エルザ | ナノ


▼ 56

さてさて、私が特に何もしなくても、着々と本来ある流れに乗って、お話は進んでいるらしい。主に私の存在のせいでもしかすると流れが変わる可能性もあるかと思っていたが、人の根っこはそう簡単には変わらないようだ。もしかしたら原作ほどではないけれども、それでも確かにディオとジョジョの間には隔たりがあった。卿に毒を盛ったことも、それがバレることも変わらず。当然そこでごめんなさいして仲直り、なんてことにはならず、結局隔たりは修復不可能なほどに広がったようだ。
なーんてことを、荒々しく人の部屋の扉を開けて不機嫌さを微塵たりとも隠すことなく、隣へ勝手に腰を降ろした男を見た瞬間に察して、しみじみと紅茶を啜った。

「音を立てるんじゃあない」
「は?勝手に入ってきて一言目がそれかよ。八つ当たりするなら追い出すぞ。私がそんなにお優しい性格じゃあないのはお前が一番分かってるだろ」

ギロリと睨みあげてそう言うと、少しだけたじろいだ後に苦々しげに舌打ちを一つしたきり黙りこんだ。我が婚約者ながら死ぬほど態度が悪い。まあ別に良いけど。こういう相手を煽りに煽って、からかって、遊んで、叩いて、同じところまで引きずり堕とすのが楽しかったんだけど、今はそんな気力もない。いやあ、あの頃は若かったなあ。と隣でこちらにも若干振動がくる程の貧乏揺すりをしているディオをガン無視して一人過去を振り返る。

『いやいや、エルザちゃん、ここは可愛い彼女として、ダーリンどうしたのぉ?何かあった?私で良ければ聞くよぉ?っていうところじゃない?』

唐突にぶりっ子の身振り手振りをしつつ、声色まで変えてそ言って、チャンスだよ!と謎に背中を押してくる禊さんに呆れながら脳内モードで答える。

《んなことしません。私わざわざ「ほらほら話しかけてー今不機嫌でーす。ご機嫌をとって下さーい」的な雰囲気だけ出してくるやつ大っ嫌いなんですよ。これは珍しく男女問わず。マジに。せめて「ねー聞いてよー」とでも愚痴られれば聞きますよ?女の子ならね。でもそうじゃあないなら消えてほしい。自分の機嫌くらい自分で治せ。ってことです》
『うわあ早口。マジ過ぎて笑っちゃうぜ。じゃあディオにもそう言えば良いじゃないか、部屋から追い出さないのはお情けかい?』
《いいえ、ディオは今落ち着いたトーンで話せるように整理中らしいから待ってやってるだけですよ。そうじゃあなきゃとっくの昔に部屋から蹴り出してます》
『……へー。ディオ君ほとんど喋ってないのにそんなことも分かるんだーふーん』

漫画化したらプークスクス、という文字が背景に描かれてそうな程にイヤーな顔で嗤う禊さんを思わずギロリと睨みあげると『おー怖い怖い』と消えていった。あの人私をおちょくるためだけに存在してるんじゃあなかろうか。
漏らした溜め息を、自分に対しての物だと勘違いしたディオがハッとしたように貧乏揺すりを止めて、気まずそうに少し座り直した。違うけどまあ敢えて訂正はしてやらない。

「ちょっとは落ち着いたか?」
「……ああ。悪かった」
「全くだ。何をイラついてんのか知らないけど、私が大きい音結構苦手なの知ってる癖に人様の部屋のドアバンバカ乱雑に開閉しやがって」
「……悪い」
「それ謝ってるわけ?」
「……すまない」
「次やったらこの指輪外してバルコニーからぶん投げて取ってこさせるからな」
「ああ、分かった」

部屋から追い出さずに待ってやったがそれとこれとは話が別だ。こう見えてとても怒っているのだ。それが伝わったのかディオも大人しく聞いているし、今回はこれくらいにしてやろう。

「不機嫌の理由は?」
「……少し、問題が発生した」
「ふーん。少し?少し程度のことでお前がそんなになるの?」
「それは……」
「ま、話したくないなら別に良いけど、じゃあ何?愚痴りに来たんじゃあないなら私に何を求めて来たわけ?」
「何を?」
「え、何も考えてなかったのか」
「ああ、エルザの側なら少しはこの気分もマシになるだろうとは思ったが、来てどうするかまでは考えていなかった」

