エルザ | ナノ


▼ 57

「エルザ。君にも一緒に来てほしい」

もう日が沈みかけてきた頃にやってきた奴は、玄関先で私を呼び出し、やたらと真剣な顔をして開口一番にそう言った。
予想通り過ぎて笑えてくる。大きく一つ深呼吸をしてから、ニコッと笑って屋敷の中へと振り返り、少し離れたところに控えている使用人にジョースター邸へ行くことを伝える。夕食は軽めのものだけ用意しておいて、とも伝えておいた。少し困惑しているようだったが、スルーして、お説教は帰ってきてから聞くと最後に伝えて外へと出て何か言われる前に拒絶するように扉を閉じた。

「さ、行くぞ」
「え、いや、僕が誘ったからこんなこと言うとあれかもしれないけど、良いのかい?もう少しご両親に説明とか……」
「説明?どうやって?ディオが捕まる証拠が揃ったらしいから逮捕の瞬間を見届けてきますって?」

鼻で笑ってそう言うと、ジョジョは大袈裟なほどに驚いてから、気まずそうに私から目線を外した。

「知って……いたのかい?」
「場所、少し移すぞ。家の前でする話じゃあない」
「そ、そうだね」

屋敷の前に止められた馬車から少し離れたところにある、道沿いの木の側に寄って話を再開する。

「一昨日ディオが来た時随分荒れてたから、何かやらかしたんだろうってぐらいは察しがつく。その反応だとマジに警察沙汰になったらしいな」
「……」
「説明、してくれるんだろう?ジョジョ。そうじゃあなきゃ付いてってやらないぜ。あと、さっきからいるその目障りな男の事も紹介してくれよ、さっきから睨まれて居心地悪いぜ。エルザちゃん何かした?」

苦笑しつつ、勿論。とぎこちなく頷いたジョジョは事の顛末を教えてくれた。知っている通りの流れだ。そして、食屍鬼街から付いてきたというスピードワゴンを紹介された。のだが、どうにも態度が悪い。俺はお節介焼きの〜とか言い出しそうにない。

「ふーん。で?それで?何でそんなに私警戒されてるわけ?」
「それは、僕にも……どうしたんだ?スピードワゴン」
「……ジョースターさん。俺はあんたを尊敬してる。だから付いてきた。この女があんたの大事な幼馴染みだってことも、貴族のお嬢ちゃんだってことも分かってるッ。だが!だがなあ!敢えて言わせてもらうぜジョースターさん!こいつぁ!こいつは異常だ!善だとか悪だとかそんなもんじゃあねえ、ナニかがおかしい!あんたの姿を見たとき、俺の背筋を走ったのは紛れもねえ悪寒だ。ちょっとの先も見えねえ夜の森の中で獣の唸り声を聞いた時みてえに、無意識に!本能的に!俺は一歩後ずさっていたッ」

ええ、何こいつ。めっちゃ喋るじゃん。声デッカ。難聴のおじいちゃんおばあちゃんにでも話しかけてんのかよ。人指し指を突き付けられながら初対面の奴に凄まじくディスられたけど、そんなことどうでもよくなるくらいに煩くて不快だった。まだ何か喋っているがもう聞くに堪えない。気が付いたら投げ飛ばしていた。

「何を睨んでるかと思ったらそんなことかよ。初対面の癖に偉そうに。異常なのはお前の声のデカさだろうが、うるっさいんだよ、大きい声で怒鳴られるのは大嫌いなんだ。だがなあお前が感じたことは正しい。でもざ〜んねん私は異常じゃあなく過負荷でしたー。ま、こんなこと言っても意味が分かる奴なんていないけどな、バーカ」
「な……いつの間に。ついさっきまで見下ろしていたのに、見上げている?投げられた?」

イライラをそのままぶつけるが、等の本人はまだ投げられた事実に頭が追い付いていない様子で目を白黒させている。今何を言っても無駄だろう。何だか気が抜けてしまった。

「ダメだこりゃ、聞いてないな。おいジョジョ、私が言えた義理じゃあないけど、友達ってのは選んだ方が良いぞ?私とかディオとか、こいつみたいなタイプはいない方がマシって部類なんだぜ?」
「エルザ、その、悪い人ではないんだ」
「見りゃ分かる」
「え……」
「私が嫌いで、お前が好むってことはつまり善人なんだろうよ。さ、馬車に戻ろう。そいつ、回収してやれよ」
「あ、うん」

