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無理。
無理だ。
限界だ。
やっぱり私にはまだ早すぎたんだ。
あれからしばらく頑張ってディオとのキスノルマを毎日、本当に頑張ってなんとか達成していたのだけれども、駄目だ。この前はディオにいつものごとく言いくるめられて了承してしまったが、やはり事を急ぎすぎたんだ。ちっとも慣れやしない。
『でもエルザちゃん。逃げ出してどうするんだい?ああ、いや、念のために行っておくけど僕は別に逃げることに対して否定的な訳ではないんだぜ?ただ、何処に行くのかなって』
「考えてません」
そう。私は今逃げている。目的地は不明だけどとりあえず街へ向かっている。ディオも使用人もいない状態で1人で出掛けるなんて初めてのことだが、なんとかなるだろう。天気も良いし、風がさわやかで気温も丁度良い。うん。大丈夫。多分。せめて今日だけでも逃げられればそれでいいのだ。そんな私の様子に呆れたように肩をすくめた禊さんは、どうやら諦めたらしい。何も言ってこなくなった。それはそれで何だか寂しいので、しりとりをしながら歩みを進める。
『話蒸し返すけどさ、ホントに良いのかい?ディオ君心配してるんじゃない?』
「良いんですよそんなこと気にしなくて」
『でもほらエルザちゃんってお出掛け運悪いじゃん。よく言えば主人公体質?』
「つ……つまんないでしょうね。私が主人公なんて、きっと暗くてジメジメしたお話になるんじゃあないですか?確かに色々とトラブルに巻き込まれる、というかもはや強制イベントレベルで何かあるのは否定しませんけど」
『どうだい?ここでやっぱり一度引き返さない?』
「嫌です」
『スッパリ一刀両断だね。ハハハ。まあ何かあったら助けにはなるけどさ、それでもエルザちゃんが不快な気持ちになるのは防ぐことはできないんだぜ?』
「全然お構いなく。私を不快な気持ちにさせる原因を蹴り飛ばして解決&ストレス解消させていただこうと思ってますから」
『乱暴だなあ』
「あー……うん。飽きた。しりとりやっぱやめましょ」
『言い出しっぺのエルザちゃんがそう言うなら僕は別に良いけど、そもそも何で始めたの?』
「なんかもうちょっと盛り上がると思ってたんですよね−。でも普通に会話できましたし、これならいつも通りでいいや、と思って。それにホラ、街も見えてきましたし」
『そっか。じゃあ脳内モードだね』
「ええ、楽しくお話ししながらショッピングしましょう」
そして、端から見たら黙々と、脳内では世間話をしつつ歩いていると、やっと街へ辿り着いた。……さて、どうしようか。来たものの、ホントにノープランだ。フラフラと色々な店を覗いてはみるが、特にこれといって欲しいものは見あたらない。一応お金は持ってきているが、そう多くはない。フラフラしているうちに結構時間は潰れたし、お昼ご飯にでもしようか、それとも先に本屋に行くか、どうしよう。と考えていると、急に後ろから誰かに左腕を掴まれた。結構痛い。内心溜め息を吐き舌打ちをし、さて今日の強制イベントは何だろな、と振り返ると、知らない男が立っていた。
誰だコイツ
「お前、エルドレット家のエルザだな」
知らない男(仮)は、眉間に皺を寄せ、嫌なものを見るような顔をして、断定的にそう言った。どこかで会っただろうか、一度会った男なんて基本その日のうちに忘れてしまうのだが、一応思い出そうとチラリと全身を見る。身なりは良い。十中八九貴族だろう。側にオロオロとした初老の執事的な使用人もオマケとして付いている。年は同い年くらいだろうか、年の割にガッシリしているし、何かスポーツでもしているのかもしれない。よし。もう一度言おう。知らない男(確実)だ。
「あの、申し訳ありませんが、どちら様でしょうか?」
下手に出てそう言ってやると男は眉間の皺を深めた。
