が狂う。しょうがない。励ましてやるか。ディオの正面に立ち、両手をとる。

「あのさ、ディオって私と結婚したいんだろ?」
「……は?」

何の話だ、と怪訝そうにしているディオを無視して話を進める。

「って言うことはさ、ディオにとって一番大事な人って誰になるわけ?」
「急に何なんだ」
「いいから答えて。一番大事なのは?」
「…………エルザ、か?」
「そうだろ?まあ、ちょーっと間があったのと疑問系なのは無視してやるから感謝しろ。ってことでさ、その一番大事な、可愛いエルザちゃんが、ディオの出自なんて全く気にしてないんだぜ?何を落ち込むことがあるんだよ」

そこまで言い切って、初めてディオが表情を変えた。

「バッカだなあ、ホント。お前は変なこと考えずに胸張って王様とは私のことだ!みたいな顔して生きてりゃ良いんだって。聞きたくないことは聞かなきゃ良い。産まれた場所なんかで人を決めつけるようなヤツはきっと大損してるぜ、それかまあ分かってると思うけど、ディオが優秀だから僻んでるだけ。何にせよ、気にするだけ時間の無駄無駄アッ!」

ニヒヒ、と笑って見上げれば、これまた何とも言えない表情をしているが、悩んでいる雰囲気は薄れている。もともと自分でもちゃんとこう言う時の対処は知っているし、出来ていたんだろうけど、今日は偶々気になってしまったのだろう。完全に私ならそうだ。と言うのをゴリ押ししているけど、どうやら当たったらしい。ギュウ、と抱き締められながらそんなことをぼんやりと考える。あれ?というか、私外では抱き締めるなって言ったよね?

「……ディオ。帰ろう。外で抱き締めるなって言ったろう」
「……エルザ。キスしても良いか?」
「人の話聞いてる?」
「今したい」
「ねえ聞いて?」
「エルザ……」

ダメだ全く噛み合わない。抱き締めるのすらやだって言ってんのに何が悲しくてキスしないと行けないんだ。そう思いながらも何となくしょうがないと思ってしまっている辺り、我ながら本当にどうかと思う。こんなことなら励ますんじゃなかった……結局なんやかんやで押し負けて、完全に何かのスイッチが入ってしまったらしいディオに、チュッチュッチュッと何度も角度を変えて口付けされている。そんな私に出来ることは、些か押しに弱すぎやしませんか?私。慣れていないから仕方ないのよ、という脳内会議をしつつ、現実逃避をすることだけだった。キスが嫌でわざわざお出掛けしたのに……もう本当に用事があるとき以外外に出ない。そんなことを心に誓ったある日のことであった。

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