ジョジョとスピードワゴンを置いてさっさと馬車に乗り込んで待つ。少し遅れてやって来た頃にはスピードワゴンは調子を取り戻したらしい。私の対角線上に座って警戒を怠っていない。車内では会話は生まれなかった。二人とも深刻そうな顔をしている。でも私はずっと禊さんに一方的に話しかけられている。内容は取るに足りないことだ。私とスピードワゴンのやり取りが随分ツボに入ったらしい。一人でゲラゲラ笑っている。正直つられて笑ってしまうから止めてほしい。唇を噛み締めてやり過ごしていると、調子が悪そうに見えたのかジョナサンが心配そうに声をかけてきた。

「エルザ、大丈夫?」
「……ああ、うん」
「馬車酔いしやすいんだっけ?」
「まあ、そうだな。でも大丈夫だから」
「そう?あんまり気分が悪くなるようないつでも止められるからね」
「ありがと」

なんとか噴き出さずに会話を乗りきり、少ししてジョースター邸に到着した。外は既に薄暗い。もうすぐ、本来であれば明かりを灯さなければいけなくなるだろう。さっさと馬車を降りて、ジョジョと共に屋敷へと足を進める。中には警察の人間が待機していた。ジョースター卿は部屋で休んでいるらしい。ジョジョから卿が私と話したがっていると聞いて、寝室にお邪魔して挨拶に伺うと、微笑んで迎えてくれた。だがその微笑みは随分と無理をしているのが一目で分かるような、ぎこちのないもので、このお優しい紳士は今回の件でそうとうに心を痛めているのだろうなと察するに余りあるものだった。勧められた、いつぞやと同じふっかふかのソファに座り、卿に頭を下げる。

「ジョースター卿、申し訳ありません。私……ずっとディオの側に居たのに……まさか……」
『いやいや、まさかも何もディオ君がここに来る前から分かり切ってたことなのに。いやーエルザちゃんは女優だなあ、女の子はやっぱり怖いなー』
《うるっさい。笑わせんな》
『うわーこわーい』

ケラケラと、この状況を完全に楽しんでいる禊さんを一睨みで撤退させ、ジョースター卿へと視線を戻す。それにしても随分とやつれたな……病だけのせいじゃあないだろうけど。ジョースター卿は苦しそうに口を開く。うっかり死んでしまわないか心配になる程だ。

「いいや、エルザ、君のせいじゃあない。この間の話のせいで、君にもプレッシャーをかけてしまったね。どうか自分を責めないでほしい。きっと、私の接し方が……」
「卿。どうかそんなにご自分を責めないでください。こんなに愛されていたのに、それを受け止められなかったのはディオの方です」

何となく、分かる気がした。今まで底辺に近いような生活を送ってきたと言うのに、急に貴族の養子になって、環境に、人に恵まれたとしても、そう易々とは周囲を受け入れられない。幸せを享受したりできない。いつ今立っている場所が崩れてしまうかも分からないのに、そんな余裕はない。前の私ならきっとそうだ。今でこそ、ディオみたいに向上心が有るわけでもなく、一応こちらで産まれた時から今の場所にいることもあって、前世と比べたら随分のほほんとしているが。兎に角、ある程度成長した後でどんなに善人に周囲を囲まれていたとしても、人間の根っこなんて変わらないのだ。

「……ありがとう。エルザ、君が今後どうするつもりでいるのか、聞いても構わないかな」
「ええ、まあ、構いませんけれど……恐らく卿が心配していらっしゃるのは婚約のことでしょう?少なくとも私はディオを待つつもりでいますよ」

ニッコリと笑ってそう答えると、卿の目に涙が浮かび、堪えるように目頭を抑えうつ向いてしまった。 

「そうか……そうか、ありがとう。本当にありがとう」

あーあー泣かないでくれよ、気まずいなあ。私は泣いている女の子の慰めかたしか知らないんだぜ?どうしたものか、と思っていると玄関から微かにディオの声が聞こえた。帰ってきたのか。ついに。

「ジョースター卿、どうやら帰ってきたようです」
「……では、私も行こう」
「お身体が優れないのであれば、卿はこちらで横になっていた方がよろしいのでは?」
「いいや、私は父として、見届けなければいけないんだよエルザ」
「そう、ですか」

ゆっくりとベッドから起き上がり、杖をついて、ふらつきながらも立ち上がって部屋を出るジョースター卿の少し後ろを着いて歩く。廊下に控えていた使用人もすぐに隣についた。
物語は刻々と進んでいく。
さあ、ここからが正念場だ。

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