その癖にあんな殺意湧くほど最悪の態度とってたのか、と言ってやりたかったのだが「取り敢えず側に行きたかっただけだ」とその言葉すら無意識に発していそうなディオに毒気が抜かれた。あ、そうですか。としか言いようがない。そんな迷子みたいな顔されたって困るのだ。二重人格かこいつ?機嫌の上下が激しすぎるだろ、私も人の事言える立場じゃあないけどさ。困惑を誤魔化すように温い紅茶をコクリと飲む。ほっと一息吐いて心の平穏を取り戻すと、ディオがスッと無言で距離を詰めてきた。もはや慣れ親しんだゼロ距離である。暑苦しい。

「何?」
「抱き締めさせてほしい」
「情緒不安定かよ……ちょっと御手洗い行って、本取ってくるから待ってろ」
「分かった」

確実に長期戦になることを察して先に手の届く位置で用事が済むように環境を整える。そうして再度着席しようとすると止められて、ディオの脚の間へと誘導される。ああ、そういう感じか。かなり嫌だがまあ……良いか。もうそう長く一緒にはいられないだろうし。少しは甘やかしても罰は当たるまい。意を決してそこへ座るとすぐに腹部に腕が回ってぎゅううと引き寄せられる。抱き込むようにされるせいでこちらも猫背になるし、肩には頭が乗っかって重いし、何よりも熱い。だがしかし、開始一分も経たぬ間に打ち切るのは流石に可哀想だし、ここまで準備したのにすぐに根をあげるのは何だか癪だし、私の負けみたいで嫌なので大人しくしておいてやることにした。長々と言ったがただの負けず嫌いなだけである。受けてたってやる!と謎に意気込んで私は本へ手を伸ばした。
そうしてしばらくするとディオの寝息が聞こえてきた。え?
え、嘘だろ寝たの?子供じゃん。そっと髪を掻き分けて見てみるとしっかりと目は閉じられている。すやすやだ。どうでもいいけど睫毛なっがいな。
さて、どうしたものか。ディオを背負ったままそーっと横に倒れて寝かせてから重ったい腕を持ち上げて転がり出る。そして靴を脱がせてから落ちている脚をソファへと挙げて完成だ。大きな図体のせいで少々はみ出しているが及第点だろう。私は別の一人掛けソファへと移り読書へと戻る。この勝負は私の勝ちだ。やったね!
そして夕日が沈む頃、寝返りを打とうとしてソファから転落してやっとディオが目覚めた。私は爆笑していたが、少しして物音に驚いたのか血相を変えて使用人の女の子がやってきた。この子はディオが寝た後も私の紅茶を入れに来てくれていたので、ここで寝ていたことも知っていた。笑う私と状況が把握しきれていなさそうなディオを見て、すぐに帰宅用の馬車を手配するか確認してきたこの子はきっと優秀なのだろう。勿論用意してもらった。

「ぷふっ。良く眠れたか?」
「……いつの間に」
「ま、リフレッシュはできたろ?今馬車用意してるから今日は帰れ」
「エルザ」
「何?帰りたくないは無しだぜ?卿も心配するだろうし」
「心配など……」
「するさ。絶対に。そういうお人好しだから虫酸が走るんだろ」
「誉めているのか貶しているのかどちらなんだ」
「さあ?一応誉め言葉かな?そんなことどっちでも良いさ、兎に角帰れ、泊めてやんないからな」
「……また来る」
「それは別に良いぜ」

それきり会話はなく、少ししてさっきの子が馬車の用意が出来たことを知らせに来てくれた。いつもは見送りなんてしないが、玄関まで出向いて手を振ってやる。使用人の手前笑顔100%だ。嬉しいだろう?ディオは呆れたような顔をしていたが気のせいだろう。
また来いよ、とはこちらからは言わなかった。そして、二日後、食屍鬼街から帰ってきたジョジョに、一緒に聞いていてほしい。と言われてジョースター邸を訪ねる。この二日の間にディオが家に来ることはなかった。荒れたり石仮面の研究に勤しんでいたんだろう。
ああ、ダメだ。刻々と、近付いてくる音がする。遠くから、ガラガラと、足場が崩れていく音が着実と迫ってきている。きっとこの幸せは、夢だったのだ。本来私が与えられるはずのないものを沢山貰った。親の愛も、唯一の異性からの愛も。どちらも前世では絶対に得られなかったものだった。
私が夢見た物だった。
だからこれは、夢なのだ。
そして夢は必ず終わりが来る。

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