「俺を知らないのか?」
知らねーから聞いてんだよ馬鹿野郎。質問を質問で返すなって一体何度言えば分かるんだこのスカタン!というのを飲み込み、困っています、と言う顔でしばし考える振りをして視線を彷徨わせた後、首を傾げる。
「つまり顔を見ることもせず断ったわけか」
断った?何を……ああ、分かった。昔きた縁談の相手か。なるほどお父様が嫌いそうな感じの、性格が悪そうな顔をしている。性格的なことを言うとディオも、そして私も人のことを言えない程難ありだとは思うがそれを言い出すと私は全人類誰に対しても文句が言えなくなってしまうので、今回は盛大に棚上げさせていただこう。
「もしかして、先日お断りさせていただいた縁談の……」
「そうだ」
「申し訳ありません。その時既に恋人がいたので、お断りしたんです」
「父から聞いている」
じゃあもう良いだろう。さっさとその手を離せ。私が黙ったのをどう捉えたのか、男がまた口を開く。
「問題はその恋人とやらだ」
「え?」
「ジョースター家の養子らしいな」
「え、ええ、そうです」
「しかも、貧民街の出身だとか」
明らかに男の声が見下すようなものに変わる。何となく言いたいことは分かった。まだコイツは破談になったことに納得がいっていないのだろう。こちらとしてはお前のせいでディオと婚約する羽目になってんだよ!と言ってやりたいのだが、空気を読もう。
「身分の差があると?」
「そうだ。貴族としての自覚がないのか?家のためを思うなら俺と婚約すべきだった」
「そんなことを言いに来たのですか?」
「そんなこと、だと?」
「そんなこと、です。あの縁談はすでに破談となりました。家のためを思うなら、私ではなく別の女性と婚約すべきでは?」
貴族としての自覚なんてもんあるわけないだろお馬鹿さんが。イラッときてそう言うと、ギリギリと腕を握られ、さすがに痛みに顔が歪む。振り払おうと思えば振り払えるが、そうするとコイツをぶっ飛ばすことになる。別にそれは良いけども貴族と言ってもコイツの家の爵位が分からない今あんまり勝手なことはできない。口ぶりからして結構良い家なのだろうし。むしろこれで男爵とかだったら笑うしボコボコにしてやるし、あだ名を芋にしたうえでパシリにしてやる。
「貴様俺を馬鹿にしているのか」
「いえ、私はただ貴方のためを思っていっているのです。私は婚約しています。今それを破棄して貴方の元へ嫁ぐことはできません」
ハッキリとそう言うと、男の顔に浮かんでいた苛立ちが、怒りに変わる。別段怖いとは思わない。そもそもコイツは何でこんなに私に執着するんだ?エルザちゃんったら全くいい女すぎて辛い。はーあ、何だか周囲からの視線も増えてきたし、ホントにそろそろ勘弁して欲しい。どうしたらいいんだ、手っ取り早く暴力で解決したい……そんなことを考えていると、私の腕を掴んでいる男の腕を掴んで引き離してくれる救世主様()が現れた。
『1人で街に買い物に来ていたエルザ。いつものごとくイベントが発生し、見覚えのない男に腕を掴まれた。なんとその男は以前エルザに縁談を申し込んできた男だったのだ!エルザはどうでも良いし、知らない男がいつまで私の腕を掴んでいるつもりだ、早く離せ、話が長い、暴力で解決したい蹴り飛ばしたい等と考えていたが周囲の目があるためそれはできない!誰か助けて!そう思っているところにさっそうと現れた一人の救世主!サラリとピンチを救われて……もしかして、新たな恋の予感?!その正体は、一体!!
次回、ディオ、登場!
お楽しみに!』
《いや禊さんネタバレ予告風予告みたいなのして遊んでないで助けて下さいよ》
『だって僕が助けるよりこっちのほうが見てて楽しいもん』
《もんじゃねーよ。あーあ、お腹空いたな》
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